第50話 とてもとても難しい

 僕ら4人は、浮島のひとつに居た。

 こんな世界が現実にあるはずはない。奇現象アノーマリーなら可能かもしれないが……。


「さて、ここは……そうね、例えれば、ホテルのラウンジみたいなものよ」


 会話を切り出したのはオズマさんだ。

 彼女は何度もアガルタを訪れている。僕らの中で、一番この世界に詳しいはずだ。


「ここはアガルタの中の自我が、最初に通る世界のうちの一つ。ここを抜けないと、深部にまではいけないわ」


「通過する方法は?あのドラゴンを倒せといったところか?」


 重そうだが、体にフィットした鎧を鳴らして、クガイさんが問いかける。

 ゲームならともかく、実際にドラゴンを倒す?ちょっと想像がつかない。


 アガルタはいったい何を考えているんだ?

 現実に存在しない生物をシミュレーターに出しても、そこに意味はないだろう。


「それはクリアする条件の一つね。やるべきことは、別の世界へのゲートを見つけ、入るだけ。力づくでもこっそりでもOK。ね、単純でしょ?」


「なるほどでっす!まるでゲームでっすね~!」


 ドレスとローブを混ぜたような服を、パタパタと揺らすウララさん。

 なかなかハロウィンめいていて、かわいらしい。


「この格好はアガルタの趣味なんですかね?」


「案外アガルタを作ったヒトの中に、ゲーム開発者がいたのかもしれないわね?」


「ふん。だとしたら、クリアできるようにはしてあるはずだな?」


「でしょうね。ただし難易度は、『とてもとても難しい』しかないけどね?」


「難易度選択が無いってことですよね。普通それ、クソゲーって言いません?」


「いちいち歩いて探している時間は無い。なら、一番手っ取り早い方法でいこう」


「貴女ならそういうと思ったわ。守り手が言うならそうしましょうか」

「はいでっす!」


 オズマさんは、オレンジの宝石がはまった、ねじれた古木の杖を掲げた。

 ん、厭な予感がする。


 オズマさんの杖から放たれたのは、人よりも大きな火球。

 それが近くを飛んでいた竜へと放たれた。


 魔法?!ゲームの中だからって、何でもありすぎだろ!


 火球は竜に触れると、わっと数倍に膨れ、爆炎をあげて砕け散った。

 ――そして、爆炎の残した煙を翼で切り裂いて、竜は猛然と向かってきた。


「あっ、ドラゴンに火属性は効果ないんじゃないです?」


「……うっかりしてたわ」


 魔女帽子を目深にかぶるオズマさん。ああ、素で間違えたんだ……。


「来るぞ!私の後ろに!」


 巨体が地面にぶつかる衝撃と、竜の起こしたつむじ風に巻き上げられる石と草。

まるで現実の感覚と区別がつかないな。


 クガイさんが剣を横薙ぎに構えて払う。竜は地面を掘り返しながら、重機みたいな、とんでもなく大きな前脚で、その剣戟と撃ち合った。


 金属と硬質な何かが、真っ向からぶち当たる音。それが浮島に響く。


 クガイさんのフットワークと剣捌きはたいしたものだ。竜の一撃をかわしながらも、正面を取り続けて戦っている。


 僕は奴の側面に回り込んで、柔らかい腹をめがけて刀を切り上げる。

 すごいな、こんな長刀、一度も使ったことが無いのに、どうすればいいかわかる。


 次は切り上げた刀を切り返す。切り上げに使ったのと反対の足を踏み込んで、利き手に腰の重さを乗せて、刀を体ごと沈ませる。


 重さの乗った一撃が、内臓を抑えている下腹部の筋肉を完全に断ち切った。

 ぼとぼとと竜のはらわたがこぼれる。


「「アァアアァ!!アァ!」」


 竜は攻撃の手をやめ、こぼれたはらわたを戻すように両の手でかき集める。


?!僕は酷く狼狽した。竜の叫び、行動に、明らかに何かの意思を感じたからだ。

 ――まさか……!


「フユ君!手を止めないで!やらなければならない事を思い出しなさい!」


 オズマさんの放った氷の刃が、竜の喉を貫いた。

 ウララも杖を振って、煌めく石を放って竜の体を穿つ。


 一瞬でもゲームだと思った自分を恥じる。なんて悪趣味な。


 腕を砕かれ、腹を裂かれ、喉を貫かれた竜。こちらに向けられた瞳には、知性の光がある。しかしその色は完全に恐怖に染まっている。


「悪いね」


 僕は刀を握りなおし、トドメの一撃を竜の脳髄に叩き込んだ。

 ゲームならここでヤッター!と喜ぶところだろう。

 しかし僕は、心に鉛のような重みを感じる。


「お疲れ様。まあ……これが大体、アガルタでやることね」


「本当に救えませんね。」


「私たちの記憶にないだけで、こうして研ぎ澄まされた技能が、私達の元になっているのだろう。やりきれないが、そういうものと思うしかない」


「つーんとしますでっす。こんなことをずーっとやってたら、アガルタさん自身は、どうなっちゃうです?」


「どうかしらね……?彼にとっては、これすら統計のひとつでしかないでしょう」


 竜の死体が光の泡になって消えた。死体が消えた後に残されたものは、ペラペラの両開きのドアがひとつ。


 裏はどうなっているのかと興味がわいたので、回ってみて見たが、何の変哲もない1面グレーの板だ。質感すら用意されていないのか。


「さて、次の世界への扉が出てきたわね。ここまでは私のコピー一人でも、100%通過していたエリア。次からが本番といって良いわね」


「この次の世界って、どういうのがあったりしたんです?」


「そうね、世界中が酸性雨でドロドロに溶けた世界とか、海面上昇で海だけになったりとか、砂漠だけとか、環境面でもおかしくなってくるわね」


「おぉー!もっと見たことない世界に、旅できるってことでっすね?」


「快適性はゼロっぽいけどね」


 そうして僕らが、現れた扉をくぐった先。


 うん、見る限りでは、確かに快適性はゼロどころかマイナスだった。


 だが、慣れ親しんだという意味では、あまり悪い場所ではなかった。


 炎で炙られ、温くなった風が、血錆の匂いを運んでくる。

 遠くで時折、チカチカと瞬く光は、敵味方どちらのものか?

 

 ああ、懐かしきも、愛おしき――クソッタレの戦場だ。


 これは記憶にある。と言っても、廃墟で見つかる記録映像、その断片からだが。


 空を切り裂いて飛ぶのは、人型をした鳥のような航空ユニット。

 その翼には黄色い星があった。


 地面に転がる無数の遺骸を踏みつぶし、鉄牛のようにいずこかへと猛進していくのは、鮮やかな白丸が付いた戦車。


 兵器のマーキングは微妙に違うが、元が何かは大体わかる。

 これは恐らく、日防軍と中国軍が衝突した、2085年の最終戦争を模した戦場。


 僕ら4人は当時を再現した戦場、そのただ中にぶち込まれていた。

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