第45話 お互い様
僕は仕事を終えたスキンクに、今日の宿となる兵舎を案内されている。
日は傾いてきていて、窓から入ってくる光は、僕らの長い影を廊下に作っている。
薄黄色の塗装が、端の方から剥がれ落ちているボロっちいドアをあけるとそこは、かなり年季の入った4人部屋だった。
部屋の中央には、傘を無くした裸のLED電球が揺れていた。
壁紙は湿気に負けて、くるりと丸まって剥がれ、荒っぽいコンクリートの壁が露わになっている。それでも壁には穴が無い、窓も無事。廃墟でも良い方の部屋だ。
うん、良い方だ。だけど何故かは解らないが、惨めな気分になる。
そこに荷物を置いた後、スキンクに、僕だけ部屋の外に来るように言われた。
見たことないくらい、非常に険しい顔をしている。
こっちに向かって武器を構える。そういった顔とはまた違う。
「よぉ、俺はいま無性に、お前をぶん殴りたくて仕方がない」
「――はい……」
彼はパシッとマッチを弾いて、ねじった紙煙草に火をつけた。
そして「ふぅ」と、一呼吸おいて続けた。
「その様子だとなんも解ってねぇンだろな」
「嬢ちゃんの居た農場、多分こっから近い、で、俺たちは野盗」
「ここまで言や、わかんだろ?」
――あ。ウララが言っていた「害獣」ってまさか……?
「今更どうこうしようっていう気は、さらさら無ェ」
「お互い様。そういうもんだからな。」
「それに、お前だって、俺らだって、そんなこと知りようが無かった」
「最初に会った時だって、新しいお友達になろうとしてた訳じゃないしな?」
――それはそうだ。ただの偶然だ。でもひどい偶然だ。
「おいおい。そこまで深刻に考えんな? 姫さんだって、頭じゃわかってる。」
「お前さんがしてくれたこと、その価値が変わるわけじゃない」
「はい。」
「で、お前にも解るように言うと、俺が腹が立つのは、お前の御立派な態度だな」
「クズ拾いがヒーローや聖人になるなとは言わねえよ。そんなの勝手だ」
「でも嬢ちゃんは、その勝手のワリを、随分と食らってるように思うぜ?」
「――お前は姫さんと、やってることが似てるようで違う」
「自分の命の上に、他人の命を乗っけて博打すンのに、あんま抵抗感ないよな」
「お前が何か決めるとき、一番近い奴に聞いてた事、あったか?」
「――逆に、嬢ちゃんはよく、お前に聞いてたな?」
「――ッ!」
「僕は興味本位のまま、彼女を引きまわしてたと思います。相棒が出来たのに、やってることは、何も一人の時と変わってなかった。」
スキンクは、煙を肺に入れて唸る。
「――だろうな。お前にゃ勿体ねぇよ。」
彼はその手でもって、くしゃりと、吸い終わった煙草を潰した。
「ま、癖ってのは中々変えられん。よく話し合う事だな。」
「こんな筈じゃなかったとかなんとか、そんなんで、別れたくはないだろ?」
「はい。」
「後あれだ、日防軍の捕虜、あいつが、お前さんに用があるそうだ」
「日防軍の人がですか?」
「あとで面通ししてやる。そうだ、飯の時間になったら、誰か呼びにやるから、またあとでな」
「わかりました、ありがとうございます」
スキンクには「そんな神妙になるな」と、頭をクシャクシャと撫でられた。本当に面倒見のいい人だ。
僕が部屋に戻ると、ウララさんが床にちょこんと座っていた。
その前にはいくつかの紙片。何か見覚えが――あっ!
「ホテル・プロペラ」で、僕がその時の考えをまとめた時のものだ。
そして、結局彼女に、その内容を伝えなかったものでもある。
「「あのっ!」」声が重なった。
「――えっと、僕から最初に、で……いいかな?」
「……はいです。」
えっと、とはいったものの、何から話そう。
まずは、そうだ、謝ってばかりだけど、謝らなきゃ。
「まずは、もう一度謝らせてほしいんだ。きっと僕は、ウララさんが思っているより、もっと酷いやつなんだ」
「ウララさんと初めて出会ったとき、僕は『これでもっと荷物を運んでもらえる』って、それだけを思っていた。そこに君への気持ちなんか、何もなかった」
「先に立っていたのは、ウララさんにとってはどうでもいい、僕の興味しかなかった。廃墟をさんざんに勝手に引っ張りまわして――」
「それは、それは違うんでっす!」
「私も、思ってたんです。最初の、そして、その後の戦いで、これで……」
「これで、このままやっていけば、きっと殺せるって――」
――ドキリとした。ウララさんの丸っとした目。顔、ふわっとした印象には、まるで似つかわしくない、完全に他人を拒絶する言葉に。
ああでも、これで繋がった。
「ウララさんがクズ拾いになった目的。それは、『白いなれ果て』になった大事な人を殺す。そのためなんだね……?」
「……はいです。」
「聞かせてほしい。君の中では、それはまだ決まりきってないはずだ。きっとこう思ってるはずだ。殺す以外の方法があるんじゃないかって」
ウララさんがネクロマンサーに出会おうとしているのは、別の目的だ。
「なれ果て」を作ったのがネクロマンサーなら、彼らなら何か方法を知っている。そして、元に戻すことだってできるかもしれない。
「お互いに、全部吐き出そう。僕は、逃げたりしないと約束するから。」
ウララさんはしばらく
「――わかりました。全部お話しするでっす」
「私の居た農場で最初に起きたこと、今になって思えば、見たことも無いアンデッドの死体が見つかったことが始まりだったです」
「見たことが無いって、いったいどういう?」
「虫と鳥の中間の羽、それが4対生えていましたです。ヒトも含めて、いろんな生き物が交じり合った、そんな風な白いアンデッドでっす」
僕は頷いて、話の続きをうながした。
「農場の主は私達を集めて、傭兵の増援が来るまで守りに徹することにしたでっす」
「でも、間に合わなかった――」
「夜にそれはやってきましたでっす。農場の主の居た宿舎がまず狙われましたです。バリケードを乗り越えてきた『白いなれ果て』は犬とトカゲが混じったような姿だったです。でも、顔はヒトだったです」
「その後は、防衛医科大学で見たような光景が繰り返されたでっす。死んだアンデッド。どう見ても死んでいるのに、また動き出して、交じり合ったです」
なるほど、生き物が交じり合ったような姿。それは白いなれ果てが、他のアンデッドと、融合を繰り返す特性があるからか?
<私が
<私が使命を果たすための手をお授けください>
<私が運命を知るための
地下トンネルで出会った「なれ果て」はそんなことを言っていた。
たぶん、白いなれ果てはその手段を得た、上位の存在なのかもしれない。
「つらいようなら、全部言わなくても大丈夫だから」
「――はいでっす」
「私たちには、とてもすべてを相手にすることができなかったでっす」
「強さより、賢さがずば抜けていたでっす。たぶん、ハチコクヤマの軍用アンデッドたちよりも、戦術的だったと思いまっす」
「その後、私は逃げて、傭兵さんと合流して、イルマに辿り着いたでっす。
道中の事は、混乱していたから、よく覚えてないでっす」
「うん、話してくれてありがとう。」
「彼らがまだ、動かされているなら……楽にしてあげよう」
返事はしないけど、彼女のはにかむような顔が答えだった。
「でもフユさん、『白いなれ果て』が、仮にネクロマンサーによって、私たちを滅ぼすためにつくられたしたら、元に戻す方法は、無いんじゃないでっすか?」
「それは……あると思う。ネクロマンサーだって、今の時代に生き伸びているなら、たぶんアンデッドかそれに近い存在のはずだ」
「なら、安全策は用意してしかるべきだ」
「それにこれは、僕のすがりたい希望でもある」
「待ってください、それって――」
「今まで、言わなかったのは……ごめん。これは、僕にも関係がある事なんだ」
「今のうちにウララさんに言っておかないと、後悔すると思うから……言うね」
「――僕は、多分『白いなれ果て』に成りかけてる。」
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