第51話 最終戦争

「これは……きっとニイガタだ。カシワザキ、微妙に違うが、見覚えがある……」


 ここにきて、クガイさんが明らかに狼狽しだしている。そうか、彼女はこの光景を知っていてもおかしくないのか。


「クガイさん気分悪そうでっす。だいじょうぶでっすか?」


「いや、大丈夫だ、これは所詮シミュレーションだ……平気だとも」


 とてもそんな風には見えない。彼女には何か、トラウマがあるんだろう。


 当然だ、こんな地獄みたいな状況。

 それを実際に体験した後に、はい、もう一回!って……。


 アガルタにとってみれば、この地獄の戦場も、ただのデータだろう。

 だが、それを実際に体験する方は、たまったもんじゃない。


「うわっ!!」


 僕らの近くに砲弾が炸裂し、ばらばらと血肉交じりの土が降り注ぐ。

 ぼんやり考え事をしている場合じゃないな!


 荒涼とした視界の果てにいた戦闘機械が、空中に無数の白い線を描いた。

 不味い、ミサイルによる飽和攻撃だ!


「来るわよ!ウララちゃん!防御壁展開!」


「はいでっす!一番いい防御魔法を使うでっす!」


 銃弾が飛び交い、戦車が走る。

 この最終戦争世界にありながら、僕らはファンタジーな格好のままだった。

 そうでなかったら、本当に現実かと思ってしまう。


 もしかしたら、この格好自体が、アガルタの世界に「入り込み過ぎない」ようにするための、論理ワクチンの作用のひとつなのかもしれない。


「我が恩寵のあるところ、生のなべてのいとわしき事どもは、いつも容易く耐えらるるべし――光を紡ぎ、布帛ふばくとせん……『インビンシブル』!」


 光が質量を持って立ち上がり、空気を震わせる。

 ウララを中心に集まった僕らを包み込んだのは、この焼け焦げた、真っ黒な世界の中に現れた、唯一の白。光り輝くドームだ。


 極光の丸屋根は、降り注いだミサイルの爆圧を完全に拒絶していた。


 あの、オズマさん確か常識的な武装って言ってなかった?常識って何さ?


 数十発のミサイルの弾幕を、無傷で耐えるシールド。

 これを常識的な武装とは、普通言わないと思う。


「クガイさん、あの戦闘機械、あれは一体なんです?」


「あれは中国軍がニイガタに上陸した際に使っていた、『破空ポォクン』だ。突破するとか、そういう意味だな」


「……私の部下たちを殺した奴だ。すまない、君たちには関係なかったな」


「いえ、もう関係なくはないです。」


「そうでっす!やっつけましょうでっす!」


「ええ、あれに暴れ続けられても、困りますものね。それにもう、あっちは興味津々って感じよ?」


 戦闘機械は体を支える足を格納して、ケツから火を吹いたと思うと、一目散にこっちに飛んできた。


 これを何と例えればいいのだろう。

 コンピューターに接続する、マウスという操作用の器械がある。


 それにゴテゴテと兵器が付けられ、真っ黒い金属製の巨大な4脚が支えている。

 頑張って例えたが、それ以上の説明はできそうにないな。


 ズン!と着地し、砂煙を上げる破空。さっきのドラゴンといい勝負の大きさだ。

 僕の刀が届きそうな高さでよかった。


『发现未知隶属关系的不死生物。戦力評価――不能。战斗开始记录……开始……必勝必勝……』


「まるでなんて言ってるか解らないんですが、オズマさん、わかります?」


「全然?まあ大体決まり文句よ。一応、翻訳をオンにするけど」


 厄介なのに目を付けられたものだ。まあ、向こうから来てくれるなら楽でいい。


「来いよ、ブッ壊してやる!」


 ヘルメットを投げ捨て、敵意を強く放ったのは、クガイさんだ。

 普段は冷徹に見えるが、どうやら彼女はこっちの方が素なのかもしれない。


 押しつぶそうと振り下ろされた前脚をかわして、内側に滑り込んだ彼女。


 そのままに両手剣を突き上げて、破空に取り付けられた、澄ました人の顔のような部分を削る。


 破空はそれに反応して、2本の前脚でもって白兵を挑む。


「そんなものか!」


 彼女は振り下ろされる腕の一撃を、切り払って防ぐ。

 払った勢いは殺さず、そのまま回し打ちするようにして、右前脚の関節に両手剣を食いこませた。


 よし、これで奴は僕に回せる脚が無くなった。

 見計らって奴の後ろ側に回り込んで、ザクザクと斬りつける。


 ――真っ向から戦ってるクガイさんに比べると、ちょっと姑息すぎるか?

 いやいや、ちゃんとした戦術だからいいのだ。たぶん。


 しかしこの刀、形こそ刀だが、モノはとんでもないな。

 ロケット弾や、戦車砲を防ぐはずの複合装甲を、いとも簡単に切り裂いていく。


 破空はこれに危機感を覚えたのだろう。

 自分をまきこみながら対人地雷を空中で炸裂させ、接近していた僕らを散らす。


 急だったので逃げきれず、体をかばった腕や手に大穴が開いた。

 それをみたウララが僕の手を取ると、光の膜につつまれて体が再生した。


 いやはや、場所はリアルな戦場なのに、やってることがファンタジーすぎる。


『……脅威度の検証シーケンスをスキップ。協力行為を認識していると確認。』


「あら、ちょっとは認められてるらしいわよ?」


「ふふん!絆の力でっす!」すっとウララさんと僕が人の字を作る。なにこれ?


『……理解不能。』うん、破空さん。僕も同意見です。


 破空の対人地雷で距離を取られたまま、第2ラウンドが始まる。


 奴は白兵戦をあきらめたのか、遠距離戦闘に徹するつもりのようだ。


 体の側面から、バリバリと機銃を打ちまくって、こちらを近寄らせない。

 そして前面からは、阻止砲火が飛んでくる。


 なら、やり方を変えよう。


「オズマさん、あれにデッカイ魔法、打ち込めます?」


「あなた達が詠唱中、守ってくれればできるわよ。やってくれるわよね?」


「ええ!」


 今度はウララとオズマさんがアタッカーとして動き、僕らが支援する。


 破空がミサイルを撃てば、それに対しては空を切る斬撃で撃ち落とす。

 グレネードを放てば、地面を払って吹き飛ばすといった具合だ。


 完全にやっていることがファンタジーだ。嫌いじゃないけど!


 こうなるともう、技能ではない。完全に、「何を思いつくか?」といった具合だ。


 何をすべきか、それがわかりさえすれば、あとは解決法をでっちあげるだけでいい。真空刃、エネルギー弾、ビーム、呆れるほどになんでもアリだ。


 そして、オズマさんの詠唱が完成する。


「我、一切の虚礼を捨離しゃりし、唯、力にのみ帰依きえする。我は汝を一切の罪悪より解放するものなり。拝跪はいきせよ!『テンペスト』!」


 周囲の空気が、ゴウッという音の後、捩じれた。

 破空の周りで、目に見えない、力の渦が生まれたのだ。

 ひしゃげるやつの体が、そこに生まれた、純粋な暴力の強さを物語っている。


 ギィギィと耳障りな音をたて、強度的に弱そうな部分からねじくれて、破壊されていった。そしてバキリと何かが割れる音をたて、内部の機構が露わになる。


 もはやどこからどう見ても動ける状態じゃあない。

 ――終わったか?


『対象の戦闘能力が、予想されうる範囲を超越しています。――不正を探知』


『不正行為と思われるデータを送信。完了』


「ん?ちょっとオズマさん、あれ大丈夫なんですか?」


「あら?確か最初にあなたが言ったと思うけど。中で暴れまくるって」


「はいでっす!」


 それはそうだけど……すごい嫌な予感が!!


『コールが受け付けられました。受付番号はXXXX。破空さんこんにちわ。不正行為のログを確認しました。規約違反のパターン一致度は97.9%となります』


「あ、僕これ知ってる。GMコールってやつだわ。」


『対象を侵入者と定義。廃棄プロセスを実行。抗体の派遣を要請、受託。』


「来るわよ。構えて」


 破空の残骸から、ブロック状のノイズとともに現れた、4体のアンデッド。


 彼女が僕に刃を向ける姿は想像できないと思った。

 が、それはやってきた。


 僕らに刃を向けている存在。


 黒い甲冑のような戦闘服を着て、背中の機械腕に2本の軍刀を携えているアンデッド。こんな特徴的な装備をした存在を、僕は一人しか知らない。


 ――ステラさんだ。それも、最終戦争時仕様の。

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