第46話 本当の目的

「それって……どういう事でっすか?!」


 ウララさんは、今にも泣きだしそうな顔で僕に問いかける。

 とても心が苦しい。でも、これは言わないといけない事だから。


 頭でわかってはいたけど、つらいな。


「防衛医科大学で、あの白いなれ果てになった『赤耳』の爪に引き裂かれて、手を継ぎ直した、それからだとおもう」


「あれから、酉武遊園地、そしてトンネルの中で合った、『なれ果て』たち、彼らの光みたいな声、それが聞こえるようになったんだ」


「ティムールみたいな、漠然とした感じ方とは、僕のそれは違うとおもう」


「彼らとの境界が薄まっている。そういう風に、直感的に感じたんだ」


「それが進行していくのか、それとも、このまま留まるのかはわからない。僕は今、そういう状態にあるっていう事を、ウララさんには知ってもらいたいんだ」


 いうべきか迷う事がある。

 でもこれを言ってしまったら、僕は彼女に2重に重荷を背負わせることになる。


 ――もし、「なれ果て」になったら、僕を殺してほしい。


 駄目だ、これは言ってはいけない。

 そんなことを頼むくらいなら、自分でミンチメイカーに飛び込んだ方がマシだ。


「そう、でっすか――」


「ま、まあ!ほら!今は元気だから!」


 我ながら、お前はアホか?と言いたくなる。

 本当に人づきあいが雑だなあ。技能移植で、カウンセラーか何かの会話術を移植してもらいたい。


「あ、あの……!フユさん――巻き込んで、ごめんなさい、でっす。」


「うぅん、それは違うよウララさん」

「これはきっといつか、みんなの問題になる事だった。そう思う。」


「その時、僕一人だったら、どうなってたかわからない」

「そうなる前に、僕はウララと出会えて、良かったと思う」


「――だから、僕の問題、ウララさんの問題、これを二人で乗り越えようとおもうんだけど、どうだろう?」


 僕はウララさんに、手を差し出した。

 彼女はそれを握り返して、顔を上げた。


「――はい、こちらこそでっす。」


 ★★★


 ウララさんと話し合った後、僕は彼女のラジオから流れる音楽をぼんやりと聞いて、すっかりくつろぐモードに切り替わってた。

 そして、すっかり忘れていたことがあった。


「あっ……」


「どうしたんでっす?」


「ご飯のこと、すっかりわすれてた。」


「あっ、でっす!」


「どうしようか、代わりに行ってもらってこようか?」


「ううん、わたしも行きますでっす!」

「……ほら、後始末の時、歩き回っちゃってますし」


「そっか、それもそうだったね」


 それからしばらくすると、僕らの部屋をコンコンと叩くものがあった。


 黄色いボロドアを、木と鉄の擦れる音をさせながら開く。

 すると、裸電球の光の下にいたのは、子供みたいに小さなアンデッドだった。


 この子を何と表現したらいいのだろう。

 犬耳の生えた、ひとつ目のカワウソという感じだ。


 背の高くない僕でも、目を合わせるには、しゃがまないといけない。

 丸っこい額にちょこんと乗ったつぶらなひとつ目。それが僕を見上げている。


「えっと、スキンクさんに言われてきた感じかな?」


 カワウソは、こくこくと頷くと、僕の手を両手でもって引っぱる。


「あっ、ウララさん~!ご飯の時間だって!」

「はいでっす~!」


 トン、ツー、トンといった、まるで雰囲気や気まぐれで、電球がぶら下がっているような、そんな廊下を通って僕らは食堂に着いた。


 食堂は白色の壁に包まれた、オフィスみたいなところだった。

 そこにとんでもなく長い机があって、椅子が並んでいる。


 ちょっと焦げた、日の丸の付いた紙の箱が積みあがってるが、これはまさか?


 僕は給食を受けるために、クリーム色のプラスチックのプレートをもって並ぶ。


 調理担当はクマみたいなアンデッドだ。


「本日のメニューは、ネズミとモグラのシチューと、日防軍からの差し入れの缶詰の詰め合わせ。」


 彼はそういうと、缶詰を振って、その音で中身を確かめてから、渡してくる。

 すごいな、ちょっとした特殊技能だな。


「お姉さんのは、フルーツカクテル。お兄さんのは、大根の漬物とキャンディー。」


「ありがとうでっす!」


「ど、どうも……?」


(どういう組み合わせで持たせてんだよ、日防軍!)


 ころころと缶の中で転がっているキャンディー。

 漬物が個別包装で、びしょびしょになってないのが救いだな。


 そうだ、キャンディーはカワウソ君にあげよう。せっかく案内してくれたんだし。


「これ、案内してくれた君にあげるよ」


 カワウソくんは目を輝かせて、手渡されたキャンディーを、肩にかけていたピンクのポシェットの中へとしまいこんだ。


 食堂には、明らかに戦えそうには見えない子が、ちらほらといる。

 野盗の基地が、こんな難民キャンプみたいな所だとは。


「明日、オズマさんにもう一度会おうか。きっと忙しいだろうけど」


「そうでっすね。今度はちゃんと、最後までお話しするです」


 食事をしながら周りを見る。イルマやトコロザワとは、趣が違うな。

 ここにいる人たちは皆、目がしっかりしている。

 下手したら、僕よりも活き活きしてるんじゃないだろうか?


「よっ、落ち着いたか?」


 僕らに声をかけたのは、スキンクさんだ。


「はい。あの、明日、オズマさんに会おうと思うんですが、時間って作れますか?」


「ああ、いいだろうさ。」

「そうそう、飯が終わったら、日防軍の捕虜と会ってくれ」


「はい、何を聞きたいんでしょうね?」


「さぁ?何十年も引きこもっていた連中の考えなんてわからんよ」


 僕はシチューを口に運んだ。廃墟では効率よく疑似血漿リンゲル液を作れない。

 だからこういった、原始的な調理で、エネルギーを補給しているのだろう。


 野盗はその点だけで言えば、イルマの一般人よりは、ずっと贅沢をしている。

 それが目の光の源になってたりするんだろうか?ふと、そう思った。


 食事をすませた僕らは、スキンクに連れられて、日防軍の捕虜が収容されているという独房に向かった。さすがは軍施設。元からこういったものがあるらしい。


 本来は駐屯地の中で喧嘩をしたり、規則を破った者をぶちこむ部屋だ。

 野盗もそういった理由で使うが、普段はめったに使ったりしないらしい。


 捕まっている日防軍の女兵士を見る。髪を剃っていて丸坊主で、なおかつ中性的な顔立ちだ。声を聞かないと、女性とは思わないかもしれないな。


「さて、お望みのクズ拾いを連れて来たぞ」


「――感謝する。」


「僕は、日防軍には知り合いは居ないはずですが、何の御用でしょう?」


「私はクガイ少佐。単にクガイでいい」


「単刀直入に言う。私をここから出して、入間イルマ空軍基地まで連れて行ってほしい」


 僕はスキンクと顔を見合せた。これは面倒くさいことになりそうだ。


「あなたをここから連れ出すべき理由が、僕には見えません」

「ああ、後ろからズドンッ!てのがねェとは、とても言えンからな?」


「私達のすべてが、数十年の沈黙を破って、唐突に始まった放送を信じているわけではない。――むしろ猜疑の方が強かった」


「我々からしても、下された命令は、あまりにも唐突なのだ。」


「なるほど、続けてください」


「我々が受けた命令。それはこの朝霞アサカ駐屯地、そのものは目的ではなかった」


「命令の最後はこうだ――」

「東に併設された、理化学研究所の『脳神経科学研究センター』の占領。」


「そして、プロト最初の・アガルタの確保だ」

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