第60話 荷下ろし

 イルマへは、いつもと違う場所から入る。


 普段は歩きなので、いくつもあるゲートのひとつから、テクテクと入っていくのだが、今回は車、それも重量のある装甲車なので、専用の場所へ行かないといけない。


 車両用の入り口は一か所しかないのだ。

 コの字状の囲いになっていて、2枚のゲートで外界と隔てられている。


 南西側にある車両専用のゲートの前でクラクションを鳴らすと、壁の高所に渡された前哨の中にいた衛兵さんが、僕らに気付く。


 衛兵さんは警告笛を鳴らした後、属らの背後に「なれ果て」が入らないように、保護用の囲いを下す。これでコの字の壁が口の形にになる。


 しかるのちに、内側へと続く、二枚のゲートを開いて中に入れてくれるのだが、これに結構な時間がかかった。


 ゲートいっても、ちゃんとした扉ではなく、デカイ鉄の板をレールに沿って落としているだけなのだ。


 巨大な鉄板は、鋼線を束ねたケーブルで保持されていて、レール両脇のクレーンで巻き上げることによって開かれる。これがかなり怖い。


 ケーブルはところどころ赤く錆びているし、頻繁に何かが軋んで悲鳴みたいな音がする。いつ事故が起こるのか、わかったものではない。


 ずりずりと上がっていくと、衛兵さんが合図をだすので、それに合わせてクガイさんがアクセルを踏み込んで装甲車をせり出させる。


 ここでの僕とウララの仕事は、上を見上げて、「途中で千切れませんよう」にと、ケーブルの神様にお祈りすることだった。


「ふぅ……あれ、緊張しますね」


「金箔を押せとまではいわないが、もうちょっと予算を付けてやってほしいな」


「同感でっす!」


 ゲートの試練を超えた僕たちは、別の衛兵さんの誘導にそって、カマボコ型の車庫に装甲車を入れる。


 コンコンと助手席側の窓を叩かれたので、いそいで風防を開けると、そこから書類がするりと入ってきた。おや?なんだろうこれは。


「車両の持ち主の名前と、預かり予定日数は?ウチは1週間をこえると、保管費用を請求するからな」


「フユです。超えた場合は、窓口で?」


 車両を持ったのは初めてだから、どうしたらいいか全然わからないんだよね。


「ああ、ちょっと忘れたくらいならいいが、頻繁に滞納すると、気付かない間にウチの……、衛兵隊のマークが入ってたりするから、気を付けろよ」


「肝に銘じておきます」


 僕は書類に必要最低限の事項を記入すると、書類に缶詰をひとつ足して渡す。

 まあ、世間にありがちな「潤滑油」というやつだ。


 それは、装甲車をどこで買ったとか、前の持ち主とかの情報の部分を空欄のままにしたからだ。要は、盗難車かどうかを調べるための備考欄だね。


 盗んだわけでは無いが、さすがにOZからもらいましたとは書けない。


「まあ、お前さんならいいか。ほどほどにしておけよ?」


「えっ、はい?」


「フユだろ?うちのステラからよろしく言われててな。戻ってきたのを見つけたら、教えてくれって伝言がうちらに回されててな」


「あ、そうだったんですか」


 衛兵さんがいった後、ふと思ったのだが、パワーアーマーをどうしよう……?

 衛兵の監視があるとはいえ、車庫に置きざりというのは、盗難の恐れがある。

 

「パワーアーマー、どうしましょう?置いとくと盗まれますよね?」


「だろうな、イルマの治安はしらないが、普通は厳重に保管するな」


「そうでっす!ハインリヒさんに預かってもらうのはどうでっす?」


 うーん、確かに。ひとまずハインリヒさんに預かってもらうか?

 なんか変な魔改造をされそうで心配だけど……。


「そうだね、『シュバルツ』にいって相談してみよう」


「一応、関節にロックをかけておくか。こうすれば専門家じゃないと動かせん」


「おお、ありがとうございます!」


 僕らは装甲車から荷下ろしをして、久しぶりに「ラグ・アンド・ボーンズ」の扉をくぐる。


 そして、久しぶりに顔を見た気のするカクタの親父は、僕らの姿を認めると、片眉を上げて、不敵な笑みを浮かべた。


「よぉ、クズ拾い、いい顔になったじゃねえか」


 親父は手慣れた手つきでもって、音もなく3つのショットグラスを等間隔に並べると、さっと疑似血漿リンゲル液を注ぐ。


「ありがとう。」


「うっそだろ?!フユがまともに礼が言えるようになってやがる」


「いきなりそれ?」


「ありがとうでっす!!」


「あー、ウララちゃんのおかげか。フユが勝手に成長するはずねえもんな」


「でっす!」

「実際そうなんだけど、ひどくない?!」


「ありがとう店主殿。彼らには世話になってるよ」


「おう、で、このべっぴんさんは?」


「クガイさんっていって、廃墟で出会ったんだ。まあ……いろいろトラブルがあって、衛兵隊の人に諸々報告することがあるんだ」


「ああ、こっちか?で、ウララちゃんと寝たってか?かー?!」


 ええい!クソ親父!手を卑猥な形にするんじゃない!ぺしっとはたいて、親父が作ったジェスチャーを崩す。


「はいでっすトコロザワで、フユさんとお休みしましたでっす!」

「あらやだわっ!!」


 ああもう!!!いい年したオッサンが、なよっとしたポーズで、変な裏声出すんじゃない!!!きもちわるい!!


「何もないわっ!!普通に寝て、休んだだけですぅ―!」


「おやおやおや?普通じゃないってどういう意味かな?オジサンに教えてくれないかなぁー?」


「あーあーあー!きこえませーん!」


 親父と久しぶりに顔を合わせると、なにかタガが外れたようになって、バカ騒ぎをしてしまった。なんだろう、でもこういうの、悪くないな。


 そのとき、僕の背後から凛とした声が掛けられた。


「あら、にぎやかね。私も混ぜてもらってもいいかしら?」


 ステラさんだ。でも、服はいつものドレスじゃなくて、黒い甲冑のようなパーツが付いた、宇宙服のようなデザインの装甲戦闘服だ。

 ああ、やっぱり今、衛兵隊は非常態勢なんだろうか?


「お久しぶりです、ようやく帰って来れました」


「おかえりなさい。ああ、ごめんなさいね、こっちはいろいろゴタゴタがあって、あまり居られないのだけれど……」


「えっと、イルマが日防軍に立ち退きを迫られて何だっていう話ですよね?」


 カウンターに着いたステラさんに、親父は僕たちにしたのと同じように、リンゲル液を注いで、彼女に差し出した。

 それをすっとあおって、喉を数回動かした後、彼女は続けた


「ええ、連日のラジオで聞いているでしょう?今更になって何をという感じなのだけれど……」


「それなんですが……実はその問題の渦中、というか中心人物かもしれないんです。僕たち。説明すると――」


 僕たちはイルマを経ってから経験した、その全てを伝えた。「赤耳」「白いなれ果て」、「奇現象」、「和尚さんの話」「最初のアガルタ」の中で出会った華岡さんの話も全てではないにしても、飛び飛びながら伝えた。


 大体3回はグラスに次ぎ直されただろうか。日防軍との戦いの事をどう話した者かと思った時、クガイさんの方を振り返って見ると、彼女は頷いたので、彼女が日防軍であり、戦いの意思はないということも伝えた。


 そして、最初のアガルタの話が終わった時、ふとステラさんを見上げると、なんとも難しそうな顔をしていた。まあ、そうだろうなぁとしか言いようがない。


 正直、自分でもなぜここまで首を突っ込みたがったのかわからない。


 ここまでする必要もないし、もっと楽な道はあったはずだ。


 わがことながら、理解に苦しむ。


「なるほど、ね。これは……とんでもないお土産と荷物クガイを持ってきたわね」


「それで僕らは――」


「――イルマのネクロマンサーに会わせろというのでしょう?」


「はい。」「はいでっす!!」


 僕の話を黙って聞いていた彼女は、意を決したかのように、ショットグラスを力強くカウンターに置くと、凛とした声で告げた。


「ネクロマンサーの※名代として、あなた達3名に、『レヴィアタン』への面会を許可します」


 ※人の代理をつとめること。それをする人。ここではステラが、イルマのネクロマンサーと≒であることを示している。


 ここまですんなりいくという事は、たぶん、僕が思っていた以上に、とんでもないものを持ち帰っていたようだ。


 ――まったく、クズ拾い冥利に尽きるね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る