造兵工廠(1)
僕は和尚さんの隠れ家に寝床を作って、そこに横になっていた。
ふと、以前あった事を思い出していた。あれは、僕がウララに出会う前、衛兵隊のステラさんと知り合うことになったきっかけとなった依頼だ。
――なぜ、今になって思い出したんだろう……?
あの時の出来事、それが和尚さんの話と、何か繋がったからかもしれない。
そうだ、あの時の事を思い出してみよう。
★★★
「フユ、そろそろ大きいヤマに挑戦してみないか?」
僕にそう話しかけたのは、拠点にしているラグ・アンド・ボーンズのバーテンダーの、カクタの親父さんだ。
親父はテーブルの上に置いていた僕の端末に、依頼の情報をまとめたドキュメントを短距離通信でアップロードしてくる。まだやるとも何とも言っていないのに。
まあ、親父が見繕った依頼だ。そんな無茶な依頼ではないだろう。
端末に届いたドキュメントを開いて確認してみる。
「放棄された造兵工廠の調査?へぇ、衛兵隊の人が護衛につくのか」
「ああ。お前さんの仕事は現場を漁ること。荒事は連中にまかせれば良しだ」
イルマからかなり北西へ向かうな。ヒノデ方面か。あっちの方は過疎地で、掃討も進んでるというし、そんな危険なアンデッドは出ないだろう。
探索するのは、戦争中にアンデッドを製造していた軍事施設。地上の掃討が済んだので、クズ拾いを伴っての、調査と回収か。
うん、悪くない話だとおもう。
「親父にしては、良い依頼を取ってきたじゃん。いつものタスクはマッピングとか、自販機荒らしとか、地味なのばっかなのに」
「お前の身を思ってやってるのが、わからんかねぇ?あーやだやだ!」
「むっ。僕だってドンパチするのがクズ拾いなんて思ってないよ。ただ、もうちょっとこう……冒険みたいな?」
「まあ、ここら辺をうろつき回ってるだけだからなー。で、受けるってことで先方に通しちまって良いんだな?」
「いいよ、ブリーフィングとかはある?」
「衛兵隊の事務所で、一応面接みたいなのがある。それにパスしたら、缶詰に詰められて現場に出荷だな。詳細は、お前の端末にアップロードしてやる、行ってきな。」
「うっし!」
僕は飲みかけていた
そのままイルマの衛兵隊事務所に向って、受付で端末を提示すると、普段は通してもらえない、衛兵隊専用のエリアに入れてもらえた。
普段入れないところに入ると、非日常感があって、ちょっと気分が高揚するよね。
「あ、君ひょっとして、造兵工廠の仕事を受けたクズ拾い?」
透き通った声で、専用通路を通る僕を呼び止めたのは、青い髪で片目を隠した、女性型のアンデッドだ。
彼女は中世の甲冑と、宇宙服が合わさったようなデザインの、黒色が基調となった衛兵隊の戦闘服を着ている。服は体にフィットしていて、彼女のしなやかなシルエットを強調していて、まるでモデルさんみたいだった。
「そうです、えーっと……」
「ステラ。階級は少尉。あなたたちは衛兵じゃないから、ステラだけでいいわよ」
頷いて返事をすると、彼女は僕を番号の付いた小さな部屋に通す。
そこで椅子に座らされ、軽い面接が始まった。
彼女は事典みたいなぶ厚さの端末を操作して、衛兵隊にある僕の情報を確認した。
「薬物購入の履歴なし。盗難、密輸、破壊行為、婦女暴行への関与もなし。イルマのクズ拾いで、ここまで犯罪履歴がないなんて、珍しいわね?」
「うちの親のしつけが良かったので」
「しつけね?それとも、よっぽど消毒が上手か、ね?」
手を洗うようなしぐさ。つまり、証拠隠滅が上手いのかっていう意味だ。
単純に僕は親父にそんな危ない橋を渡らされていないだけだ。
「自動販売機で、腐った食べ物をさわっちゃった時は、後で手を洗いますが……」
「それ以外で手を洗うほどの事はしてないです」
「いいわ、問題なし。武器をあつかう技能はどこまで移植されてる?」
「よくわかりません。僕は記憶が無くって、保護者もいなかったので」
一瞬何かを考えるそぶりをした彼女は、端末を操作した後、続けて語った。
「なるほど、ライフル、ナイフの標準戦闘の技能移植を支給しましょう。必要情報に含まれていないことで、何か質問は?」
「ありません。」
「では、支給品があるので、装備課に受け取りに行ってね。貴方の技能移植もそこでやってもらうわ。」
僕は案内に従って、専用通路の階段をおりて、工場のような場所へ行かされた。
昔は飛行機を整備していた場所らしいが、今は衛兵隊の装備や、アンデッドの調整を行う場所になっているようだった。
「よぉ新入り。ここはお前がトースターを落として壊したり、頭がポロっと取れた時に来る場所だぞ。五体満足で、何しに来た?」
陽気に物騒な事を言って、僕に微笑んだのはまるでクモみたいな姿のアンデッドだった。背中には移植された4本の腕が、それぞれに工具を持って動いている。
まるでクモおじさんって感じだな。
「えっと、僕の調整担当者の、ホンダさんであってますか?」
「おう、ちょっと今やってる仕事を片付けるから、ちょっと待っててな」
ホンダさんはそういって、いくつもの謎のパイプやマシンが融合した、大きな機械から、棺桶みたいなシリンダーを引き出す。その中には、僕らになる前の、アンデッドの素体があった。
自我を書き入れられる前の、完全なモノの状態だ。のっぺらぼうで、人のような形をしているが、明らかに人ではないと解る。
「この『グレイマン』を、俺らのようなアンデッドにしてやらなきゃいかんのでな」
彼はコンソールを操作すると、機械が唸り声をあげ、薄い、灰に近い青色の液体がシリンダーに満ちる。
「よし、これでいい」
次第に灰色の肌をした素体は、粘土をこねたような曖昧な形から、ヒトのような形になっていく。素体がアンデッドになっていくのは、初めて見た。
衛兵隊、驚異のテクノロジーって感じだなぁ。
たちまちのうちに、灰色の素体は、若い男の人の形になった。
おー、筋肉質で、なかなかの美形だ。
「すげぇだろ?俺もどうして、あれがこうなるのか?さっぱりだ」
「すごいですね、あっというまにヒトみたいになりましたね。まるで、3Dゲームの、キャラクターのグラフィックス設定を上げた時みたいだ」
ゲームのキャラクター、遠景だとまるで人とは似ても似つかない形。
それがテクスチャーやモデリングが精細になって、一気に人と見まごう姿となる。
一連の光景は、僕の持つ言葉では、そういった感想しか言えない。
「なるほど、そりゃ言い得て妙だな。前任者は、こいつにとっての、世界に対しての解像度が上がる。そう言ってたな。」
「ここは……どこだ……?」
目が覚め、起き上がったアンデッドの男に、本田さんはタオルを手渡す。
「疑問はいろいろあるだろうが、とりあえず、あの緑色の扉をくぐった先に進んでくれ。係の奴がいろいろと説明してくれる。後、係は女なんで、前は隠せ」
ホンダさんは彼を見送った後、オレンジ色のアンプルを挿入した、ピストルのような注射器をとりだし、僕の前でこれ見よがしに振った。
「待たせたな。もっと数を増やせってうるさくてな。さてとだ、お前さんにぶっ刺すこいつは、標準的なライフルとナイフ格闘術の技能が入ってる」
「これの効果で、後ろに立つ人を殴り倒したくなったり、眉毛が濃くなったりしないですよね?」
「ハハ!こりゃワクチンみたいなもんだ。その心配はない」
「技能移植ってのは、肉体や行動にまでは影響しない。そうなるなら、職人や兵士は、みんな同じ顔で、同じ歩調で歩かにゃいかんだろ?」
「考えてみれば、そうですね」
「ほいおしまい。」
プシュッと音がして、それだけだった。特に何かが変わったような気はしない。
「これで使えるようになってるんですか?」
「ああ、ライフルを手にすれば、どうすりゃいいか、すぐに思い出すよ。」
そして次に本田さんは僕の前にどんっと何かを置く。
円盤のような形をした、背負いひものある機械だ。
「これは?」
「こいつはいわゆる、
「モノとしては、金属探知機と元素測定器を混ぜ込んだような奴だ。特定の貴重品を探知するとチキチキッと鳴って知らせる。壊すなよ?」
持ってみると、なるほど、重い。
「きっとこれの設計者は、フィットネス・インストラクターに違いないですね」
「あぁ。戦前の連中は、勝手に壊れさえしなければ、いくらでも機能を追加していいと思っていたようだな。ライフルはその辺のを持っていけ」
ホンダさんのお言葉に甘えて、僕は良さそうなのを探すことにした。
背中の物を考えると、できるだけ軽いのがいいな。
10発マガジンのセミオート式ライフルがあるな。ふむ、スコープは一応調整されてるな。薬室を開いて確認して、あっと気付いた。
――すごい、確かに解るようになってる。
「な、思い出したろ?」
「はい、すごい自然ですね。」
僕はホンダさんと、ついつい話しこみながら、銃を探した。
そういえば、彼のした話で、僕が気に入っているのを、ひとつ思い出した。
「戦前の人間はシステムの基本設計をするとき、どんなバカでも間違いようのない、完全無欠なシステムを設計しようとしたが、ある点を見落とした」
「と言いますと?」
「つまりだ、電子レンジで猫を乾かそうとする類の、完全無欠なバカの独創性を甘く見ていたのさ。」
――ホンダさん、陽気で楽しい人だったな。元気かな?
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