第39話 U.N.D.E.A.D.

 僕は目の前でお茶を啜っている和尚さんに、アガルタについて聞こうと考えたが、その時点でいったん言葉に詰まった。


 和尚さんにさっき指摘された様に、僕の質問はふわっとしすぎている。


 アガルタとは何か、これを聞くこと自体がまず難しい。

 なれ果て、奇現象、肉体操作技術ネクロマンシーと、ネクロマンサー。

 それらすべてがおぼろげに、アガルタとつながりを持っている。


 では、これらに共通する接点とは何だ?

 それはずばり、アンデッドという存在だ。


「アンデッドとは何か?」これを解決しない事には先に進めない。そんな気がする。


「和尚、僕らが今まで廃墟をめぐってきて、何度も疑問に思う事があります。」


「ほう、それは何かね?」


「僕らアンデッドとは何か?です。記録や映画で見る様な、ヒトではない。しかし、ヒトとしか思えないような振る舞いをしています。僕らは何なのでしょう?」


「ほう!これはこれは……とても大きな謎かけを出して来たの!」


「しかしお主が地べたに広げたそれ、U.N.D.E.A.D.それが一つの答えじゃ。」


「すみません。これ、まだ読んでないんです」


 キリッとした和尚さん。しかし僕の返事を受けて一瞬、時が止まった。

 静寂の中、カタカタという、サーバーの音がやたらに耳に残った。

 いや、だってしょうがないじゃん!!!重要だとは思ったよ?

 でも忙しくて、読むヒマがなかったんだもん!!!


「おまえさあ、正直も良し悪しだぞ?」


「す、すみません」スキンクにまで呆れられてしまった。ちょっとショック。


「フユさんは何時も正直でっす!」

 フフン!って顔で言わないで!ちょっと恥ずかしい!


「ほいじゃま、かいつまんで説明してやるとするかの」


「U.N.D.E.A.D.とは、人間の自我を、人間のようなものに写す、肉体操作技術ネクロマンシーを提供者向けに※翻案したものじゃ」


※既存の作品を原案として、新たに別の作品をつくる行為を指す。


「もっと言えば、肉体を操作するという行為を、当時の人々に抵抗感なく受け入れられるように、書き換えた物、そういったらわかるかの?」


 ――なるほど。僕らが当たり前のように受け入れている、自分自身。モノがヒトの様に振る舞うアンデットは、当時の人には、それなりの抵抗感があったのか。


「では、U.N.D.E.A.D.と肉体操作技術は、同一のものと考えて良いわけですね……?技術を指す言葉が転じて、そこから生まれたものたちをアンデッドと呼ぶようになったと?」


「うむ。そもそも何でこの技術が必要になったか?そこから話すとするかの」


 和尚さんはポットに水を汲むと、ヒーターの上にそっと置いた。


「わしらが地上でみる廃墟、しかしもっと前に、海を越えた他の国々では、先んじて大規模な破壊が起きていた。そしてヒトは、その数を減らし続けておった」


「多くの国々では採算を度外視した技術が、環境の回復のために用いられた。プラスチックや汚染物質を分解する人造バクテリア、ナノマシン、スマートフォグ、そういったモノじゃ。」


「しかしそれら環境浄化も意味をなさず、文明を支えるだけの人口も不足してきた。もはやそれをできる人間すら、もう墓穴に入っておった」


「じゃから、墓穴を掘りかえし、彼らに働いてもらうことにした、というわけよ」


 トコロザワの中国軍さんは2085年に核爆発を見たと言っていた。それ以前にもう取り返しがつかないことになっていたのか?

そういえば確か、補給が届かなくなっていた、そう言っていたな。


「人口減少で労働力が不足し、アンデッドで熟練労働者を補う。それはわかります、でもそれでは、ヒトは何をするんです?それでは……働きようが無いですよ」


 熟練労働者がすぐさま用意できるなら、教育も陳腐化してしまう。

 時間的、経済的にも、まるで割に合わないことになる。


「さて、何をすると思う?アンデッドはヒトのようなモノじゃ。モノがヒトの真似をできるなら?」


「ちょっとえ?それは、いくらなんでも……?!」


 まさかそれって――


「ヒトをアンデッドにしたって言う事ですか!?」


 それはヒトを赤の他人に作り替えるということだ。

 僕らのしている事とはわけが違う。僕の素体は、所詮モノだ。

 のっぺらぼうの人工蛋白質の塊。

 そういった無地に書き込むのではなく、レコードを無理やり書き換えたと?


「それはいくらなんでも、ムチャクチャです!」


「そうは思わなかった様じゃな。アンデッドによって、教育も階級もはぎとられてしまった生身の人間に残るのは、死後に生み出される、金銭的な評価しか存在せん。ま、それすらも当人のものではなく、他の誰かの使いまわしじゃが」


 本末転倒じゃないか?いや、生きてるうちはアンデッドの作り出した生活で楽しめるから、それでいいと?……なんだそりゃ?


――いや、論理的には解る。つまり、先にアハハと楽しい生活をして、支払いは死後に行う、自由気ままな生活の対価は、後払いってことだ。

 理屈的には何の問題もなさそうに思える。しかし説明不能の吐き気を感じる。


 アンデッドの素体に、人間も用いられているのは知っている。

 でもそれは戦争という状況で起きた、非常手段だと思っていた。

 それが日常的な行為だとすると、ちょっと話は違う。


 コトコトという音がして、ポットがお湯を沸かせたのを知らせる。和尚さんはそれを手にとり、カップにお茶を淹れ直す。


 ……まさか、まさかだが。


「ちょっと待ってください、ひょっとして、人間より僕らの素体の方が、値段的には高いってことですか?」


「うむ、ヒトをアンデッド化するコストと比較すると、おぬしらのような人工蛋白質由来のアンデッドのコストは、当時は大体人間の30倍じゃの。」


「無論、その値段相応の性能も持ってはいるがのう?」


 僕はとある、アメリカの南北戦争時代を舞台にした映画を思い出した。

 生きてるうちには奴隷にしないから、人道的という理屈か?

 翻案したという事は、多少の後ろめたさは感じてたと言う事だろうが……。


「なるほど、まさか戦争の原因って……そのアンデッドにするためのヒトが欲しかったからとか、そんなところですか?」


「かもしれんの?」


 僕らの生みの親は、とんでもない連中だったんだなぁ。

 それならいっそ、生まれるときに、手にナイフとピストルを生やして来いよ。


「……アンデッドが戦前の”ヒトの世界”を支え、そして崩壊の原因となっていたことは理解しました。そして今に繋がってることも」


 つまり僕らが毎日死にそうな目に合ってるのは、純粋に彼ら”ヒト”がやらかしたせいで、ただのとばっちりだ。ため息しか出ないよ。

 滅ぶにしても、もうちょっと平和な世界を引き継がせてもらいたかった。


「僕らはモノですが、ヒトの自我や技能を移植されてます。彼らと同じ末路を辿る可能性はないのでしょうか?」


「在るかもしれんし、無いかもしれんな?」


「なぜなら、わしらの自我は意図的に調整されている可能性がある。倫理規範、順法意識、攻撃性、痛覚のような感覚にいたっても。心当たりはないかの?」


「僕らの比較対象のヒトは記録や映画の中にしかいません。なので、わかりません」


 戦中に存在していたホァンさん達ならまだしも、僕らのような戦後に生まれたアンデッドは、生きたヒトの姿をまったく知らない。


「おっと、そうじゃったな。では自我とは何か?魂とは何か?心とは何か?」


「ヒトは脳を破壊されれば死ぬ。しかし、わしらアンデッドは死なない。ヒトのようだが、明らかにヒトではない。そんなモノの自我とはいかなるものか?」


 座り直して、和尚さんは僕に対して向き直る。

 その目からは、既に出会った時の好々爺然とした雰囲気は消え去っていた。


「しっかりついてこいよ?これを話せるのはあやつ以来。久しぶりなんじゃからな」

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