第55話 ヒトは過ちを繰り返す
「僕らアンデッドが、モノとヒトに別れて争った。それは理解しました。そしてそれが、今に繋がっていることも」
――なんてことはない。きっと当時から、純粋なヒトはもういなくなっていた。
「うん、君は感づいたみたいだけど、実はこれ……まだ終わってないんだ」
「えぇー?まだやってたんでっすか?!」
「呆れた話でしょ?」
「度し難いですね」
「ああそれと、僕らの名誉のために言わせてもらうと、
「ああ、やっぱりそうなんですね。もしあなたが元凶のひとつだったら、アサカ駐屯地の周りが、こんなに平和な筈はない。そう思ってました。」
「うん。この問題の中心になったのは、正式運用されたアガルタだ」
「あれ?では何故、日防軍は最初のアガルタを確保しようとしたんでしょう?」
「それはきっと、今こうして僕らが対話していることが答えじゃないかな?」
「そうでっす!アガルタさんを止められるのは、最初のアガルタさんだけでっす!」
なるほど、確かにウララの言うとおりだ。僕らに敵対的なアガルタからすれば、奴の領域、都心部の外にぽつんとある最初のアガルタは、とても厄介な存在だ。
クガイさんの受けた命令は確保だったけど、指令を出した者は、それ以上の事を望んでいたのかもしれない。
「えと、モノである僕らが、正式運用されたアガルタに敵視されているっていう事は、彼らはヒトの側にあるとみて良いんですよね?」
「そうだね、だけど僕ら最初のアガルタは、君たちの完全な味方じゃない、そこは勘違いしないようにね」
「えぇ~なんでですかー?」
「ほら、華岡さんが、意見が割れているっていってたじゃない?」
「おぉ!そうだったです!」
「うん。僕たちは、決めないことを決めたっていう言えばいいのかな……?」
「決めないことを決めた、ですか?」
「そう、僕らがとどまり続けることに決めた場所、それは止揚の瞬間だ」
「わからないでっす!!」
「うん、きっとわからないと思ってた。いや、バカにしているわけじゃないよ。そんな顔しないで」
ウララの変顔をみた華岡さんはクスクスと笑う。いやあ、笑うのもわかる、これは良い顔だ。ぎゅっとして怒った梅干しみたいな顔。
「さて、僕らのスタンスを深く理解してもらうためにも説明しよう。止揚の瞬間というのはつまり、相反する葛藤がぶつかって、新しいものを生み出すことだ」
「ここに花があります」
華岡さんは手元に、白と赤の2つのチューリップを取り出した。
改めて思うが、アガルタはすごい。会議場としては最適な空間じゃないか?
「でも、花はいずれ枯れて、醜い花に変わってしまう。美しい花と、醜い花。まずこれが相反する存在だ。ここまではいいかな?」
華岡さんの持つ片方の赤のチューリップが枯れて、しおれてしまった。
「はいでっす!」
「ではこのお花さんたちから、新しい存在を考え出そう。何が考えられるかな?」
「えっと、プラスチックで造花を作れば、枯れない花は作れます」
「おやおや、フユ君、それでは美しい花のままだよ。新しい存在ではないね」
「お花さんの種でっすか?かけ合わせれば、新しいお花さんが出来たりします!」
「うん!まさにそれだね!」
おお、さすがは農家出身のウララさん!
華岡さんは白と赤のチューリップを掛け合わせて、赤と白のストライプのチューリップを作り出した。
「これが止揚だ。僕らは……君たちモノも、ヒトも、見守ることにしたんだ」
「それは、必要以上の手助けはしないという事でしょうか?」
「そうだね、でも、フェアじゃない部分は正そうと思う」
「というと?」
「そうだね、まずは君が聞きたかった事を答えよう。それはアガルタが具体的に、何をしようとしているかだ」
「自分で言ってて、ややこしいな。ごめん、
「結論から言おう。最後のアガルタの目的は、極めてシンプルだ。アンデッドの居ない、ヒトだけの世界を作ろうとしている。」
「でも、それを成し遂げるのは、やはり、アンデッドなんですよね?アンデッド由来のヒトが地上に帰ってくるだけだ。欺瞞に満ちています」
華岡さんは静かに肯定した。
「皮肉だよね。でもアンデッドを手段として用いるのは、実に理にかなっている」
「アンデッドはヒトの神経を再現した存在だ。繋ぎ合わせて大型化すれば、再統合を通して一つの存在になる。理論上、それに限界は無い」
僕は自分の腕を斬られた後、継ぎ直した時の事を考えた。あの時は僕の体の方が優勢だったから、腕は僕の物になった。あれを大規模にやるってイメージだろうか。
「アンデッドを集めるには、インターセプト型アンデッドを使用するのが妥当だ。こいつは戦争時に、ヒトをアンデッド化したり、アンデッドのコントロールを奪うのに使われていたものだ」
それはきっと、白いなれ果てのことだろうか。
「僕らが白いなれ果てと呼ぶ存在。それがアンデッドの死体に入り込んで、死体を動かすのを目撃しました。それの事でしょうか?」
僕は羽毛が生えて白くなった「赤耳」のことや、ウララの農場に現れた、白いアンデッドの事を華岡さんに説明した。
「うん、間違いないとおもう。インターセプト型アンデッドは、侵入の為に、ヒトの文化的要素をも利用するからね。」
「はい!文化的要素の利用ってなんでっすか?」
「例えば、弱弱しい少女のすすり泣きを利用したり、神々しい天使をイメージさせる姿を取って、被害者に近寄ってきてバッサリ。そして、利用する」
うわぁ……。人の心が解っているけど、人の心がない。
「形態も様々だから、君の目撃情報とも符合するね」
「えっと、僕、そいつに腕を斬られて、すぐに切り落としたんですけど、汚染されてるかもしれないんです……どうすれば排除できます?」
「うん?おかしいな……汚染されていると考える、その根拠はなんだい?」
「近くに寄ってきた、なれ果ての光みたいな声が聞こえたんです。自身の不具を嘆いて、アガルタに救いを求めるような内容でした」
「なるほど、一部神経の再構築がなされた可能性があるな?光みたいな声、というのは恐らくは共感覚、興味深い……」
「あの?」
「ああ、ごめんごめん。結論から言うと、これ以上進む心配は無いと思うよ」
「本当でっすか!?」
「イメージ的には、蛋白質で出来たドローンの体が
「恐らく、途中までは神経の組み換えは進んだけど、そこで力尽きて止まっている。そういった具合だと思うよ。」
「ある程度まで進んでしまうと、体の中でドローンが作られてしまう。自分の体を切り離して、新しいパーツと交換すれば遅延できるけど……」
そこまで聞いて、はっと思いだした。「赤耳」のラボにあった大量の体のパーツ。
あれは彼が、自分の意識を保つためのものだったのか?
「えっと、体を全部乗っ取られてしまうと、もうどうしようもないでっすか?」
「残念ながら、そうなってしまうと、もう別物だね。もし君の知り合いがそうなってしまっていたら、解体してやるのが、その人の為だ」
「そうでっすか……」
「ああそれと、それ以上進まないと言っても、フユ君、君は間違いなく汚染されている。それも薄く広く。恐らく……次は無いだろう。」
ぞくっとする言い方だった。華岡さんのいう事は、僕が次に白いなれ果てに出会った時、必ず死ぬという死刑宣告に近い。
「もし、君がそれの治療を望むなら、現実世界にいるネクロマンサーに依頼するといいだろう。戦前から生き残っているような者なら、治療できるだろう」
やはり僕はイルマのネクロマンサー、「レヴィアタン」に合う必要がありそうだ。
「冷たいようだけど、話を戻すよ。インターセプト型アンデッドの目的はおそらく、最後のアガルタにアンデッドを集める事だろう」
「最後のアガルタの目的の実現には、都心部のアンデッドを集結させないといけないわけですね?」
「そうだ。そして、彼らの神経を統合、巨大なアンデッドを作る。これには、塔のような形状がいいだろう。そして……彼らが望む理想郷のイメージを発信する」
集合自我、うん、地下トンネルのグールたちの思考は、おおむね一致しているような感じだった。群れである程度統一された意志、それが丸々大きくなる。
ここに違和感は感じない。
「そして自我崩壊を起こし、奇現象を発生させ、現実を改変する。どういった現象が起きているのか、僕には理屈は解りませんが……」
「理屈は簡単さ。
「当時の環境改造が失敗したのは、彼らに指示を与える方法が確立していなかったことにある。おそらく最後のアガルタは、巨大なアンデッドの集合自我で、それを成し遂げるつもりだ」
なるほど、
あれを科学の産物というには、あまりにも超常現象な見た目だけれど……。
となるとあの赤いスピネルは、環境改造用の小さなアンデッドに指示が出せる代物という事だろうか?それにしたって、ブラックドッグを破裂させたときは、ものすごい威力だったけど……、まだ何かありそうだ。
「あまりにも大量の情報が一度に入ってきて、混乱してきました、彼らが本気になれば、僕らに止める術はないのでは?」
「うん、その通りだ。初めからして、まるでフェアな戦いではないね」
「僕らとしては、ちょっと君らの方へ、天秤を動かしてあげたい。ところで、彼らの計画に、とんでもないアキレス腱があるのに気づいたかな?」
「えっと……」
「私たちはアガルタさんの敵でっすけど、アガルタさんは私たちが必要でっす!」
「そうだね。敵を利用する、実にスマートな作戦に見える。でも、言い換えれば、君たちがいないと成り立たない作戦なんだ」
「そうだ、アガルタは都心部に絶対的な防衛ラインは敷けない。塔の素材にするための、アンデッドが通れる場所が必要です」
「うん、いい所を突いているよ。他にもあるかな?」
「あの~アンデッドを使って、塔が出来たら、誰が塔やアガルタを守るんでっす?」
「……あ、それもそうだね」
「――ほらね? 思ったより、完璧な計画じゃないでしょ?」
「はい。」
「いやはや、僕たちがどうして君たちに負け、失敗したかを追試するみたいだ」
「ほんとうに嫌んなっちゃう」
華岡さんは、そう言って、からからと笑った。
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