第56話 返本還源

「それでも厄介ですね。大量のアンデッドの結合を許し、一度『塔』が出来てしまえば……その時点で、奇現象を用いた世界の改造は可能なわけです」


 確かに塔の建造にアンデッドを使うなら、最終的に護衛はいなくなる。でもその時にはもう、彼らにとって塔は守る対象ではなく破壊しなければならないモノになる。


「そうなったら、やっつけられないでっす!」


「うんうん、彼らが『塔』を守らなくなった時、その時が君らにとって、一番危険な状態という訳だ」


 最後のアガルタのやる事には、2つの段階がある。


 1、塔を作り、2、それを壊す。そして、世界を作り替える。


 なので、まずは塔が作られないようにしないといけないわけだ……。これには、激しい反撃が予想されるな。


「ベストは、塔が作られる前に、最後のアガルタを解体する事ですね。もし、手遅れで作られてしまった場合は――」


「――その場合も、アガルタを解体すれば止まるのでしょうか?」


「難しい問題だね。それをすると、『塔』が何をイメージするのか、それを管理する存在が居なくなる」


「あっそうか。そうなると、その後に何が起こるかわかりませんね」


「うーん、アガルタさんにやめてっていうです?」


「さて僕からの手助けは、この辺りにしておこうかな」


「えーっでっす!!」


「いやいや、僕から答えを言ってしまったら、それは僕の答えじゃないか。君たちでどうするべきか、決めてほしいな」


「うー、華岡さんのいうとおりです?」


「あの、一つ引っかかる点があるんですが……、最後のアガルタを破壊した場合、僕らの参照する自我が、結構な数、消えるっていう事ですよね?」


「やっぱり、それも僕らの滅亡を意味するのではないかなと思うんですが?」


「さて、それはどうだろうね?どうなるかなんて、誰もわからないよ」


「たしかに、元となる自我の多様性は、かなり失われるだろう。でもあくまで、元でしかない。今の君たちは、実際の環境に晒されて変化し続けている」


「このアガルタ内部では色々やっている。そして、いくつかの世界では、自我が全滅することだってよくある事なんだ。でも、現実の君たちはまだ残存している」


「それはそうですけど……」


「男の子なんだろ?どーんとやりなよ。責任は取れないけどね」


 親指を立てて、にこやかに拳を突き出してくる華岡さん。


 まったくもう、ずいぶん無責任に背中を押してくれるなあ。


 でも確かに、残された時間は限られている。

 完璧じゃない手段でも、それを見つけて、やるしかない。


「ふう、『抗体』を誤魔化し続けるのもそろそろ限界か、そろそろ行った方が良い」


 オズマさんがしたように、華岡さんは空間に白いドアを作り出した。

 きっと現世へ戻るための扉かな?


「実際どうするかの作戦は、外で決めようと思います。えっと、華岡さん、ありがとうございました」


「うん、さようならだね……そうだ、最後にいいかな?」


「はい?」


「オズマに伝えてほしいんだ。『がんばったね』と」


「――わかりました。」


「ばいばいでっす!」


 僕たちは華岡さんに別れを告げて、扉に手をかけた。


「……?君も来るのかい?」


「ワウ!」


「おや、ヴォルフはすっかり君らが気に入ったようだ。――いっておいで」


「ワン!」


「じゃ、いこうか」

「はいでっす!」


 ★★★


 白い視界に色が戻り、僕らはアガルタの外へと還ってきた。


 ――そして思った。


「うぇっ!げほっげっ……おえぇぇ!」


 ――この電脳を介した突入は、もう二度とやらないと。


 凄まじい吐き気とめまい。吐くものもないのに、オエーッ!としてしまう。

 戻る際にも、ここまで負荷が来るとは聞いてなかったぞ!


「あー、すびばぜん」


 僕はクガイさんに背中をさすられている。

 先に戻った彼らもこれを食らったのだろうか。


「落ち着くまでゆっくりして。それと、すまなかった」


「――?」


「いや、先にやられてしまっただろ?」


「あぁ、あれですおえろろろ」


 いやあ、ここまで自分がVR酔い(?)に弱いとは。


 しばらくして落ち着いたところで、最初のアガルタのネクロマンサー、華岡さんから得られた知識を、皆と共有した。


 アンデッドという技術によって、ヒトがモノと別れて争った事。


 そしてアガルタが目的とするのは、世界の形を、別の何かに変えること。


 それには白いなれ果てが使われ、アンデッドを材料にした、「塔」をつくろうとしている事だ。


 アガルタがやろうとしていることは、びっくりするほど、僕の推測に沿っていた。

 気味が悪いに、思考が似通っている。

 

 いや、僕らと彼らの根源は、同じヒトなんだから、思考が似るのは当然なのか?


 さて、アガルタは、例えるなら自動車の上に乗っかった図書館であり、特に誰かが率いているわけではない。これは意外だった。


 僕はてっきり、アガルタの内側で争いが起きて、優勢になったものが主導権を取るのだと思っていた。だけど、そんなことは原理的にあり得ない。だってアガルタの中で自我が死んでも、実際に死ぬわけではないからね。


 自我の入り込んだ何かが死んだら、自我はまたどこかに格納される、アガルタの中で行われていたのは、そんな感じだった。


 どこまでいっても終わりはない。

 だから最初のアガルタは、結論を出さず、見守るという事を選んだ。


 最後のアガルタでは、きっと違う事が起きた。

 それが何かは解らないけど。


「そうだ。華岡さんは、オズマさんに伝えたいことがあったそうです」


「へえ、それは何かしら?」


「『がんばったね』だそうです」


「……死んでも中枢に辿り着くべきだったわね。殴り返してやるべきだったわ」


 おお怖い。でも、オズマさんの顔は怒ってない。むしろ微笑んでいた。


「それで、これからこの情報をもって、イルマへ向かうのか?」


 僕に疑問を投げかけたのはクガイさんだ。

 そうだ、この情報を持ち帰らないといけない。


「はい、そうしようと思うんですが、クガイさんって、車の運転できます?」


「それはできるが……車を持って居るのはOZだ。君ら次第だな」


「……そうねぇ」

「どーすんのオズマ―?」


「せっかく届け物をしてもらったし、ここはそのお礼ということにしましょうか」

「おぉー?オレもついてっていーか!?」


「だめよ。ティムールはまだやることがあるでしょ」

「ちぇー。」


「うちにあるので、一番状態の良い装甲車を出すわ。これはもう、貴方にあげると思って良いわよ。返すのも面倒でしょう?」


「恩に着る」

「ありがとうございまっす!」


「それと、日防軍のパワーアーマーも一着、持っていくといいわ」


「いいんですか!?」


「これからどんな荒事があるかわからないでしょ?貴方に死なれたら困るのよ」


 うひょーっ!すごい気前がいいな!


「フユさん、すっごい悪い顔してまっす」


「あらほんとだわ、止めておけばよかったかしら?」


「いやいやいや!大事に!大事に使いますから!」


 プロト最初の・アガルタから出てきたときの時間は、もう午後の3時をすぎていた。


 僕、ウララ、そしてクガイさんを加えた三人は、OZからパワーアーマーの運用のできる上等な装甲車を譲り受けた。


 この車両は6輪のタイヤを装備していて、側面、中ほどに大きく横に開くハッチがあり、そこにパワーアーマーを格納できる。


 僕らはOZの人に手伝ってもらって、内部の大きな椅子にパワーアーマーを乗せて、固定用のバーを下げて固定した。まるで巨人が座ってるみたいだ。


「おっし、これでよさそうだな。後はこれを持って行ってくれ」


 僕はスキンクから封筒を受け取った。一体何だろう?


「OZから衛兵隊に対する、休戦の申し入れだ。まあ受け入れられるとは思ってないが、お前さんの交渉力に期待ってとこだな」


「期待しないで待っててください」


 背中を向けて手を振るスキンクと別れ、僕は装甲車に乗り込んだ。


 助手席まで這って行く。そこにあったのは機銃座だ。座る僕の頭上にはターレットリングがあって、12.7㎜重機関銃が固定されている。


 操作は、なるほど、このヘッドセットを使うのか。機銃のカメラと同期している。これならマニュアルが無くても使える。


「80式か、色々改造されてるが、まあ何とか動かせそうだ」


「お願いします」

「お願いしますでっす!」


 僕の後ろの方からウララの声が飛んでくる。

 彼女はパワーアーマーの横のメンテナンスベイにちょこんとすわって、荷物を固定するための、ケブラー製の赤いベルトを握っている。


 こういう装甲車は大体が人間用だから、セントールのウララにはかえって負担になってしまう。あとで後部座席を取り外すとかしないといけないな。


「さて、国道254から、浦和所沢バイパスか……、一気に走り抜けよう!」


 クガイさんの蹴り出しに答え、エンジンに火が入り、動きだす80式装甲車。

 僕は急加速で、シートにグッと押さえつけられる。


 アガルタから得られた情報をイルマに届けるために、僕らは廃墟に繰り出した。

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