第62話 自我とは何か

※著者の脳みそが数回爆発四散したくらいに難しいです。

後半の概念、実は人間とお絵描きAIがやっている事で、原理的にお互いはかなり似てるんです。


★★★


「えーっと……」


 正直、僕の中ではもう完全に情報がパンクしてしまっている。


 ステラさんがネクロマンサー?

 いや、レヴィアタンの遺した情報にアクセスできるだけだから、厳密にはイコールじゃない。


 ただの代理、だとしても滅茶苦茶な存在だ。


 あるアイデアが僕の頭に浮かぶくらいには無茶苦茶な存在だ。

 この人なら、僕の抱えている問題を、全部解決できるじゃないか。


 ――そう、「全部任せてしまえばいい」。


 僕がこれ以上何かする必要が急になくなった事に気付いてしまって、急にぽっかりと穴に落ちた感覚がある。


 そして、とても理不尽で最低な思いがわいてくるのも覚える。


 なんで言ってくれなかったのかと。何でこんな目に合うんだと。そういうのもあるが、もっと大きいのは、もっともっと最低な感情だ。


 彼女は選ばれた存在だ。


 最初のアガルタが選ぶくらいには、物理的に最強。


 そして、ネクロマンサーの遺した知識を得ている。恐らく知的にも最強だ。


 お前はやろうと思えばなんだってできるだろう。

 なのに何でお前は、こんな穴ぐらにこもってるんだ?


 ああ、我ながら、何とも最低だ。

 彼女が何者か、本当に知ってるわけでは無いのに。


「ひどく混乱させてしまってごめんなさい。そんなつもりではなかったのだけれど」


「――いえ。」


 ひどく喉が渇いた感じを覚えるのは、ここの熱気のせいだけではない。

 怒りに似た緊張を覚えているからだ。


「まずひとつづつ話をしましょう」


「はい」


 ひどくぶっきらぼうな受け答えになっているのに、我ながら嫌悪を感じる。

 ああ、なんかもう滅茶苦茶だ。

 この感情の本質が、ただの嫉妬なのは、自分でもわかっているのに。


「えっと、まず野盗の、『OZ』の人たちが、衛兵隊と和平を結びたいそうです」


「なるほど」


 僕はステラさんに封筒を手渡す。

 中を改めた彼女は、それを折り畳んで仕舞うと、端的に答えた。


「ええ、受け容れましょう。他に、私の権力が必要な事項は?」


「私からいいか?日防軍の中には、今回の行動に疑念を持っているものも多い。投降の呼びかけと、窓口を用意してもらえないだろうか」


 これはたしか、クガイさんの懸念事項だったな。


「ええ、それについては問題ありません。こちらとしてもあなた達が一枚岩でないと知れてよかった。衛兵隊の士気に、良い影響が与えられる」


 気味が悪いくらいにとんとん拍子だ。


「それと……」


 ウララの方を見る。

 彼女が頷いたので、僕は飲みこみかけた言葉をそのまま吐き出した。


「僕の体に侵入した、インターセプト型アンデッドを取り除いてほしいんです。貴方のようなネクロマンサーなら、その施術ができると聞きました」


「なるほど。一応原理的には可能だけど……」


「えっと……何かあるんでっすか?」


「ええ。フユ君、貴方には自分と他人、その二つの自我が、共生しています。これはわかるわよね?」


「神経の通り道の一部が、別のアンデッドの物になってるっていう事ですよね」


「そう。それが何を引き起こすのか、アンデッドの神経、自我がまずどういう仕組みで世界を認識しているのか、そこから話をしましょう」


「はい。」


「世界を認識する、自我とは何か?」


「これは世界を認識するという、自我の根源的な部分、かつ核心の部分だから非常に難解よ。かみ砕いて話すわね。まずリンゴを例に出しましょうか」


「よくこういう時、例えに出ますよねリンゴ、なんで何でしょう?」


「……なぜかしら。まあそれはそれとして続けます。青いリンゴ、赤いリンゴ、腐ったリンゴ、食べかけのリンゴ、これは全部リンゴよね?」


「ええ、余計なものがついていますけど、全部リンゴです」


「さて、ここでリンゴの認識を逆算するのが、我々のやっている自我の記録です。今から説明するわね。自我による認識は通常不可逆的なのだけど、抽象的概念からは逆算可能で認識の出力ができるものなのよ」


「すっごい難しくなってきたです!!」


「続けてください」


「わかったわ。ここからは根性が試されるわよ!」


「さて、抽象的概念とは何か?一番わかりやすいのは数字ね。数字の9。この数字は絵としては丸と曲がった棒でしかないわね」


 ステラさんは空中に9の文字を描く。うん、確かに9だ。


「さて、ここで9とは何でしょう?9を誰にでもわかるように説明してください」


「えっと、リンゴが9個あれば、それが9でっす!!」


「なるほど。では点が9個なら、それは9じゃないのかしら?」


「えっと……それも9でっす!!」


「おやおや?あなたが説明したのは、9の概念ではなく、点とリンゴが同数あるという事だけよ?9の説明ではないわね?」


「うううううう~?!」


「さあ!説明してちょうだい!9を!わたしに9を説明して!」


「うぅ~!!フユさん!ステラさんがいじめるでっす!!」


「えーっと……あっ」


「何かが特定の数量並んでいる状況、その状況で、そこから共通する『何か』を取り出す、それが『抽象』で、取り出されたものが『概念』ですか?」


「抽象的概念って、アンデッド、銃、敵、なんかもそうですよね。でもそれって人によって体験からイメージするものが違うから……」


「ずるい!本質的に抽象的概念って、体験に紐づいてるから、誰にでもわかる共通した説明ができない存在じゃないですか!」


「ピンポーン♪ そう、そうなのよ!そしてついでに答えを言ってくれたわね?」


「あっ体験?」


「そう、体験ね。これを記録できるとなると、ここで他者と自身の区別が可能になる。これが自我のバリエーションっていう訳」


「抽象的概念は、誰にでもわかる共通した説明ができない、だからそこが、自我のユニークさを、保証してくれる部分になるのよ。おわかりかしら?」


「おぉ~でっす!」


「犬と言っても思い浮かべるのは様々、優しい犬を思い浮かべる者もいるし、怖い犬を思い浮かべる者もいる、そこで行動が変わってくる……そういうことか」


「なるほど、それでこれが逆算可能というのは?」


「……ここで神経プロセッサが解決した問題が活きてくるのよ。さて先ほどのいろいろのリンゴ、それをキャンバスに描くとき、何が起きているのか?」


「白いキャンバスに、リンゴを描くでっす!」


「そうね、白い紙は何でリンゴじゃないのかしら?」


 なんか傍目に聞いてると、ものすごい変なことを言い合ってるな僕ら。

 ――えーっと……。


「白いキャンバスは、リンゴの抽象的概念を持ってないということか?」


 僕らの問答に口をはさんだのはクガイさんだ。

 なるほど、そう考えればいいのか。


「なるほど、みえてきました。だから白いキャンバスはリンゴの絵ではない」


「抽象的概念を足したり引いたりしないといけない。混沌とした世界からリンゴを引き出したり、白い世界に出力する行為、これが自我なわけですね?」


「ええ、おおむねそう言った事ね。」


「まとめます、混沌とした世界からリンゴを切り出す行為、抽象を行う体験と言ってもいい。これは不可逆的で、記録がユニークな自我となる」


「ええ、それはヒトが人になる過程で必ず行われる、知恵を得るという行為。その行為そのものを指すわ。だから体験の記録が自我たりえるのよ」


「そして、神経ネットワークとして、物理的に体験の記録は残される。自我の記録の本質とは、世界から『抽象』を続けた体験というわけですね」


「ええ。通常私たちはノイズの塊でしかない世界をそのまま見ています。そこからリンゴを認識する場合どうするか?世界のノイズからリンゴの部分を切り出す、つまり『抽象』しています」


「その手掛かりが『概念』そして概念を得ていくのが体験、その差異が自我になる」


「ええ、よくできました。ここで話は最初に戻ります」


「――あなたはどこまで戻りたいですか?」

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