第65話 デスクワーク

 パワーアーマーを預けた僕たちは、「ラグ・アンド・ボーンズ」に帰った後、早速デスクワークに取り掛かった。


 レンタルのノートパソコンに、プリンターまで抱えて戻ってくるのは大変だった。


「さーてはじめよぉ~~~」


「やる気なさそーでっす!」


「冷静に考えると、気が重いんだよねー」


「ほえ?どうしてでっす?ふつーに報告書を書くだけじゃないです?」


「いやいやウララさん、『伝える』ということは難しいことだよ。現に、前任者たちはすべて失敗しているじゃないか」


「あっ、そうでした」


 クセノフォンさんへ送る報告書をどうまとめるか、これは中々にセンスが問われる。どうまとめるか、どういうところまで書くのか。言葉選びはどうするか。


 他の人間に、自分の知っていることを伝える事が、なぜ難しいのか?


 ものすごい当たり前な事を言うが、それは自分とは異なる人間だからだ。

 なので伝える事にはノウハウが必要になる。


 そのノウハウの要となるのは、いかに自分の考えていることが、相手に伝わらないかを理解することだ。自分の考えは他の人とは違う。


 言葉ひとつ取っても、ひとによってイメージするものが違うように。


「まずはクセノフォンさんと、僕らの言葉の違いを理解しないとね。あっちは素人さんだから、僕らクズ拾いが当たり前のように使っている言葉もわからないはずだ」


「そうでっす!『なれ果て』のことをどう考えてるかも、ぜったい違うでっすね?」


「うん。僕らは冒険の結果、なれ果てに対する理解が深まったけど、クセノフォンさんたちはそうじゃない」


 そうだ。人によって言葉が意味することは違う。


 その小さなズレに気付いてないと、「伝えたいこと」は遠い所にいってしまう。


 ひょっとすると、和尚さんから受けた授業でもっとも価値の高いものは、あの3本のボルトの例え話だったのかもしれないね。


 例えば、僕とハインリヒさんの間の会話を例にとろう。

 僕とハインリヒさんの間で、ライフルの使い方なんかの話はできる。


 だが、ハインリヒさんが助手さんとしているような、設計理論や金属の材質なんかでライフルの善し悪しを語ることは当然できない。


 もしハインリヒさんがお客さんに対して、このステンレス番号A-042の材質は――などと言って、丁寧過ぎる説明をしたとしても、お客さんは喜ぶどころか、怒りを覚えるだろう。


 それが大切な話と分かっていても、意味不明な言葉のハリケーンにわざわざ入りたがる人間などいないからだ。


 それがどういう状況なのか考えてみてほしい。


 それって言葉のわからない外国にポンと放り出された状況と同じではないだろうか?不安、恐怖、困惑。そりゃ逃げたり怒ったりするさ。


「前任者のクズ拾いは、本当はちゃんとしたことを調べていたのかもしれないけど、伝えるところでドジを踏んだ。なので、そのドジから学びましょう!」


「おぉ~?どうするでっすか?」


「まずは、ガガガーっと草稿をかきます」


「そして、使う単語のなかに一般的ではないものがあったら、その言葉をわかりやすい一般的な言葉に言い換えます」


 うーん、これかなり割に合わない依頼だったのでは。

 そんな気がしてきたぞ。


「あ、ようやくわかったです、これってプレゼンですね~!」


「プレゼン?プレゼントみたいな?」


「プレゼントとはちがいまっす!プレゼンっていうのは、お金やおっきな計画を皆に伝える、『説明』のことでっす!」


「農場でも、仕事を楽にする方法を、皆に説明するため、いろいろしたですよ~!」


 そういえば、ウララさんの方が本職だったわ。

 せっかくカッコつけて言ったのに、恥ずかしすぎる。


 泣いてもいいかな?


「フユさんの視点は良いですっけど、肝心なところが抜けてるでっす!クセノフォンさんが『何のために』使う文書かという視点でっす!」


「フユさんのやり方だと、内容はわかるけど、何に使うべきか、使い方がわからない文章が出来てしまうでっす!それは、前のひとが作った文章と同じでっす!」


 グサ!グサ!グサグサッ!!!

 もうやめて!僕のHPが真っ赤よ!!!


「クセノフォンさんはドラマの資料として、サバイバルの知識を使いたいでっす!だから……どのように語るべきかも大事でっす!」


「ええっと、面白おかしくってことかな?」


「全然違うでっすね。」


 グハァ!!!クリティカル出た!

 ちょっとモツでてる!心の臓物はみ出てる!


「演出はクセノフォンさんがするでっすから」

「書くべきテーマは、廃墟では何が問題になり、その解決方法は何かでっす」


 ウララさんはノートパソコンを操作して、文章作成アプリを起動した。

 そしてダダダッとキーボードをタイプして、言葉を書き込んでいく。


「まずは問題を明確化するべきでっすね?何が一番の脅威でっすか?」


「それは『なれ果てだね』――」


「そう、そして――」


 やはりウララさんのこの手の能力はめちゃくちゃに高い。

 この期に及んで、僕の能力がクソザコナメクジだということを思い知らされる。


 何だかんだ僕のやっている「考える能力」って、自分の為に研いでるんだな。

 誰かに伝えようとすると、こうしてボロが出てくる。


 ウララさんがやることはすごい解りやすい。


 まず問題を明確にして、そしてその解決には何が要るのか?


 それをまず「結論」として、最初にバーンと書いてしまう。


 なれ果てが危ないのはどういう理由か?

 回避方法は何か?

 それがサバイバルにどうつながるのか?ここを共通理解として作る。


 その後は実際に、各分野のサバイバルの内容を書く。


 水が足らない、じゃあ水を用意しましょう?

 どうやって?

 浄水、取り入れ、使用する機材、よくある技術的トラブル。

 上記に対して、なれ果ての関与しそうな問題は何か?

 そしてその解決法は何なのかといった具合だ。


 論点を集中させるやり方が上手いんだろうな。すっごい解りやすい。


 ほどなくして、「廃墟のサバイバルガイド」が完成した。


 早期に結論が明示して書かれたいて、専門用語の乱用がされていない。

 加えて、豊富な実例が提供されている。実にナイスワークだ。


 正直、ほとんどウララさんの仕事によるものだ。

 僕はメモの読み上げとか、資料を出したりとかの助手をしていた。


「ふー、書きあがったね。おつかれさまー!んんっ!」


「まだまだでっす!」


「えぇー?まだあるのぉ?」


「誤字脱字の悪魔が、このサバイバルガイドには潜んでますでっす!!」

「それを退治しおわるまでは……、フユさん、今日は寝れないでっすよ!」


「ぎゃあああああー!勘弁してぇーーー!」

<チュンチュン>


「おーっす、もう終わったか?店あけ……死んでる……?!」


「もう嫌だ……誤字は嫌だ、奴らは、潰しても、潰してもでてくる」


「うえー……でっす!暗闇の中で、文字だけが光ってるでっす」


「何やってんのおまえら?」


「クセノフォンさんに出す書類を作ってたんだよ、親父……」


「あー、それなんだがな?」


「気を強くもって聞けよ?諸般の事情により、番組の制作は無期延期――つまりお前らの書類はいつ使うかもわからんし、締め切りもあってないようなもんになった」


「――だそうだが……だめだこりゃ。」


 ――ぐぅ。

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