第47話 すべてを丸く収める方法

プロト最初の・アガルタ……?では、アガルタはここにあるんですか?」


「ああ、ここに最初の……アガルタのプロトタイプがあると、私はそう聞かされた」


 はぁ?と、素っ頓狂な声を上げたのはスキンクだった。


「そんな話、聞いたことねぇぞ?」

「それが本当だとして、お前さんがイルマに行くのと、それの何が繋がるんだ?」


「イルマのネクロマンサー、『レヴィアタン』に、私個人には、衛兵隊に敵意が無いことを伝えたい。そしてアガルタを使う意思が無いこともだ」


「日防軍の、ヒラ……じゃねェな、少佐様だ。ってもなぁ……?」


「まず、なんで日防軍、その一部が、アガルタを欲しがるんでっすか?」


「それにはまず、我々が政府をかたる者から受けている指令を説明する必要がある」

「我々が受けた指令は、アガルタを用いた、首都圏の再生だ。」


「おいおい……こりゃまた、大きく出たな?」


「アガルタの中に仕舞われているのは、ヒトそのものだ」

「君たちのようなツギハギとは違う、本物のヒトを再生する」


「そして俺たちを戦前みたいに奴隷にするってか?」

「――大人しくされると思うか、それ?」


 和尚さんの言っていることが正しければ、スキンクが言う事は正しい。

 ヒトを再生するという事は、アンデッドがヒトの世界を支えるという、主従の関係も一緒に復活するという意味だ。


「では日防軍はプロト・アガルタを使って、その予備実験をするとか……?」


「映画にあった、昔みたいな世界がつくれるでっす?」


「ウン十年前の機械が動くと思ってる、日防軍のオツムの方に驚きだよ、俺は」


 あきれた様子でもってスキンクは、手巻き煙草を取り出して咥えた。

 そしてそれは、次の瞬間に地面に落ちることになる。


「……いや、アガルタは正常に動いている。この施設がそれを証明している」


 そう言ってクガイ少佐は、電球を指さした。


 地下の送電トンネルで今でも動いていた送電網。

 ああそうか、そんな、まさか――。


「アガルタはそれ自体が、電源を供給する機能があるんですね?」


「そうだ。廃墟で電源を確保するのがどれだけ難しいことか、君もクズ拾いならわかるだろう」


 戦略的目的でアガルタを確保して、そしてヒトを再生するために……。

 ――今、凄い嫌なことを思いついた。そして多分これは、当たっている。


「そしてヒトを再生するための素材は、アンデッドと「なれ果て」ですね?」


 少佐は目を伏せ、ゆっくりと頷いた。


「日防軍の中には、衛兵隊へ行ったものと、姉妹関係にある者もいる。だから私は、兵士としては失格だが、これを成し遂げたくはない」


 これは、モノでしかない僕らと創造主のヒトとの、最後の戦いだ。


 再生したヒトは、中世さながらの生活でも甘受するだろう。

 危険なアンデッドもなれ果ても、もういないのだから。

 あとは僕らみたいに廃墟を漁って、ゆっくり世界を取り戻していけばいい。


 負けた方は、この世から完全に消え去る。


 そして日防軍は、義務感でもってそれを為そうとするだろう。

 それが彼らが今まで存在を許されていた意味だからだ。


 今いる世界の、誰もが生き残らない作戦を、悲壮な決意でもって実行する。

 ――最悪だ。


 しかし疑問点がある、どうやってそれを為すかだ。

 いちいち戸口を開いて「やあ」というには時間も人手も足りるわけがない。


 放っておいても、アンデッドをぶっ殺して集めてくれる自動兵器。

 そんな都合のいいものが……――ある。


 キーになるのは「白いなれ果て」だ。

 ウララさんが居た農場、恐らくあれは閉鎖環境で行われた、ただのテスト。


 そしてなれ果てが集まって、自我崩壊を起こした瞬間に奇現象を発生させる。

 もしその奇現象に、アガルタが横やりを入れて、正常な世界となるように、何らかの細工を加えたとしたら?


 奇現象は、常に事象を繰り返す。

 決して枯れない泉。むしっても、次の日にはまた実る果樹。

 そんなものだって作り得るかもしれない。

 まるでエデンの園だ。


 アンデッドもなれ果てもいなくなり、ヒトと、都合のいい世界が再建される。

 めでたしめでたし、すべてが丸く収まる。


 ああ、そうだ。ここからが本番、というわけだな。


 これに対抗する存在。それは僕の中では、イルマのネクロマンサーと衛兵隊しか思いつかない。もっとも、彼らが本当に味方なのかの保証はない。


 彼ら衛兵隊が、必死になってこの東京という狭い世界を守っていた事。

 その行為が、この世界をヒトに手渡すための、ただの地ならしでしかなかった。

 それを否定する要素は、何一つないからだ。


 でも、もう僕には、衛兵隊しか、すがれるものが無い。


 ネリーさんやステラさんの顔を思い浮かべる。

 彼らが僕に、本当の意味での敵意や悪意を感じさせたことは、ただの一度もない。


 あの人たちが僕たちに刃を向ける姿が想像できない。

 だからきっと、きっと大丈夫だ。


 僕をこの事をつまびらかに説明することにした。

 それで、僕の気が狂ったと思われてもいい。


 後になって、何で言わなかったんだろう、そう後悔したくなかったから。


★★★


「――こういう具合の事かなと」


「なるほど、大まかな理屈はわかったぜ」


「君の推測は、かなり正しい線をいっていると思う。凄いな……名前は?」


「フユさんでっす!ふふ―!うちのフユさんはすごいんですから!」


『ええ、彼、貴方が自慢するだけはあると思うわよ。女の子の扱いが雑だけど』


 唐突にオズマの声が聞こえてきたために、ブッと派手に吹き出してしまった。

 どこからどこまでを聞いていた?!


「どこから聞いていたんですか?!」


 シャカっと音をさせて、天井の中から、カメラの付いた機銃が出てきた


『最初から最後まで。ココで私の悪口を言ったら、全て筒抜けだからね』


 あっそうか。軍事施設の独房なら、それくらいの装備はあるよな。

 ……撃つはずがないと解ってはいるけど、こっちに向けないでほしい。


 タレットの位置を下げてまで、僕の頬を突っつかないでっ!

 ウララの件で怒ってるのはわかるけど、割とガチで怖いんだよ!


「ただ、まだ細かい方法論はさっぱりです。概要だけでは、止めようがありません」


『なら、本人に聞いてみる?』


「本人でっすか?」


『そう、プロト最初の・アガルタは自我を集積した装置。自我とはパターンの集合体、拡大しても縮小しても、そこにはフラクタル状の選択の連続があるだけ』


『つまり、アガルタとは、群れでもあり、彼という個人でもあるのよ』


「おいおい姫さん、何でいままでそんな男のことを黙ってた?」


『ごめんなさい、いつか紹介できたらと思ったのだけれど、ね?』


「……『アガルタ』は、肉体操作技術という『技術』と、ネクロマンサーという、『個人』の間に横たわる谷って、ようするに、成果物ってだけじゃないですか」


『そうとも言うわね?』


 食えない人だ。実際に鉱物のアンデッドだから、食えないのだが。


「それなら、早く言ってくれたらよかったのでは?」

「そうでっす!水臭いですよ~!」


『それがねー40、そして今41になった所なの。』


 年齢……じゃないな、そんなこと言ったら、この機銃でぶっ殺されそうだ。

 ええとこれは、きっと。


『スキンクが持って帰ってきてくれた、論理ワクチンの効果は認められたけど……、単純に力不足ね。41番目の私からの連絡が途絶えたわ』


『なので、ちょっと、プロト・アガルタの解析に、手を貸してほしいのだけれど?』


 僕の顔は、ひくひくと引きつっていたと思う。


 ――「ピンチはチャンス」なんて言うけど、言った人はきっと、爆発寸前の核爆弾の中に飛び込めとまでは言っていないとおもう。

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