第54話 よりよい未来へ
「始まりは、よりよい未来を作る為。それだけが目的だったんだけどね」
「まず君たちは、僕らヒトの神経を再現した、広義の
「はい。その点については大丈夫です」
「よかった。では、君たちの御先祖様の、AI話をするとしよう」
「私たちに、おじいちゃんがいたんでっすか?」
「うん、実はそうなんだ。」
「君たちアンデッドはAIだけど、過去に存在したAIとは、解決した問題の規模と性格が異なるんだ」
「1970年に始まった政府主導の第5世代コンピュータと人工知能。その成果は2020年代に結実し、誰もが知るところとなった――」
「誰にでも使える、お絵描きするAIというものによってね」
「お絵描きは私も好きでっす!」
「そう言えば、芸術に従事するアンデッドは結構いますよね?」
「君たちはありのままに芸術に適応しているけど、実はヒトって、絵が描けたり、音楽が弾けたりする人は少数派なんだ」
「へえ、当時は絵を描くのって希少性があったんですね」
「うん。それで、当時のヒトは、自分よりも高い生産性を持つ「モノ」が、誰にでも使えるようになり、それまでの努力が無意味になる。そういう体験をしたんだ」
「毎日を誠実な練習に費やして、得られた生活の糧。それを突如、理不尽に奪われた人はどうなるだろう?」
「過去に学ぶと、R・アークライトが1771年に設立したクロムフォード綿工場の門には、砲弾のこめられた大砲が配備されていた」
「この工場は、織物業者に多くの失業者を出したからだ。彼は、自分に向けられる敵意をよくわかっていた」
「しかし1771年に起きた状況とは異なって、2020年に起きた変化では、殴りに行ける相手すらいなかったんだ」
「それは何故です?使った人や、開発者に文句を言いに行けばいいのでは?」
「ああ、そうか。世界的なインターネットが停止している世界に生きる君たちには、当時の事はイメージしづらいかもしれないね」
「それらは、ネットワークの中で、お金を払わずに手に入れられるモノ、そういった所有できないモノ、管理できないモノから生み出されたからなんだ」
「あ……例えば、廃墟のガラクタ、誰も欲しがらないような、壊れた掃除機からマシンガンをつくったとして、誰かに怒られるわけじゃない。そういうことですか?」
「うん、いい例えだね」
「無論、お絵描きAIも、掃除機マシンガンも、それを悪用する者はいるだろう」
「でも、代表して殴られるに値するほど、本当に所有しているわけじゃない。廃墟のガラクタも、AIが利用するデータも、そこら辺に転がっていたものだからね。無論、お金を出さないと手に入らないものもあったろうけど」
「なるほど、所有できないモノから生み出されたという意味が解ってきました」
「そう、そして当時のAIは、ヒトの技能のように、『本人だけが利用可能』という、本当の意味での、技能の所有権の破壊をしなかったんだ」
「それはAIがまだ未熟だったというよりも、ヒトの言語の完成度が低かったんだ」
「どういうことでっすか?」
「ほらウララさん、言語っていうのはつまり、世界を切り取る事なんだ、和尚さんとしたボルトの話を思い出してごらん?」
「思い出したです!えーっと、言葉で切り取った、本人にしかわからない世界があるっていうことでっしたよね?」
「すごいね、もうそこまで気付いてたんだ!! ――ごめん、少し興奮した」
「わかるかな? 言語を通して実行する以上、『技能は本人のみの所有』だったんだ」
「自身を変える『U.N.D.E.A.D.』は、その本人のみの所有の概念をぶち壊したんだ。人類すべてが『
「これは圧倒的に、大きな規模の話なんだ。先にあげた、1771年のクロムフォード綿工場に関わったのは、精々数十万人でしかない」
「中世の封建社会では、貴族みたいなごく少数のヒトが、時代の主役だった。そして近代の産業資本主義社会では、工場の労働者のヒトが時代の主役だった。」
「君たち『U.N.D.E.A.D.』が現れた時代。この時代は、地球上全てのヒトがこの変化の担い手、時代の主役になったんだ」
「すべての人が、職業訓練や教育を最小限にして、高度な能力を身に着けることができる。これは3歳以下の子供が都合がよかった。」
「ヒトの神経や脳が未完成なうちに、他者の神経ネットワークを再現するのが、一番安定しやすいんだ。君たちアンデッドの白紙の状態、グレイマンと同じだからね」
「なるほど。って、えっ?」
「さて、ここで一つ問題が起きる。彼らは何者だろう?」
★★★
華岡さんは
「君たちのような細胞型オートマトン、君らの説明は簡単だ。生物の持つ自己を複製するという機能が外され、その他全ての機能が備わった存在だ」
「はい。僕らは仲間を増やすのに、素体や機械といった、外部の助けが必要です」
「そうだ。君たちは、僕らの遺伝情報や、神経の物理的構造の記録を参照して作られた、『モノ』だ。今の時代まで残ってるのは、正直、奇跡みたいなもんだ。」
「私とフユさんが出会ったのは奇跡!運命の出会いでっすね!」
「そうかもしれないけど、恥ずかしいよそれ!!」
「お熱いねえ、ま、君たちのその愛が続くためにも続けよう」
ボン!と音がしそうな勢いでウララさんが耳まで真っ赤になった。
華岡さんもなかなかにやりおる。
「僕らがたよりにしている、『科学的手法』というのは至極単純だ。客観的に観測できるものならば存在する。見えるモノ、触れられるモノは支配できる」
「自我も物理的記録を残すなら、ただのモノ――その思い上がりが隙を生んだのさ」
ひとりでにカタカタと音がして、何事かと思い、そちらを見る。
部屋のコンピューター。そのうちの一つのキーボードがひとりでに動いていた。
僕はウララを手で制止して、そちらを見に行く。コンピューターの画面には、ある文章が表示されていた。
――支配ではありません。我々は、死者の遺した遺産との共存。
人類同士の、より深い理解を目指しているのです。
「支配ではない、死者の遺した遺産との共存……ですか?」
これを書いたのは、アガルタの中の誰かか?
「詭弁です。僕らは誰かに使われるために生きているわけではない」
「彼の物だと認識するものが一人でもいれば、それは彼のものです。そしてそれは、使うあなたも含まれている。それは後ろめたさを隠すための詭弁です」
華岡さんは、表情は崩さず、強い声色で返す。
「自我を盗まれたものは、貴方の言うようには、思わないでしょう」
すると、コンピューターのキーボードが、また動き出した。
――アガルタの中にあるのは、ただのデータです。
それが意識を持っているかどうかは、個人の感想です。
「お恥ずかしい。このように、図書館の中でも、意見が割れているのですよ」
「華岡さん、僕はあなたをみて、ただのデータとは思わないです」
「ありがとうございます。もう僕には名前くらいしか残っていないので」
照れくさそうに額を掻いた華岡さんは、非常に根本的な問いを僕に投げかけた。
「さて、我々の分断の中心にあるものは、『ヒトとは何か?』です。これはモノである君たちが体験し得なかった、僕らにだけ存在した問題なんだ」
「さて、疑問を投げかけたのに疑問で返して申し訳ないが……ヒトは何処からがヒトで、どこからがモノなのだろう?」
「例えば――」
華岡さんはヒトの体を呼び出した。まるでゲームの素材を呼び出すみたいに。
「この人の腕を無くしていきましょう、次は足だ。」
「ひょぇー!バラバラでっす!!」
「うわースプラッタ。」
さすがネクロマンサーだ。普通では考えられないようなことを、平気でやるな!
「さて、頭と胴体が残った、これでもまだヒトだろうか?」
「はい。それらは損傷です。『損傷したヒト』です。」
「では頭を取ってみよう。これはどうかな?」
「それは~えっと、もう『ヒトの死体』でっす!」
「うん、頭を取ったら、死体という『モノ』になったね。だとすると、思考する部分がヒトなのだろうか?」
なるほど、華岡さんの言わんとする話が、段々と見えてきたぞ。
「ではこのヒトの頭を、この器械の体に付けて機能させてみよう。彼はヒトだろうか?」
華岡さんは歩行戦車を呼び出して、ヒトの頭を接続した。戦車は動き出すが、その動きはめちゃくちゃだ。きっと歩行戦車の体に、脳が適応していないからだな。
「うーん、脳は無事でも、伝達に問題があって機能不全を起こしていますね」
「ヒトとは言えないね。では重度の知的障碍者や、胎児はどうだろう?」
「それは……もちろんヒトです」
「だが、AIと、知的障碍者や胎児が、人間かどうかを判定するテストで競った場合、当然、AIが試験でより良い結果を出すだろう」
「この時点で、脳や思考がヒトの条件と見なすのは、無理がありそうだね?」
「そしてだ、君たち細胞型オートマトンは生殖不能だが、ヒトにも不妊症や無精子症と言って、生殖できないものがいる。彼らはヒトではないのか?」
「いえ、生殖できないとはいえ、彼らはヒトから生まれている。『ヒトの子』です」
「そうだ。彼らはヒトから生まれたヒトだ。グレイマンから生まれた君はモノにすぎない。つまり、ヒトの子宮で育ったものだけが、ヒトだと言えるかな?」
「僕の直感的には、ヒトの体の中で、胎児から連続的に成長していくのは、ヒトといって良いと思いますが……」
「実は、グレイマンを作るシステムは人工子宮の応用なんだよ。当時は女性の権利のために、お腹を痛めずに、女性同士で子供を産むことすら可能にしていた」
「うわぁ。すっごいややこしいことしてる。」
「うん、ややこしいんだ。こうして僕らは、U.N.D.E.A.D.使ったヒトはモノなのか、それともヒトなのか?というところにまで議論が発展していった。」
「困ったことに、このヒトかモノか、という二元論は、容易に敵か味方か、という論に置き換わるんだ」
「経済的な対立、道徳的な対立、それらの対立が激しくなり友敵の結束に近づくと、それは政治的な対立へと変わる」
「政治的な対立は最も強固で、そして……最も極端なものだ」
僕は顔をしかめるしかなかった。何でバカらしく、悲惨な結末だろう。
もっとも極端な政治的対立。
華岡さんが言っているのは、もちろん「戦争」のことだ。
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