第48話 科学者の楽園

 一夜明けて、今はお昼前。ウララさんと僕、そして、日防軍のクガイ少佐も交え、オズマの案内で、理化学研究所の廊下を進んでいる。


「理化学研究所って何?」


『回答:理化学研究所、通称「理研」はサイタマ県ワコウ市に本部を置く、国立研究開発法人。アジア最初の基礎科学総合研究所として、大正7年に創立。』


 端末に聞いてみたはいいが、概要だけでは、イメージがつかめないな。


「具体的に、どういった活動を、『理研』はしていたんだ?」


『回答:研究成果を基にした製品を、自主生産で商品化しました。それは健康食品をはじめ、高度な工作機械まで及びます』


「そして、多数の発明品の特許を独占し、暴利を貪った結果、潤沢な資金を得た理研は、何ら束縛の無い、『科学者の楽園』とまで言われました。めでたしめでたし。」


 端末の言葉を継いだのはオズマさんだ。


 はあ、「科学者の楽園」か。

 それが意味すること。

 おそらくここが、今の世界を作り出した、数ある元凶のひとつというわけだ。


「脳神経科学に関しては、理研でも特に重視されていた分野らしいわ」

「アメリカのマサチューセッツ工科大学や、各国とも提携してたみたいね」


「世界中で協力して、できた結果がこの廃墟の千年王国ですか。笑えませんね」


「こうなるのに何があったのか、そしてどうしたいのか?」


「それを最初のアガルタさんに聞くわけでっすね?」


 連なる言葉はクガイさん、そしてウララのものだ。


「しかし意外ね、日防軍のあなたも協力したいだなんて」


「信用してもらいたいなら、行動で示すしかない。そうだろう?」


「それで、なんでオズマさんは、プロト・アガルタの存在を黙っていたんです?」


「だって貴方、せっかく誘ったのに、私を振ったじゃない?」


 フフフと笑う彼女。確かにその通りだった。

 でもさすがに現物があるなんて、誰も思わないだろう!!


「さすがに現物があると知っていたら、ついていきますよ……」


「――現物があると言っても、これの解析は、ほとんど出来ていないの。だからあると言っても、実質的には、廃墟に転がっている情報の断片と同じよ」


「さて、開けゴマっと」


 冗談めかして彼女が開いた、2枚の防爆ドアの先。

 その先にあったモノは、何とも形容しがたいものだった。


 部屋の中央にあったのは、無数の金属製の四角い箱が詰められた格納容器。

 箱にはそれぞれに、黄色いカードで何か書かれている。


 格納容器は謎のシリンダーやパイプ、ボンベみたいなタンクに接続されていた。

 ここまでは、僕にも理解できるものだ。


 問題は格納容器の上に浮かんでいるものだ。

 ――青灰色の球体。


 大きさは……直径が4メートルはあるだろうか?

 その表面には複雑で繊細な凹凸があって、無数の渦巻を描いている。

 例えば、雨雲レーダーで描かれた天気図。あれが超複雑な形になっている感じだ。


 渦巻は隣の渦巻きに当たると、それが大きくなったり消えたりしている。


「ようこそ、ここがプロト最初の・アガルタが作り出された場所よ」


「これがアガルタですか……なんていうか、なんですこれ?」

「なんて言えばいいのか、わからないでっすねこれ~?」


「SFにありがちな、水槽の中で浮かんでる脳でも想像した?」


「これ……この言い方が正しいのかわからないですけど、生きてるんですか?」


 青灰色の球体。その表面は常に変化し続けている。

 それが僕には、何か生き物のように見えた。


「そう、そこなのよ!」


 オズマは嬉しそうに僕らに説明する。

 うすうす感じていたけど、やっぱ彼女、マッドサイエンティストだったんだな。


「まず生物には、3つのクリアしないといけない条件定義があるわ。」


「第1に外界と膜で仕切られている。これは細胞壁のことね。私は持ってないから、確実にモノだけど、あなた達は違うわよね?」


 オズマさんは、しれっと爆弾発言をするな。彼女は単一結晶のアンデッドだから、コンピューターに近いんだったな。


 僕たちは細胞型オートマトン、だから、どちらかというと生物寄りだ。


「僕たちは細胞型オートマトン、でしたっけ?」


「ええ、知っているのなら話は早いわ。神経は塩基等の化学物質を、伝達の為にやり取りする、だから膜があると、交換に都合がいい」


「これは生物の第2条件の代謝に関わる必須の要素なのよ。外界と仕切られていないと、物質やエネルギーが外部に垂れ流しになるでしょ?」


 なるほど、確かにそうだ。


「生物の第2条件は、体内に科学物質やエネルギーの流れがあり、それが熱力学等で、外部に出力される。これはあなた達も同じよね?」


……なんかすごい嫌な予感がしてきた。


「そうですね、僕たちは食物や疑似血漿リンゲル液を摂取して、体を動かして、ええと、熱力学的な出力をしていますね」


 手近に触れるものが無かったので、僕はウララの手を取って持ち上げる。

 つまりはこういう事だ。


「これも、エネルギーの出力ですよね?」


 2人して人の字みたいな、ちょっとお間抜けなポーズをとった。なにしてんだろ。


「そうね、なんかいちゃうから、それくらいにしておいて」


「はいでっす!」


「で、最後の3つ目の条件。それは、『自分の複製をつくる』ということ」

「これが生物を生物たらしめる、必須ともいえる要素ね」


「それでいうと、僕らはやっぱりモノなんですね」


「そういうことね。私は複製を自由に作れるけど、第一条件を満たさないから、やっぱりモノなのよね」


 またそうやって爆弾発言する!!!!


 ――まてよ……?

 今ここにいるオズマさんって、改造列車であったオズマさんと同じなのか?

 うおおおおお!すごい怖くなってきた!!!!


「大体何を思っているかはわかるけど、貴方も大概失礼よね」


「す、すみません」


「ほぇ?」


「まあそれはこっちの話よ。さて、ここまで長々と話をしたけど……」


「このプロト最初の・アガルタは、見ただけでもその3つの定義のうち、2つを満たしている。つまりこいつも、このなりをしているが、アンデッド。そういうことだな?」


 問いが出される前に、オズマに答えたのはクガイ少佐だ。


「――ご名答」


「といっても、この子が1万年に一度、複製を作って自死するという可能性が、無いわけではないわ。そうなると、この子は新種の生物ってことになるけどね」


 なるほど、自我データをアンデッドの中に保存したのか。


 ああ、考えてみれば、神経の伝達を保存する、いってみれば選択の結果できた道路を保存するというのは、常に道路を使用して、通し続けないといけないのか。

 じゃないと、選択の必要が無い、それはイコール、道路を閉じるということだ。


 ん……じゃあ、このアガルタというアンデッドの中で行われてることって?


「解析が難しいはずです。このプロト最初の・アガルタの内部で行われている事、自我データの保存。世界そのものを保存し、実行し続けているって事じゃないですか」


 思いついた事を言った後、しまった。と思った。

 なぜなら、オズマさんが、まるで肉食獣が獲物を目の前にしたときのような笑みを浮かべたからだ。


「――見込んだとおりね、本当にあなたが欲しくなったわ」


 どうかお手柔らかに。僕は皿の上に置かれた自分の姿を想像した。

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