第44話 セカンドプラン

「この事態を、なんとかする方法ですか?」


 オズマのことだから、かなりの無茶ぶりなんだろうな……。


「聞きましょう。ぼくも廃墟で、その日暮らしは嫌ですから。」


「はい!生活の為でっすね~!」


「話は簡単よ。この子の名前は『富士』。実はまだ、完成してないのよね」


 へぇ、この多砲塔戦車、「富士」っていう名前なのか。

 見た目は「悪役壱号」ってかんじなのに、穏やかな名前だ。


 オズマは金髪を揺らして、空間を撫でる。

 すると、空中に「富士」の3Dホログラムが発生した。


 彼女はジェスチャー操作で立体映像の戦車をぱっかりと割ると、その一部分をさし示した。操縦室にあるコンピュータールーム、その一部分に黄色の表示がある。

 恐らく、なんらかの欠損を示している?


「この子はまだ、対空能力が未完成なのよ。ミサイルや無人機に対する防御能力は優先して実装したけど、攻撃能力の方が、ね」


「……つまり、『富士』にはアトラスに対する攻撃能力が無いと?」


「その通りよ。察しが良くて助かるわ。」


「アトラスは、あの図体を堂々と飛ばすだけあって、防御力は常軌を逸しているわ。分類は空中空母だけど、能力的には、戦艦と言っても差し支えないわね」


 アトラスを撃墜する?

 それは次に、日防軍と衛兵隊の地上戦に発展するんじゃないか?


 「富士」があれば、有利に事が進むとは思う。

 でもそれは、街とアンデッドが、どれだけ傷つけば終わる?


(……。)


  日防軍が駆る、アトラスを撃墜する。

 >滅んだはずの、旧政府を騙る者を止める。


「……アトラスを撃墜せずに済む方法もあると思います」

「日防軍を操っている放送を止める、その方法だってあります」


「それはお薦めしないわね。それは、遺都区画ZONEに行くっていう事を意味しているわ。私はフユ君に死んでほしくないのだけれど?」


「だからと言って、他の人たちが死んでもいい、という事にはならないと思います」


「――いじらしいくらいに頑固ね」


 オズマは、深い緑をしたドレスの裾を払って、立ち上がって僕の横を通り過ぎる。

 そしてしっとりとした微笑みを浮かべて、こちらに振り返った。


 あの体は、オズマが遠隔操作している義体なんだろうけど、それでも見つめられるとドキッとするな。次の瞬間には、喰い付かれそうで。


「だけど、気に入ったわ。なら、貴方のプランで行きましょう」


「ついてきて。もっと詳しく、説明するわ」


「はいでっす!」


 僕たちは彼女の後をついて、アサカ駐屯地の建物のひとつ、まるで給食のトレーをひっくり返したみたいな、平たいバンカーに入った。


 そして誘われた先、それは、怪獣映画や巨大ロボットが出てくる娯楽映像でしか見たことが無いような場所だった。


 部屋中央には、リング状の形をした3次元投影機。壁には、大小様々な大きさの、スクリーンがいくつもあり、都内各所の地図が投影されている。


 そして一方向の部屋の壁、そちらを見るように並べられているのは、コンピューターが埋め込まれ、階段状に配置された、無数の机、机、机。


 作戦本部っていうんだろうか。男の子で、これが嫌いな奴いるの?

 圧倒的で、ため息が出そうだ。


「ここは陸上総体指令室っていう名前があるんだけど、作戦室でいいわ」


「――すごい所ですね。日防軍が、家賃の徴収に来るわけだ」


「フフ、あいにくと、踏み倒させてもらったけどね?」


「すごいです~!!『月面海兵隊』の基地は、きっとこんな感じでっすね!」


「ふふ、それが意外と、コンパクトかもしれないわよ?」


 部屋中央の投影機を操作して、オズマが三次元情報を表示する。


「さて、説明を始めるとしましょうか」


「まず遺都区画ZONEを説明しましょう」


「お願いします。」


「ZONEというのは、環状7号線で囲まれた都心部を指すわ。」


「いきなり難しいです~!」


 オズマは手を猫の様に曲げ、顎の下にやって首を傾げた。


「ごめんなさい。確かに直感的ではないわね」


「イメージとしては、首都圏を囲むCの形の道路、それが壁になったと思って」


「ここから大体3時間くらい歩いたところに、ナカノという放棄された駅があるのだけれど、そこから東へは、徒歩では誰も立ち入れなくなっているわ」


 オズマはアサカ駐屯地から南に線を引く。

 大体ここからトコロザワくらいの距離感だ。けっこう遠いな。


「日防軍はZONEの外周、南のハネダ空港にアトラスを泊めているようだけど、きっと垂直離着陸機VTOLで行き来するつもりでしょうね」


「なるほど、陸からは接近困難で、空から往来するのが確実。でもそれって、とてもクズ拾いの装備じゃないですね」


「ええ、だから現実的なプランはこちらになるわね。」


 オズマは都心部の上を流れる川、ここからアラカワを青く光らせた。


「アラカワを超えた、サイタマの農場地帯。ここを通過して、北から渡河して侵入するのが最も確実なルートね。ただ、このルートも今は危険極まりないけど」


 そこまで言われて、あっと思い出した。


 <アラカワを超えた先、サイタマの向こうの農場が野良のアンデッドの大群にやられてな、そこから逃げてきたアンデッドが、クズ拾いになりたがってる>


 ウララさんの居た所じゃないか?それって。


「ここは直近で、不明なアンデッドに攻撃を受けて以来、その後は衛兵隊による対応も未だに無いままなのよね。なにせ、人手不足が極まってるから」


「今の時期にZONEに入るなら、このルート、ね……?」


「――あの、すみません。そこ、ウララさんが、以前いた所なんです」


 瞬間、2人の表情がとても険しくなった。

 ウララに至っては涙を浮かべている。

 ――しまった、何かやった。最悪なことに、何をやったかがわからない。


「……そう、なら、2人でよく相談する事ね?」

「そのままの様子だと、ウララちゃんは、話が入っていきそうにないから」


「ごめんなさい、でっす……」


「部屋はいくらでもあるから、スキンクに頼むといいわ。今日は泊っていきなさい。厳しいようだけど――、私も忙しいから、これ以上は後にしましょう」


「――はい、お世話になります」


「お願いね」


 僕は作戦室を出ると、ウララが落ち着くまで、傍にすわって待つことにした。

 困った、こういう時になんて声をかければいいか、全くわからない。


 それも僕の自分勝手で、これで2回目か?いや、もっとか?

 ――まったく、自分がいやになる。


 なんて声をかければいいかわからない。だから、ばかに見えるかもしれないけど。

 だから、ただ、ウララさんのそばにいるだけにした。


 ふと、僕らが感じる、こんなコト。

 心を感じれるようにした、ヒトというのは、一体何を考えていたのかとおもった。

 案外、隣に誰かが居てほしい。ただそれだけだったのかもしれない。


★★★


 私がこの体を得る前だったと思う。


 私は彼等に聞かれた、「ひとりぼっちなの?」と。


 私は首を横に振った。


 友達なら本の中にいくらでもいる。


 大人も、子供も、人でないものもいた。

 はらぺこタイガー、チクタクと動く機械人間。


 私を創った人が言っていた。


「命にはいろんな形があります。私はこの形が好きです」


 あの顔を見せられた時、ふと、彼を失った時の、自分の顔と重なって見えた。


 私はただ通り過ぎただけだ。あの時代を、ただ一つの命として。


 涙を忘れる事で、痛みも一緒に忘れていたのだろう。


 だから、今度こそと思う。


 通り過ぎるのではなく、その手を取ろうと。

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