第58話 衛兵隊の弱点
「えーっと……」
クガイさんの姿を、改めて見てみる。
化粧とか髪型の効果ってすごいんだなあ。大化けに化けている。クガイさんがまるで女優さんみたいだ。でもここまでする意味あるぅ?
「ジャーンでっす!!!」
「ここまでする必要は無いと思うのだが……」明らかに困惑しているクガイさん。
「完全に同意です」
僕の声を受けて、ガーンっていうかんじでウララが白目で固まっている。
「しょうがないでっす、普段着に着替えてもらうでっす」
ああよかった。夜の蝶みたいな服ばっかりだったらどうしようかと。
「まあでも、ウララさんの腕前がすごいってのは解ったよ」
「ふっふーんです!」
「ハハ、遊んでみるか?」
……一瞬思考が止まって、意味を理解する。
「いえいえいえいえ!」
真っ赤になって否定する。何でこのひとこんなにオープンなんだよ!
あれか?!これが日防軍の文化なのか?!
「ああ、すまない。君たち二人はそういう関係なのか」
「「いえいえいえいえいえ!!!!」」
今度は二人して否定する。
いや、僕ら二人ってどういう関係だったっけ?
そうなのかそうじゃないのか?解らなくなってきたぞ?!
ううむ、混乱してきた。
「いやいや、からかっただけだ、すまない」
くつくつと笑うクガイさん。ええい、完全に遊ばれているなこれは。
「ええっと、まあたしかに魅力的だなとは思いますけど……」
そもそも、僕は
「不思議なものだよ。真面目な話、アンデッドでも性的興奮はするんだからな」
「あ、それで思い出しました。衛兵隊の事務所にある、装備工房に補給品を買いに行ってきたんですけど――」
衛兵さんから聞いた情報を、僕は共有することにした。
衛兵隊に突っかかっているというデモ隊、そしてその背後で糸をひいていると噂されている、オリオン一座の「座長」についての事だ。
オリオン一座がその、ストリップ劇場云々っていうことで、まあ連想したのはそういう事だ。ええい!どうせむっつりですよ!
「で、行きたいから小遣いをくれという話ではないだろう?」
「そっちから離れましょう!お願いですから!」
「そんなのにお金使ったらだめでっす!!」
「そうだな、紙の本の方が安い」
「そういうことじゃないでっす!!」
「おや、どういう事なんだい?」
真っ赤になって、「~!」と声にならない声で、ぶんぶんと両手をふるウララさんを見ると、かわいらしいとおもう。ずいぶん砕けた雰囲気。だが、こういうネタで砕けたくはなかった。
下ネタは日防軍の鉄板ネタなのかもしれないが、もっとこう、あるだろう!
……そうだ、食事の支度をしよう!
いちいち反応してたら、今日はメシ抜きになってしまう。
「真面目な話、扇動者が娯楽業界の者というのは、理に適ってはいる」
簡易ストーブに置いた固形燃料に火をつけると、クガイさんがつぶやいた。
ぽっと上がった頼りない炎で、水の入ったケトルを炙る。
「そうなんですか?もっとこう、真面目な業界がそういうのを思いつくのかと」
「……一応、政治や社会は私の専門分野なのだが、聞くか?かなり難しいぞ?」
「触りだけ、お願いします」
「――よし。」
「衛兵隊の政治は、その軍事力と、軍票による経済の統制を背景にした
僕はクガイさんの口から発せられる、言葉の洪水に襲われた。
うむ、わからん!
「わかんないでっす!!」
「――と思うので、もっと、かみ砕いて説明しよう」
ウララさんが顔のパーツを下に寄せてすごい変顔をしている。なんだろうこれ。
「わかってるんなら言うんじゃねえよ」の意だろうか?
「
「この政体は、民主的な政体はもちろん、王政のような、独裁的な政体でも現れる。むしろあらゆる政治は、寡頭制に変化していくと言った方が良いな」
「と言いますと?」
「つまりだ、部族のオサ同士が争って、手を組むのを想像してほしい。意見の合う者たちが集まって、勢力をかたち作る。政治とはこういうものだろう?」
「なるほど、独裁も民主的な政治も、多くの人たちが集まって動いているのは変わりがない。その中で勝ち残ったものが集まり、寡頭制に変化する。」
「その通りだ。政体というのは、そういった一致をみるのだ」
コポコポとケトルのお湯が沸いたので、3人に配ってお茶を淹れる。
以前、ネリーさんにもらったやつだ。
ほのかな花の香りが、コンクリートの殺風景な空間を満たす。――ふう。
少し水を足して、日防軍のカンメシをあっためるとしよう。
お!トリメシじゃん!これは嬉しい!
「でも、それとデモ隊の人をあやつるのと、何が関係するんでっす?」
「ここで重要になってくるのは、衛兵隊のもつ、民主的性格だ」
「人的資源でも物的資源でも、衛兵隊は皆に支えてもらわないと、干上がって死ぬ。だから全ての意見を無視できない」
カンメシを入れ終わった僕は、コンクリートブロックの椅子に戻った。
あ、このカンメシ、調理に25分かかるんですって。長くね?
「なるほど、衛兵隊はそもそも数が少ない……僕らとは
「私たちが廃墟から色々持って帰らないと、皆困っちゃうでっす!」
「私の主観も含んだ分析なんだが、君らの意見とも一致するようで、うれしいね」
ああそうか、クガイさんはつい最近、この廃墟に出てきたのを忘れるところだった。すごいな、それでここまで分析できているのか……。
「大勢の意見を無視できないというのは、民主主義的性格を持つという事だ」
「なるほど、これが最初の話に繋がるんですね?それが弱点になると」
「その弱点とは実に単純だ。衛兵隊以外の者、顔の見えない多数派、その中で大きな割合を持つ者、その者たちに共通する『願望』や『怖れ』に答えれば――」
「なるほど、彼らデモ隊が衛兵隊に代わって、権力を得られる。」
クガイさんが僕の言葉にうなずく。なるほどね、デモ隊を操る真意が見えた。
「しかし、その答えだと、〇ではなく△だな。それは革命だ」
あら、間違えてしまったらしい。
「実際にはそこまで単純ではない。なぜなら、顔の見えない民衆の中にも、責任を持てる者が多少は存在する。ごくまれに、扇動者に対して横やりを入れた、彼らの意見のほうが立つこともある」
「だが、正論というものは、大抵の人にとって聞きたくない、聞き入れたくない言葉なので、とても広まりづらい」
「ああ……。」
「さて、デモの目的とは多くの場合、『時間が無い』『危険だ』などと言って、正式な意思決定プロセスを飛ばして、重要な判断をさせることにある」
「人民もし暴政を避けんと欲せば、学問に
「ええっと?」
「暴政を嘆く前に、お前が政治家になれと言う意味だ」
「正論すぎる!!」
「な、正論とは聞きたくないだろう?」
「はい、よくわかりました」
「そんな言葉より、『衛兵隊に任せていたら俺たちは殺される』とか、『衛兵隊は自分の財産を守ることを優先している』とか叫んでた方が楽だし、効果が高いのだ」
「そんな事を言って、何を決めさせ――あっ」
「気付いたか。君が最初のアガルタで聞いた内容と照らし合わせると、彼らを都心部まで遠征させるつもりなのではないだろうか?」
「あの手の
「あの、割と最悪な状況なのでは?」
「私だったら絶対、その渦中に居たくないな」
「最初の、娯楽業界の人が扇動者なのは理に適うってどういうことでっすか?」
「ウララの言うとおり、いっちゃなんですけど、劇場の座長程度が、なんでそんな力を持っているんでしょう?そこは単純に疑問なんですけど……」
「大多数の一般人が、衛兵隊の人間、指導者層と接点を持ってると思うか?」
「思いません」
「で、逆に彼らが普段触れているのは、政治より娯楽だ。トコロザワでは特に大人向けの娯楽が強いそうだな?彼らのボス、給料の支払い人は誰だ?」
「だから『座長』が出てきたのか……」
「彼らは、衛兵隊とは違い、自身が発信力を持っている。民主主義的政治というのは、大きなメガホンを持って居る方が、有利になる仕組みなのだ。」
「おそらく大したことは考えてはいまい。出回るアルコールの量が増えれば良い、それくらいにしか、思ってはいないだろう」
「そして寡頭制はこの手の宣伝戦に弱い。なぜなら、政治に興味を持たれないことで成立しているからだ」
「うっわ……」
「もっとも起こりやすい寡頭制への変化のメカニズムは、外部からのチェックを受けずに、経済的な力が次第に集積してゆくことによるものだ。これは軍票制度を導入してしまった衛兵隊に、そのまま当てはまる」
「えっと、これって何とかならないんでっす?」
「なぜ何とかしなければならない?衛兵隊が圧制を敷いているのは、紛れもない事実だ。現に彼らは物価の高騰に苦しんでいる。君は彼らの意見を切り捨てるのか?」
コポコポと水が沸騰する音がコンクリートに響く。
確かにクガイさんの言うとおりだ。すごい難しい問題だ。
「確かに難しい問題です。ですが彼らは声を上げているだけで、問題を解決しようとしていません。増産、商品開発、できることはあるはずです」
「衛兵隊は『圧制』は敷いても、利己心で『暴政』を敷いているわけではありません。彼らは上位にいる人ほど、皆に装備を買い与えて、貧乏だと言っていました。」
クガイさんが微笑んで頷いた。
「政府たるもの、人民の信頼に答え、一切の貴賎なしに法を正しく、罰を厳にして一点の利己心あるべからず――」
「――そして人民たるもの、分限を誤らずして世を渡るとき、余人に咎められず、天に罰せられること無き。これを人の権利という。」
「難しいでっす!!」
「他人の魂を自分に入れるつもりで、物事は決めましょう。ということだ」
「わかったでっす!!」
「えーっと、とどのつまり、みんなでよく相談しましょう?」
「そうだ。だが、これが一番難しい」
「君も気を付けろよ? 異なる意見を尊重するというのは、誰かの言いなりになる事じゃない。合意できないなら、合意できないことも受け入れなければならないんだ」
ほどなくして、3つのカンメシが空になった。
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