第49話 侵入

「では、プロト最初の・アガルタへの突入方法を説明するわね」


「よろしくお願いします」


 僕らは最初のアガルタが置かれている場所、そこでオズマさんから、突入に際してのブリーフィングを受けている。


「まず侵入にあたって、各自の自我をシミュレートして、それを送り込みます」

「この処理に関しては、この歩行戦車の電脳を踏み台にして行います」


 オズマの前には、3つの電脳が並んでいる。

 アサカ駐屯地に攻めてきた、3台の日防軍の歩行戦車。その残骸からサルベージされたものだ。


 そのうちの一個は、僕がEMPパルスでこんがりと焼いたはずだが……まさかこの短時間で修復したとはね。忙しいはずだ。


 電脳を眺めている、日防軍の少佐、クガイさんが考え込む様子で言った。


「さすがに私たちそのもの、当人を送るわけにはいかない、か?」


「できなくは無いのだけれど、神経ネットワークをバラバラにして、再構築することになるから、どういう影響が出るのか、予測できないのよね?」


「えっと、アガルタに私たちの自我のコピーを送るんでっすよね?」

「それって、コピーさんは、行ったらもう、帰って来れないっていう事でっすか?」


「そうなるわね。」


 言葉にすると、なかなかに残酷な話だ。


「自我、というと少し大仰ね。言ってみれば、コンピューターゲームで動くキャラ、それがあなた達の行動規範、パターンで動いているというだけよ」


「えっと、ボタンを押したらこういう風に行動する、そんな動作や台詞が詰まったキャラクターを送るという理解でいいんですか?」


「ええ、そういう理解でいいわ。送るのはあくまでもキャラクター。最終意思決定は、外部から私たちがするわ。」


「彼らが泣いたり叫んだりしたとしても、痛みを感じていたり、恐怖を実際に感じているわけではない。ゲームのキャラがするように、あくまで機械的な反応よ」


「理屈ではそうですけど、なかなか納得しづらいですね」


 オズマはふぅとため息をついた。


「まあ、そうなんだけどね。これアガルタを前にして、心理的な抵抗程度の事で、これをやめるっていう選択肢は、私には無いわ。」


「……ええ、これほど真実に近づける機会、そんなものは、他に無いでしょう」


「で、中では何が起きている?そして、解析とは何を目的とすればいい?」


 僕たちの会話を切ったのはクガイさんだ。それにオズマが答える。


「解っている範囲での話になるけど――」


「最初のアガルタの内部で行われているのは、複数の鏡面世界のシミュレーションね。それぞれの世界は異なった条件で、取り込まれた自我が生活している」


「自我はその世界で、異なった状況での生存競争を行っている。これは恐らく、自我の問題解決の能力を高めるためだと、私は推測しているわ」


「自我の能力が、ある線を超えたと認識されれば、別の世界へ。そういった具合なのだけど――」


「そこで暴れまくれば、世界を監視されている存在に、僕らが認識される。ともすれば、そこでアガルタの内部を眺めているもの、そいつと対話可能になると?」


「ええ、仮説にすぎないけど、あり得そうでしょ?」


「……つまり、どういうことでっす?」


「アガルタの中身はでっかいゲームサーバー。僕らはその中で暴れて、ゲームマスターに見つけてもらう。そしてお話を聞かせてもらうってところかな?」


「なるほどでっす!!」


「大まかな理解はできた。私たちは、具体的にどう操作すれば良い?」


「ビデオゲームは好きかしら?基本的にはそれと変わりはないわ」

「ティムール、例の物をもってきて」


「あいよっと~!」


 どこにいたのか、ティムールがゴロゴロと台車に乗せて運んできたのは、ワークステーションと椅子が合体した不思議な器械だ。


「でっちあげで見た目は悪いのは我慢してね。まずはこの椅子に座って、デバイスに神経接続してもらうだけでいいわ」


「VRゴーグルに映像を写すんじゃなくて、貴方たちの視神経に直接投影するから、リアリティはすごいわよ、しばらく酔うのが欠点だけど」


「コントロールは、こうしたいと思うだけで動く感じですか?」


「ええ、面白そうでしょ?」


「やってみたいでっす!」


「まってください、武器とかは、どうやって持ち込みするんですか?入った先に何がいるかわかりませんよね?」


「そこはこれを使うわ」


 ――あれは、和尚さんからスキンクが受け取った、フラッシュドライブか。


「これは論理ワクチンといって、ううん、なんて言えばいいのかしら?まあともかく、アガルタのシステム側からの干渉を抑えられるわ」


「常識的な威力の銃器や、白兵武器なんかは、これで利用できるようになるわ」


 これまでそれが無かったという事は、オズマは武器の使えないホラーゲームみたいに、アガルタの中を探検していたという訳か……人並外れた凄まじい根性だ。


 突入メンバーは、僕とウララ、クガイさん、そしてオズマだ。

 詳しいことは入ればわかるらしいが、アガルタの攻略には、時間的制約があるらしい。なので効率の為に、それぞれに役割ロールを決めた。


 僕とオズマさんが攻撃役、クガイさんが守り手で、ウララがヒーラーだ。

 なんかほんとにゲームするみたいだ。ちょっとわくわくする。


「それじゃあ皆、席について!」


 パンパンとオズマが手を叩いて、皆に促した。


「じゃ、ティムール、後はお願いね。しばらく出かけるから」


「りょーかいっ!いってらだぜ!」


 僕はDIY感漂う、世紀末仕様のゲーミングチェアに体を預けた。

 そして神経接続用のデバイス、そいつの接続点に、後頭部を乗せた。


★★★


 ひどい酩酊、立ち上がるのもつらい、めまいと吐き気。

 頭だけがぐるぐると輪舞曲を踊る中、刀を杖にするように、体を起こす。 


「うっすごい頭がぐるぐるする……」


「大丈夫でっすか?今手当てするでっす!」


 ウララはいつもの姿だが、違うところもある。

 白いドレスに白木の杖を握っているのだ。彼女が杖を振り、柔らかい光を当ててくれると、それのおかげでだいぶ楽になった。


「えっと、ありがとう、楽になったよ」


「はいでっす!!」


「ひとまず侵入は成功というところか」


 クガイさんは、漆黒の甲冑に、分厚い両手剣という装備。

 そして、長い耳に銀髪のセミロング、ん?

 ウララさんと言い、僕といい、こんな格好だったっけ?


 僕に至っては、和風と洋風の混じったよくわからない侍の格好だ。

 刀もなんか、炎を象った蝶みたいな飾りがついてるし……。


「ええ、問題なく投影できた様ね。装備に関しては、アガルタのこの世界観に合わせたってところかしらね?」


 オズマさんはいつものエメラルド色のドレスではなく、ドキッとした胸元の露出のある、漆黒のドレスに、魔女帽子。んんんん……?


 落ち着いて辺りを見回せば、緑あふれる大地がある。

 だが、その大地は割れ、破片の一つ一つが浮遊して、浮島の様になっている。

 無数の浮島のある世界、その一つに僕らは立っている。


 そして、空には無数の大きなトカゲが翼をひろげ、浮島の周りを飛び回っている。

 ああ、あれは知っている、ファンタジーRPGで腐るほど見た、ドラゴンだ。


――これは一体、何の冗談だ?僕らは、本当にゲームの中に来てしまった。

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