第57話 吹き出す不満

 アスファルトが割れ、鉄骨や基材がむき出しになった国道を、僕らは装甲車で進み続けている。道の至る所にひどい段差ができていて、それを踏むたびに、車体全体が左右に振り回された。


 サスペンションが役目を果たしているおかげで、僕らの体が装甲車の突起に削られて、イチゴのスムージーみたいにならずに済んでいる。

 それにしたって、酷い乗り心地だ。


「わかっていたが酷い道だな。ジューサーの中にいる気分だ」


 ハンドルを握っているクガイさんが、口の端にえくぼを作って苦笑いする。


 揺れもそうだが、車内にたちこめる甘い匂いにもうんざりしていた。

 防護服のインナーに使うベビーパウダーみたいな、この甘ったるい香り。きっと、オイルの添加物か何かだろう。


 わざわざOZの人たちが新しく入れてくれたから、良いものなんだろうけど……、この臭いだけは、勘弁願いたい。ウララみたいに、好きな人は好きみたいだけど。


 揺れと臭いから気を逸らすために、ヘッドセットを付ける。


 車内に居ながらにして、全周監視のできるこのシステムは中々に凄い。


 機銃についているメインカメラだけではなく、車体側面や背面についているカメラの情報も合成するので、ほぼ死角がない。


 僕はヘッドセットに表示される、外の風景を確認しながら思った。


(……しかし、人っ子一人いないな)


 野盗はおろか、グールみたいな、なれ果てもいない。

 邪魔されるよりかは良いし、好都合なんだけど、漠然とした不安感を感じる。


 待ち伏せに適した廃墟や、首都高速の残骸の近くを通り抜けたが、拍子抜けする位に何もなく、僕らはトコロザワの駅にまでたどり着いた。


 駅の中に入るときに、クガイさんがヘルメットをかぶった。

 ……?外すならわかるけど、なんだろう。


 衛兵さんの誘導で広めの駐車場に通され、そこに装甲車を止めて、6つのタイヤそれぞれに、車止めを噛ませた。


 衛兵さんに確認したが、いえーいBBQだぜーってくらいに派手に火を使わなければ、この駐車場は野営も許可されている。コーヒーや食事をあっためるストーブを使うくらいなら、全然オッケーとのことだ。実にありがたい。


 時間は……午後6時か。びみょーな時間だ。

 無理すればイルマに着けるが、到着は深夜になるな。


 RPKアルパカの弾や、消耗品の補給もしたいし、今日はここで止まるべきか?


「あの、クガイさん、補給のためにここで一日とまって、明日の朝に移動を再開しようと思うんですが、どう思いますか?」


「ああ、慎重な判断で良いと思う。夜の移動は論外。補給品が欠乏しているのなら、なおさらだ」


「私も賛成でっす!ガタガタで、きゅーってなってます!」


「後、私も装備が欲しいな。丸坊主ジャーヘッドなんて、わたしは日防軍の兵士ですって、叫んでるみたいなもんだ」


「ああ……それは確かに、そうですね」


 そういえば、衛兵隊の女の人たちに、丸坊主の人たちって見たことないな。

 確かにクガイさんの頭は、トコロザワでは目立つ。


「ウィッグが売ってるところって、どこかありますかね?美容院……?」


「私に聞かないでくれよ?この街は初めてなんだ」


「ふっふーん、じゃあ私が行ってきますでっす!!」


「うーん、大丈夫かなぁ?」


「そこはおまかせでっすよ!着たきりチュンチュンのフユさんよりは!」


 着たきりチュンチュンってなんだよ!

 でも冷静に考えると、たしかにファッション的な物を求めたことって、僕の生涯の中で、一度もなかったわ。女の人のヘアスタイル決めろとか、ムリだわ。


「確かに……なにも、なにも言い返せません!」


「でっす!」


 完全なる敗北宣言をしたところで、ウララに仕事用の共有資産から軍票を渡す。

 確かに女性の事は、僕が行くより彼女に任せた方が絶対いいわ。


「じゃあ手分けしよう、僕は『馬車馬歩槍公司ばしゃうまライフルこんす』に弾薬補給。」


「私がクガイさんの服と髪でっす!」


「すまない、助かるよ。あとで何とかして払うので、お願いする」


「はいでっす!」


 うーん、何か探索の手伝いをお願いしようか?このまま運転手をしてくれるだけでも、すごい助かるのだけれど……。


 でもそれって、クガイさんの能力の無駄使いもいいところなんだよな……。

 うーん……何かいい方法ないかなあ?


★★★


 げっ……!


 衛兵隊の事務所の入っているビルに行くと、凄いことになっていた。


 トーチカが黒コゲになってブチ割れて、表面は銃弾の穴だらけになっている。

 一体何があったんだよコレ。


 僕は警備している衛兵さんに、何があったのか、聞いてみることにした。


「すいません、これ、何があったんですか?」


「ああ君、廃墟にいたのか?日防軍と小競り合いが起きたんだよ」


「もう戦争が始まっちゃったんですか?」


「それがイマイチよくわからないんだ。戦闘ログを確認しても、どっちが先に撃ち始めたのか、よくわかってない。」


「それって……?」


「あんま言いふらすなよ?デモ隊が撃ったんじゃないかって、もっぱらの噂だよ」


「デモ隊って、何に対して、デモしてるんですか?」


「そりゃあもちろん、衛兵隊に対してだよ、廃墟の物資を独占して、圧制をする衛兵隊を追い出せーってね。冗談じゃないよ、上に行くほど貧乏なんだからウチは」


「え、そうなんですか?夢が無いなぁ」


「10人を超える隊を率いるくらいになると、上役が装備を配るとかよくあるんだよ。生存率を上げるには、少しでも質を上げるのが重要だからね」


「あー、心当たり有ります。合同作戦で、何かいろいろもらいましたね……」


「でしょー?まあ君らクズ拾いは忙しくて、デモするどころじゃないよね。やってるのは主に、街の職人とかトレーダー連中だよ」


「僕、いまから馬車馬歩槍公司に弾薬の補給しに行くところなんですけど……」


「あっちは平気だよ。軍需じゃなくて、食い物とか酒とか……、女とか、そっちだ」


「あー。なんかろくでもなさそう。ヤの付く自由業の人たちですか?」


「そ、気を付けなよ?君らクズ拾いは、目の敵にされてるっぽいから。デモ隊からしたら、衛兵隊の手先だーなんて言われてるよ」

「むしろ、こっちの言うこと聞かないのにね、君ら。」


「ハハハ……、それは確かに、すみません」


 ――ん、ウララさんが心配になってきたな。彼女がというより、彼女に轢かれて、骨をブチ折られているのではないかという心配だが。


 補給をすませたら、すぐに様子を見に行った方がよさそうだ。


「その今、色々やってるデモ隊のリーダーって誰なんです?」


「ん-、たしか、職人のゴトウとか言ったかな?」


 あっちゃー。あんまり聞きたくない名前が出てきた。


「――でも俺の勘だと、裏で手を引いているのは、オリオン一座の「座長」って呼ばれてる、ストリップ劇場のボスだと思うね」


 うーん、大人のお店を経営している連中が、何で衛兵隊に突っかかっているんだろう。連中にとっちゃ、平和な方がありがたいだろうに。


「あまり関わり合いにならないようにします」


「それがいいよ。すまん、色々と溜まってて喋り過ぎた、キミも忙しいだろうにな」


「いえ、いろいろとありがとうございます」


 僕らはホァンさんのところへ行って、弾薬の補給を消耗品の補給をすませた。


 アルパカもサイレンサーを付けるといった、近代化改修をしたかったのだけれど、納品まで待っている時間的余裕が今はないので、手早く補給だけ済ませた。


 情勢の余波を受けて、少し割高になった弾薬の箱を買い込んで駐車場に戻ると、ちょっと目を疑う事が起きていた。


 クガイさんが、ウララの手によってメイクやヘアセットをされているのだが……なんか凄いことになっている。


 黒いチャイナドレスに、銀のロングヘア―。

 あれだ、映画に出てくるクールビューティな女スパイみたいになっていた。


 クガイさんの鼻筋の通った中性的な見た目が、アンニュイな印象の銀色のロングヘア―によって、ミステリアスな魅力となっている。


 そして長いチャイナドレスは、スレンダーで足が長く、かつ抑え目な胸という体型に、とてもよく似合う。似合いすぎていた。


 あの、ウララさん?さすがにここまでやれとは言っていないのですが?

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