第52話 さらに深部へ
「えっえっ!ステラさんがいっぱいですー!」
「そっか……最終戦争時のデータなら、当時アンデッドだった人、ステラさんもいるのか」
「何だ、君たちは彼女と面識があるのか?」
「はい、相手にして戦ったことは、ないですけど」
「――だろうな。それなら、ここに居るはずがない」
見た目はステラさんだが、アレを彼女と同じ名前で呼びたくはない。
そうだな、「抗体」でいいだろう。
地面を蹴る音も無く、4つの抗体が襲い掛かってきた。
――速い。地面の踏みきり方、動きの返し方、そのどれもが速い。
だけど「ある部分」が彼女ほどじゃない、これなら対応できる。
造兵工廠で見た彼女は、動きに「つなぎ」が無かった。
一方で、アガルタが送り込んできた、こいつらは違う。
動きのどこかに、次の動きへのとっ掛かりとなる部分がある。
速いことは速い。恐らく今まで見た中でも、最上位に食い込むだろう。
けれども使いこなしていない。
状況に対して、読み込むような間がある。
僕が見た彼女は、きわめて独善的で支配的だった。
手を取ろうとすれば、そのまま轢きつぶしてくるような、純粋な暴力だ。
ライオンは、相手を見て考えたり、練習したりしないだろう。
こいつらはライオンのフリをしながら、こちらの顔色を窺っている。
この間を使えば、きっとやれる。
一体に接敵する。カウンターとして放たれた回転切りをくぐり、懐に飛び込む。
これは奴も想定済みだったのだろう。
彼女の攻撃は、背中の長大な軍刀を振り回すものだが、持っている手は機械腕なので、当然人間のものより腕が長い。
これは攻撃距離が長くなる反面、ちょっとした弱点がある。
攻撃を受けない範囲、
奴は両腕でもって掌打の構えを取ると、懐から僕を押しだそうとする。
だが、僕は手の平で押される前に、自分の力で飛びのいた。
その瞬間、奴の動きが止まる。
――当たり前だ。
この掌打は、僕を押した反作用で、次の攻撃につなげるものだ。
獲物を捉えなかった場合、両腕と伸びきった体を元に戻さないといけない。
ほんの一呼吸だが、その間は無防備になる。
半面、僕は飛びのいた足を蹴り返せば、このまま斬り込める。
僕の動きは続いている。これなら、奴より早く動ける。
袈裟懸けに振り下ろした刃が、抗体の薄い華奢な体に吸い込まれる。
右腕、頭ごと胸と切り落とした。
よし、こいつはこれで終わりだ。すっと後ろを振り返る、げっ――
クガイさんには、3体の抗体が襲い掛かっていた。
1体と差し違える形でトドメをさしたが、残り2体に背後から襲い掛かられ、絶命していた。
クソッ!あいつら、守り手から先に落としに来たんだ。
背後から貫かれた4本の長刀が抜かれると、クガイさんと抗体の肉体が崩れ落ちて、光る大小様々なブロック、抽象的な電子のゴミになって消えた。
電脳が踏み台になっているから、実際の彼女が死んだわけじゃない。
でも、不安は不安だ。
あっちのクガイさんは無事だといいけど……。
一方の抗体へ斬りかかる。
もう一方は……、駄目だ、こちらを無視して、オズマの方へ行った。
彼女は防衛医科大学で守り手をしてたし、対応できるかもしれないが、不安だ。
目の前のこいつを何とかして、加勢しないと。
この抗体も、さっきの奴とそこまで変わらないが、防御的な動きでやりづらい。
こちらに安易に攻撃を仕掛けない。
時間を稼ぐのが目的と言わんばかりに、身を引いた動きをする。
押しては引く軍刀に、刀を打ち合わせて思う。確かにこの動きは正しい。
背中の機械腕が持っている白拵えの軍刀は、2M近い長さだ。刀身が1M程度の僕の刀と比べて、絶対的なリーチの差がある。
だが、リーチの長さは、武器の長さだけを意味しない。
足と、腕の長さ、そしてそれらを運ぶ時間も足せば、リーチは無限だ。
奴は身を引き切った瞬間、足を組み替えて、次の動きへつなげる間がある。
そこを目指して、ふらっと倒れるように足を運び、無拍子で抜き打ちを食らわす。
抗体の整った顔が、真っ二つに割れる。
いくらなんでも、軍刀の長さに頼りすぎだ。防御的に過ぎる動き。
そんな動きをするから、こんな単純な一撃でも食らうんだ。
ステラさんは、相手に合わせるなんて、そんな事はしてなかったぞ。
まあ、もとから人に合わせる気のない、アレな人だけど!
人体の正中線を割った刀を突き返して、抗体の胸に届かせ、えぐり割る。
熟練した肉屋のようで、自分でも驚くほどに冷静だ。
――よし、これで3体目。
ふたりの方へ注意を向ける。――ッ!
オズマさんは杖を持って居ない方の腕を、落とされ、背中から2本の白刃が生えていた。抗体は倒したようだが……。
「ここからrrr先を案内できなくて、ご・んなさい。」
「まa、こkから先ha未知のエリア――案内も何moあったものでは――ッ!」
「治癒が効かないでっす!」
ウララは光をさらに強く届かせようとするが、それをオズマさんは制止する。
きっとオズマは、いや、彼女のデータは、僕らのような存在を排除するための、ウイルスのようなものに汚染されている。
「……『抗体』というだけはe;るわ。この刃に、何か仕込みがあったn/aでしょう」
「奴・に指示しtルートは特定したha。そこヲ辿って中枢に行けrrrr。後はー」
ピタっと静止して、何も言わなくなったオズマさんが、ノイズとなって消えた。
そして、彼女の居た後には、シンプルなデザインの白い扉が残っていた。
きっとこれは、彼女が最後の力を振り絞って、作った道だろう。
「オズマさん……ごめんなさいでっす」
「あの抗体の武器に、僕らを殺す毒があるなんて、知りようがなかったよ。ウララさんは悪くないよ。」
「――ごめんなさい、僕たち、先へ行きます。」
口をついて出た謝罪の言葉。誰に対しての謝罪の意思だったのだろう。
ともかく、僕らは先へと進んだ。
扉が開いた先にあったのは、白い、ただ白い地平線だった。
当てもなく白い世界を歩きながら、あれと刃を打ち合った時のことを思う。
抗体は、多分アガルタの中で、戦いを続けていたステラさんのコピーだろう。
あの浮島の大地、この最終戦争の他に、どんな世界があるのか、僕は知らない。
きっと抗体は、アガルタの創造する、いろんな世界で戦い続けていたのだろう。
それは僕らの居る廃墟よりも、もっと過酷かもしれない。
確かに動作の精度や効率は上がるだろう。
現に一つ一つの動きは、本物のステラさんより、鋭いものもあったかもしれない。
でもそれは、目的の無い努力だ。
問題を与えられ、それを解決するだけの努力だ。
混沌とした世界で問題を見出さなければならない、僕らとは違う。
一見すると、外の世界で僕らがしている事と似ている。
が、アガルタのしていることは、根本的な部分で違っている。
彼らは世界に唐突に
彼らには、世界と自身に、明確な個としての隔たりがある。
彼ら自身は、存在のために、特定の世界を必要としていない。
僕らが世界の中に居て、逃げようが無いのに比べると、実に対照的だ。
外の廃墟の世界では、僕らは世界の一部だ。
だが彼らは、幾星霜の世界の外側にいて、鏡像のように生まれては死ぬ。
僕らとの違い、きっとそれは……彼らにとっては全てが仮、無意味という事だ。
――無数の世界で、無意味な生き死にを繰り返す。
保存した自我のために、なんでここまでの事が必要なのか?
何故、日常の繰り返しではいけない?
アガルタは一体、何を成し遂げようとしているんだ?
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