第40話 手と手を繋いで

「さて、自我とは何か、それにはまず、わしらを作りだす際に参考にされた、人間の脳を考える必要がある。」


「さて、人間の脳とは言ってしまえば、そこの壁で動いてるコンピュータと同じで、電気信号の代わりに、化学物質のやり取りをしているにすぎん」


「脳細胞が刺激に反応して化学物質を放出、そして隣の脳細胞を刺激する。脳がどれほど複雑な詩や絵を思い浮かべようとも、やっていることはこれだけじゃ」


 和尚さんが言うのはつまり、僕らが銃や剣を使って、どんなに複雑な戦いや指示をやり取りしたとしても、拡大を繰り返していけば、そこには機械的な反応しかない。そういう意味だ。


「詩を読んだときの反応は人それぞれです。ですが、その際に起きる反応。涙を流したり、鼻で笑うという行動の原理的な説明は、脳細胞がこのように働いたから。そうやって客観的に説明できると?」


「うむ。脳と神経と言った方が、より正確だがの」


 脳が機械的にどういった処理を行っているのか、これについては、何の疑問も差し込む余地が無いように思える。


「ヒトの脳についての説明は理解しました。ではアンデッドの場合も同様に?」


「さて、お主は手に職という言葉を聞いたことがあろう?」


「アンデッドの場合は、溶接工なら溶接工といった、結果ありきで、あらかじめ身体を伝わる脳と神経のルートが用意される。技能移植の目的とは、特定のヒトが持つ、技能を再現すること。ここまではいいな?」


「はい。」


「筋肉や脳、神経を分散配置した、細胞型セルオートマトン、それがお主らのような、人工蛋白質由来のアンデッドの正式名称じゃ。」


「脳や神経に連動して、動作する筋肉。あらゆる選択肢から選び抜かれ、最適化された行動、それはヒトの脳細胞や神経に形を残す。それを細胞型セルオートマトンの白紙の肉体上で再現したもの。それがお主らの正体じゃな。」


 うん、心情はともかく、言葉としては理解できる。

 つまり脳細胞同士のネットワーク、それが筋肉まで続く、意思の道路と言ってもいいかな?それを複製することで、僕らヒトっぽいものができているという事だ。


 そこにあるのは一連の動作の再現、選択の再現だ。うん?だとすると……?

 ――どこに心が生まれる余地があるんだ?


「それでは僕らは、まるで自動販売機と変わらない、ただの機械です」


「僕たちは状況に応じ、最適化を行います。……たまに間違えますが。ですが、これは成長と言ってもいい。それをする心が、どこに発生するのか?手に職を付ける説明だけでは、不十分に感じます」


「そうじゃ。心とは何か、これはかなり大きな問題となるの」


「心って、見たり聞いたりしてる、あれの事じゃないんですか~?」


「……もう俺には、お前らの気が狂ったとしか思えんのだが?」


 確かに、傍から眺めると、めちゃくちゃな事を言ってるな


「うむ、手に取り、これが心じゃ!そうできればいいのだが、そうはいかん」


 ――整理しよう。僕らアンデッドの自我っぽいモノ、仮にこう呼ぶ。

 それはもとめる結果があり、それを再現するための選択肢が用意されている。

 そして、新たな問題が発生すると、その選択肢をベースに新たに行動する。


 うん、ここまではいい。俺、敵、見る、殺す。

 弱い、敵、銃、撃つ。強い、敵、逃げる。

 ふーむ、内省的に見ると、実に機械的だ。


 こういった認識の寄り集まったものが、自我の形をとる。結果を求めての選択の連続性の中にあり、他者から見ると、行動以外は目に見えない。


 僕から出てくるのは、銃を撃つとか逃げるとか、結果だけだ。

 これを自我として理解するには、他者が絶対に必要となる。それはつまり――


「和尚さんが、僕らから見て、全て同じボルトを区別したように、僕らも勝手に、誰かの心の状態を区別して、心という存在を作り出しているだけです」


「ほう!」


「つまりお主は、心は自分を観測する者、そしてそれは自分自身も含まれる、それによって生み出されて、本人にあるのは機械的な行動のみ。そう言いたいんじゃな?」


「はい。おおよそ、そのような理解です」


「???よくわからないでっす!!」


「うーん、ちょっと説明が難しいけど、心を心と感じるには、僕の力だけじゃなくて、習慣とか技能、物語なんかの、言葉の力を必要とするっていう事。」


「例えば赤っていっても、赤の中にはいろんな色がある。ワインレッドとか。だけど、その言葉が無い人たちにとっては、それはただの赤。ワインレッドは無い。」


「なんか詐欺みたいな話だな?」


「――ですよね?」


「ただ、赤という体験が存在するというのなら、赤は他の感覚でも認識可能な筈なんだよね。赤という音が存在してもおかしくない。」


「それ、しってまっす!!」

 ……はい??


「さびしい時はつーんとした感じがしたり、数字に赤とか、黄色がついてます?」


「ほっほ、それは共感覚というものじゃ。感情や文字、音に色や味を感じるという、感覚よ。ヒト以外の種と混ざったアンデッドには、よくある感覚じゃな」


「あー、銃の音の味、あれ、お前ら解らないんだ。そっちのが意外だわ。あ、ちなみにお前のRPKアルパカの味は、なんかポテチっぽい。あ、コンソメな?」


 ……さすがにそこまでは知らない。

 僕たちアンデッドの見ている世界って、複雑すぎないか?


 だけどここまでの話で、だいぶ見えてきた。


 アガルタとは何か?それはグールたちが言っていた言葉。魂の坩堝るつぼにヒントがある。

 きっとそれは、僕らアンデッドの元になった、秘伝のソースのような物だと思う。この廃墟のどこかに、僕らアンデッドの根源がある。言い換えれば、ヒトの情報。


 そして、なれ果てが何故それを求めるのか?なぜ僕らを襲うのか?


 おそらく彼らは、もともとヒトだ。彼らからしてみれば、僕らの方が勝手に世界に棲みついた異物だ。彼らにそういう意識が、まだ残っているかまでは知らないが。


 かなり真実に近づいた気がするが、もう一押しが欲しい。


「僕は廃墟で耳にする『アガルタ』という言葉について興味があります。先ほどの、自我やアンデッドの話からすると、アガルタは自我を格納した、何かの装置のように思えます。和尚さんはこれについて、何か知りませんか?」


「それを聞いたのは、お主が二人目じゃ。……知ってどうするつもりじゃな?」


 ……どうしたいんだろう?


 「――酒場での、話のタネにでもしようかと」

 「――自分の身を守り、危険なものを避けるために」

>「――正直、解りません」


「正直、解りません。どうすべきか、それを知るために調べてるんだと思います。」


「どうしたものかの?『アガルタ』については、わしも廃墟で手に入れた断片的な情報でしか知らん。お前さんの言う通り、恐らくヒトの自我を集積したものじゃろう」


の元となった自我データは、廃墟で見つかったものや、衛兵隊が日防軍から分離した際、持ち出したデータが元となっている」


「だがそれらは断片じゃ。アガルタには、それらに含まれなかった、自我のすべてが入っていると、わしはにらんでおる。」


 なんか凄いことを聞いた気がする。つまり僕らと衛兵隊の人たちは、自我の出自を通して、兄弟関係にあるんだな……。


「自我のすべてとは?それが何を意味するのか?どこにあるのかは誰も知らんし、どんな形をしているのか?それすらもわからん。ただし……」


「このトウキョウの廃墟で、首都高速を利用した高い壁で覆われ、完全に封鎖され、衛兵隊ですら一切の立ち入りを禁じた遺都区画ZONE。」


「もし、それだけ重要なものがあるとしたら、そこくらいじゃな。さて、遅くなったゆえ、適当に寝床を作ってそこで寝ると良い。」


「ありがとうございます。とても参考になりました」


 僕は手をついて、和尚さんに深々と礼をする。そして寝床を作るために、すっくと立ち上がった僕に、背後からスキンクは声をかけた。


「――なあ、俺ちょっと聞いてて思ったんだけどよ?」


「例えば腕が100本あるアンデッドがいるとするぜ?そいつが刺激に反応して、同じように隣りの100本の腕があるアンデッドと刺激に会ったパターンで手をつなぐ。それを、廃墟のどこかでしていたとするぞ?」


「あ、脳細胞の話ですね。特定のパターンが、そこに成り立てば、その中心で、心とよべる、そういった何かの形になる……、あっ」


「な?……なんか心当たり、ないか?」


 ――それって……奇現象アノーマリーじゃないのか?



※つぎから、いつもの冒険パートに戻ります。おつかれさまでした。

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