第61話 レヴィアタン
僕らは今、地下深くへ降り続けている。
イルマの衛兵隊の事務所から離れた、旧日防軍の空軍施設だった場所。
そこに、レヴィアタンのアトリエへとつながっている、地下へと続く、大きなリフトがあるのだ。
僕らが乗ると、電気トラックが2台リフトに入って来て止まった。これはステラさんに言わせると、地下までの同乗者らしい。
リフトの大きさは、今乗ってきた電動トラックが、4台は並んで置けそうなくらいの結構な広さになっている。
恐らく建築用の資材や、ネクロマンサーが使用する機材を運び入れる為にも使っていたのだろう。
リフトの左右には非常階段があって、それで大体の速度感を感じれるのだが、意外なほどゆっくりと降りている。降りていく先をみると、小さな四角い暗闇があった。
あと、意外なことに、地下へ続く闇からは、熱風が吹き返してくる。
地下とは僕にとって、涼しいイメージだったが……。
「すっごい深いでっす!」
「ええ。アトリエは、14000メートル地下にあって、300時間後に到着するわ」
「ぎょえーです!!」
「ウソウソ。500メートルそこそこよ。あと数十分で着くと思うわ」
「それでもめちゃくちゃ深くないですか?」
「ええ、このリフトがこんなにゆっくり降りる理由でもあるわ。地下に降りると気圧の変化があるからね」
「なるほどな。そして、あまり人の出入りがない理由は、熱交換の都合だな?」
クガイさんが問いかけると、彼女は「その通り」とばかりに頷いた。
「ええ、地下は熱と湿度がこもるから。特に送電時のロス分から発生する熱。これが地下生活においての非常に大きな問題なのよね」
「なので大電力を使用するこのリフトは、本来地下へ補給する目的外での使用が禁止されているのよ。それだけあなた達が特別って言う事ね?」
「なんか、ずいぶん責任重大な気がしてきました……」
★★★
リフトが到着すると、まず目に入ったのは、形も大きさも様々の、大量のコンテナだった。ここは荷下ろし場所か。
「前を開けてあげて」
音もなく動き出した無人の電動トラックが、コンテナの置かれたエリアに進むと、天井からクレーンが降りてきて、自動で荷下ろしが始まった。
なるほど、こうしているのか。
ステラさんに促されて進むと、何かのチェックポイントへと通された。
チェックポイントには、なにかセンサーらしきものが埋め込まれた、白い板が並べられている。チェックはその前を手を上げて通るだけでいいらしい。
皆がその板の前を通ると、白いプレートが、ブーンとなにかの音を立てる。センサーで何かを検出してるのだろうか?
ずいぶん厳重だな?
僕が通ると、センサーはけたたましい音を立てる。
なんだなんだ?!何が起きた?!
『警告:hume値が正常値を0.2ポイント逸脱しています』
ステラさんがコンソールにすっ飛んでいって、何かを調べ出した。
なになに?何が起きたの?
「係数値は――なるほど」
コンソールを離れたステラさんがこっちへツカツカと歩いてくる。
うわぁ、僕は何もやってないぞ!断じて!何も!たしゅけて!
いやだー!「
「フユ君?ちょっといいかしら?」
「はい?」
ステラさんが耳打ちしたので、僕は「それ」をそっと手渡した。
次に通った時、プレートは何も騒ぎ立てなかった。
「くすぐったいですっ!!」
次に僕らが通ることになったのは、洗浄機だ。
リング状の機械にたくさんのノズルがついていて、そこを通るとプシュッと吹き出すミストで何かの液体が吹きかけられる。
注文こそないものの、なにかとやることが多いな……お次は何だ?
お酢や油を体に塗り込めとか言うんじゃないだろうな?
「次は塩コショウをかけて、最後はフライパンの上に並べられるのかな?」
僕と同じような感想を、クガイさんが述べた。まあそう思うよね。
「私たち、ネクロマンサーさんに、食べられちゃうでっす?」
「あら、もう気付かれちゃった?」
「ひぇー!!でっす!」
「ウソウソ!これで終わり!ようこそアトリエへ!」
洗浄機の先にあったのは、図書館だった。でも本棚に収められているのは、無数のデータサーバーだ。カタカタと動いて、何かの処理をしている。
そのサーバーの本棚に左右を囲まれた通路の中央では、三次元の立体ホログラムが、何かの情報を延々と表示し続けている。
「実質的には、ここが衛兵隊の本部といってもいいかもね。ここに格納されているのは、表で働いている衛兵の元になった自我よ」
「地表で作られているアンデッドや、技能移植は、大抵ここに由来しているわ。もとはインターネットを残すための物だったけど、今はほとんどが自我の保存用ね」
「わーぉ、そりゃ厳重なはずだぁ……」
至る所に冷却用のボンベやタンクが並んでいる。
なるほど、地上の破壊を免れたはいいが、とてつもない量の補給品が必要。
僕らが残り続けるには、これを保護するための、血を吐くマラソンを続けていかないといけないのか。
――アガルタ云々を置いても、思ったより厳しい状況なのでは……?
「どうかしましたでっす?」
「えっと、いつまでこれを続けられるのかなって」
「まあ…‥そうよね。実際、国家も何もなくなって、必要なものを他所から持ってくることも出来なくなっている……いずれ尽きるわ」
「私たちって、意外と大飯ぐらいなのよね。アンデッドは、言ってしまうえば人間の作った社会に、タダ乗りする存在だったから」
「なるほど……僕らは人間の作った服や道具、建物を使える。これの意味は、僕らの存在はそれほど特別なものじゃなかったって意味なんですね」
「そういうこと。アンデッドに形の制約はない。やろうとすれば、もっとやれることはある、なのになぜ? それは……」
「……それは?」
「それは、安あがりだからです!」
「そのままでっす!!」
ああ、なるほど。
イルマに装甲車を入れるための、あの大掛かりなゲートの装置を思い出した。
それぞれの存在の差異というのは、集まった際、お互いが役目を果たそうとする、その「つなぎ」の部分に多くの負荷がかかる。
でも全く同じ存在なら、そう言った負荷はかからない。
より高性能なアームロボットより、僕ら何の変哲もない、ヒト型のアンデッドの方が、人の社会にとっては都合がよかったわけだ。
この自我の保存のシステムは、恐らくインターネットや企業のデーターベースのシステムの流用。だから当時はそんなに社会に負荷はかからなかった。
――ん? じゃあなんで、当時の人はアガルタを作ったんだ?
いや、アガルタは電源を自給できると言ってたな。
発電用、それが本来の目的なのか……?
「さて、ここがアトリエの中枢。レヴィアタンのねぐらよ」
ステラさんが僕らを案内した空間は、左右に液体の入ったシリンダーが並び、いくつものモニターが何かの情報を常に更新し、表示し続けていた。
これは何かわかる。たぶん、再生槽だ。
だが、地上の何かヤケクソ気味にでっち上げられた者とは違う。
変な表現だが、ちゃんとしている。
そして、部屋の最奥には、無数のボンベを繋がれ、いくつものケーブルをその筐体からぶら下げている、謎の装置があった。
「部屋の中央の何かの装置……あれがレヴィアタン?」
「いえ、あれはただの冷却装置よ。水素を用いて、このアトリエで発生する熱を破壊する、反エントロピー型熱無効化装置。」
「……えっと誰も、いませんよね?」
「私たちとステラさんだけでっす!」
ここには王の座る玉座も何もない。ということは――
「ごめんなさい。レヴィアタンは、もうずいぶん前に、いってしまったの」
「彼が遺したものすべて、それにアクセスできる権限があるのは――」
「――今はもう、彼に作られた私だけなの」
そう言えばここに連れてくるのを決めるとき、彼女は誰にも聞かなかった。
そりゃそうだ、文句を言えるやつは、もうどこにもいないんだ。
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