第59話 イルマへの帰還
微睡む意識の中、ふと視線を泳がせる。視線のその先に、こちらに背を向け、寝床で息に合わせて胸を上下させている彼を見る。
あの細い首を折り、気道を塞いで背筋にナイフを差し入れれば、それで終わる。
セントールの少女も、同じ手順で終わらせられるだろう。
事が終われば死体を蹴り出し、車を出せば、ほどなく原隊に戻れる。
(ネ、ソウシヨウ?)
――
駐車場の闇からコロコロと転がり出る頭、頭、頭。
実際にはそこには居ないと解っている。
だからこれは私の頭の中が見ているだけだ。
そして彼らの言葉は、私が作り出している。
人の頭の中に間借りしてくるだけならまだしも、指図をするなんて、なかなかに図々しい連中だ。
(ナンデイキテルノ?ズルクナイ?)
そうだな、何でお前たちは死んで、私だけまだ生きてるんだろうな?
考えてみたんだが、ただの偶然じゃないか?
(ネェ、貴方ノタメニ死ンダヨ?)(オカシクナイ?)
ああ、おかしいな。実におかしい。
殺そうとした相手と共に行き、目的を共にしてすらいる。
彼らを殺すことが有意義だとするなら、お前たちの死は、まったくの無意味だったということになる。愛を
そんな仲間を死地に送り込みながら、当の本人はのうのうと生き延びている。
ひどいやつだ。私ならそんな奴とは、絶対友達にはなりたくない。
(ネエ、ナンデ?)
その答えと理由を、今探してるんだ。
お前たちの死が無意味となるような、中途半端な答えは出したくない。
(……)
わかったら寝てくれ。私もつかれてるんだ。じゃあな。
★★★
「ふわぁー……でっす!」
「うぅ……さっぶっ!!」
春とはいえ、朝方はかなり冷え込む。
車中泊で毛布だけだと、体温が奪われて震えてしまうな。
「おはよう。さて、早いうちに出掛けるか。面倒に巻き込まれたくない。」
「そうですね、関わっている余裕はないですし」
乗員用の
クガイさんもドレスの上から同じものを付けて座席に着いた。
「重い……」
「私らと違って、君の相棒はいつもそれを付けてるんだぞ?」
「はいでっす!!」
「うう、我慢します。」
「じゃあ、出すぞ。ぶつけないように周りを見てくれ」
「はい」
駐車場からトコロザワの出入り口までの間は、この80式装甲車にとってはすこし狭くるしい。なので接触しないように、ヘッドセットで車間距離を監視する。
こりゃ便利だ。クガイさんにハンドルの切り返しを合図して、駐車場を後にする。
「
「はい、お願いします」
僕らはトコロザワを出て、廃墟へと向かった。
手押しのレールカーと違って、自動車はやっぱり速い。
僕はカメラからヘッドセットへと流れ込んでくる、景色を眺める。
ヘッドセットで外の監視をするのが僕の役目だ。
ウララは……とくにすることがないので、すでに舟をこいでいる。
ま、まあ、普段苦労を掛けっぱなしだし、これくらいはさせて良いよね。
しかし、ここもすっかりもぬけの殻という感じだ。すべて都心部に行ってしまったのか?それとも地下に潜んでたりするのか?
「――監視していますが、『なれ果て』が一切見当たりませんね」
「不気味だな。どうやって指示を出しているのか、という疑問もそうだが、食事をどうしているのか、集めて争ったりしないのか?色々と疑問が出てくる」
「確かに。なれ果て同士で食い合いは、話には聞きますけど、見たことないですね」
「――そうか。」
「むにゃ、どうしたんですー?」
あ、いけない。ウララさんを起こしてしまったか。
「うん、『なれ果て』が全然いないなって」
「そう言えば、フユさんはなれ果てさんの声が聞こえるでっすよね?それも無いってことは、皆どっかにいっちゃったんでしょうか~?」
「うーん、なのかな?」
「でもそうしたら、ちょー稼ぎ時でっすよ!」
「あ、確かに!」
ハハハ、とクガイさんは笑うが、僕らにとっては真剣ごとなのだ。
弾代も結構バカにはならないからね。
これはクズ拾いにとっては都合の良い稼ぎ時だが、そうなると、クズ拾い同士、あるいは野盗との争いが激しくなるんでは?という懸念がある。
廃墟において、銃を使う争いを抑制しているのは、「なれ果て」の存在にあることは疑いようが無い。廃墟における戦闘のマナーは、ある意味彼らによって作られた。
実は僕たちは、「なれ果て」を必要としているのかもしれない。
――共通の敵を失い、お互いに殺し合わないように。
「ウララさんが言った通り、稼ぎどきではあるけど、なれ果てがいないと、クズ拾い同士で戦いが始まっちゃうんじゃないかな?っていうのがあるんですよね」
「ああ、確かに、でも好機であるのは間違いないだろう?普段は入れなかった場所や、拠点として使える場所も増えているかもしれない」
確かに、今の時期は拠点を作るのにいい時期かもしれないな。
稼ぎだけを考えれば、イルマの北側に作ったっていいかもしれない。まあそれは今抱えている大問題が終わってからの話だけど。
いや、そうなると結局『なれ果て』が帰ってくるかもしれないから、今作った方が良いのか?いや、うーん、わからなくなってきたぞ。
「じゃあ、どこかに拠点を作るでっす?私、屋上が使えるとこがいいです!ぜひぜひ畑をでっすね?!」
「畑という事は、水設備を作るんだな?じゃあバスルームも作ってくれ」
「クガイさんも僕らと住む気なんですか?!」
「おっと、いくら出せば話に噛める?どうせ日防軍を首になったら、クズ拾いでもしないといけないから、今のうちにコネを作っておこうかなってね」
「それはそうかもですが……!まず衛兵隊に話をしてみては?」
「うーん、軍隊はもうたくさんという気もしているんだけどね……」
国道をどんどんと進んで、いくつもの壊れたビルや、もう2度と動かない車たちを追い越していくと、見慣れた景色が見えてきた。
――イルマの高い壁、ああ、イルマ城塞だ。なんだかすごい久しぶりに帰ってきた気がするな。
ここを後にしたのは、せいぜい2週間もない。なのに、数か月は帰ってきていない気がする。旅行から帰ってきたときの気分ってこんな感じなんだろうな。
そういえば、ここイルマでも、トコロザワみたいなデモが起きているのかな?
「ラグ・アンド・ボーンズ」のカクタの親父や、「シュヴァルツ」のハインリヒさんがプラカードを持って歩く姿はちょっと想像できないな。
――何事も起きてないといいけど。
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