造兵工廠(2)

 ――そうだ、あの技能移植用の注射。

 あれをヒトが打ち込んだら、どうなるのだろう?


 ホンダさんは、僕らの外見や行動には、影響しないと言っていた。

 なら、ヒトも同じことができたはずだ。


 そもそもあのアンプルの中身の技能、それはヒトの神経配列の再現なのだから。


 それはつまり、当の本人たちが働くという意味だ。

 和尚さんは、死後にその肉体を操作して、働かせたと言っていた。

 ――先に楽しんだ自分は良い、なにせ、もう死んでるのだから……。

 だが……自我を掘り起こされて、自分がやったわけでもない事のツケを払わされる、彼らの心はどうなるのだろう?


 ★★★


 ホンダさんに必要な装備をもらった僕は、イルマの飛行ベイにある、通称「缶詰」と呼ばれる飛行船に乗せられた。


 空に浮かぶための、丸い気嚢を薄い装甲板で覆い隠し、空中戦艦とでもいうべき形に成型されている。見た目はとてつもなく勇ましく、見るだけで高揚する。

 

 だがこんな勇ましい見た目に反して、「缶詰」なんて名前なのは何故か?

それは、中が軽量化のためにスッカスカで、武装も自衛の機銃程度しかないからだ。


 本来は40人以上が乗れる缶詰だが、荷物を持って帰るために、10人しか乗っていない。持ち込んだパワーアーマーは2着、歩行戦車は1台。

 本当に最低限と言った戦力だった。


 缶詰で運ばれている僕らを、死とへだてているのは、側溝の蓋みたいな、2ミリ厚の有孔鋼板だけ。この板が外れるだけで、僕は死ぬ。


 ――怖いのもそうだが、とにかくクソ寒い。


 隣に座っていた衛兵さんが、僕が緊張しているのを見て取って、床を踏み鳴らして、「大丈夫だよ」なんて言って、僕を脅かした。


 だがその行為は割とガチめのトーンでステラさんに怒られて、彼は濡れた小動物のようにシュンとしていた。それがちょっと面白かった。


 ステラさんもそわそわ落ち着きが無く、どうやら彼女も、缶詰は嫌いとみえた。


 さて、ヒノデに着くまでにかかった飛行時間は30分足らずだった。


 静穏化のために、「缶詰」の推進用エンジンは緊急用に使うくらいで、基本的には帆船のように風で進む。それでも混沌とした地上を歩くよりは、何倍もの速さで目的地に到着できる。


 上空から見た造兵工廠は、なにかの工場を改造したものと見て取れた。


 無数のパイプを動脈みたいに繋がれ、やぐらに押し込まれた、何かの大型機械。

 建屋と建屋はパイプとベルトコンベアのコンビネーションで繋がれていた。

 中央にあるパイプの集合した一番デカい建物は、まるでなにか巨大な、タコの怪物みたいだった。


 缶詰が着陸したら、まず歩行戦車とそのバディのステラさんが先に降りた。

 そしてコンパスの円を広げるように、周囲の安全を確保していく。

 僕もライフルマンとして、高所に何か居ないか探りながら、援護をする。


 着陸地点が安全と見たリーダーは、全体に指示を飛ばす。


「よし、問題は無さそうだ、二班ふたはんに分かれて付近の捜索を行う。歩行戦車は着陸地点の安全を確保。パワーアーマーは、それぞれの班に追随しろ」


「「了解」」


 衛兵は、それぞれにクズ拾いの護衛について、バディとなる。

 僕のバディになったのは、面接をしたステラさんだ。たぶんこのメンツのなかで、一番実力的に不味そうだから、彼女が僕についたのだろうか?


「よろしくね、できるだけ守るから、離れ過ぎないようにね」


「はい、お願いします。僕らの担当するところに行きましょう」


 造兵工廠は宝の山だった。ロックの掛かっていた金庫や箱を無視しても、地上部分に放置されている資材だけでも、十分すぎるものが手に入った。

 アルミ、鉛、真鍮、ガラス繊維。そういったものだ。


 地上の掃討は終わっているというだけあって、ここまでは楽なものだった。

 しかし、最初に異変に気付いたのは、ぼくらクズ拾いたちだった。


 探知機がチキチキっと音を鳴らす。しかしそれは自身が止まっても動いている。

 ――不味い。何か動くものがある。そう気付いたときには、攻撃を受けていた。


 建屋の中、パイプの影、床下の暗闇、そういった所から銃声がして、僕らのさっきまで居た所を、鉛玉でほじくりかえした。


 ねずみ色の軍服に、粗雑な連発銃。軍の廃墟でもっともよく見る、「召集兵コンスクリプト」という軍用アンデッドだ。


『おい!掃討は終わってんだろ?!』

「きっと、慌てて補充したんでしょうね。造兵工廠だもの」

『交戦規程は、すべて開放する!各員の判断で撃て!』


「聞いたわね?……えっと、フユだったわよね?」


 あっ、ステラさん、銃は射程の短いサブマシンガンしか持ってないわ。

 撃ってくる敵と結構距離があるから、まともに撃ち合いできるの僕だけじゃん!


「はい、僕はどうすれば?」


「これ、置いてくから使って。ライフルじゃ近寄られた時にきついでしょ」


「えっそれじゃ」


 武器が無くなるじゃないですか、と言おうとしたら、彼女の背中からブレードを持った二本の機械腕が生える。


「私、白兵しながら撃つとか、さすがにそこまで器用じゃないから」


 こうしているうちにも、次第に僕らの周りに、ダークグリーンの金属板を盾にした奴らを先頭に、包囲が始まっている。


「じゃ、いってくるわね」

「って、えっ」


 彼女は最初っから、僕のそばにいて、子守みたいにして守る気など、毛頭なかったのだと思う。周りのアンデッドをぶちのめしていけば、結果的に守るという形になる。

 本人に聞いたわけじゃないけど、そういう考えだと思う、あれは。


 竜巻と言うか台風というか。あんな感じの戦闘シーンのあるファンタジー漫画読んだことあるけど、あれって現実で、実際にできるんだなぁ。


 ひたすらに機械腕の二刀流でアンデッドを切り刻んでいくステラさんの姿を見て、僕はそんなことを思っていた。


 盾で押しのけようとした召集兵の動きに合わせて、まるで盾の上を寝転がるようにいなして、背中の腕でもって、腕、首、足と切り落としていく。


 銃では遅すぎると悟ったのか、別の奴が、銃剣の付いた小銃で刺突する。

 彼女はそれを見もしないで、後ろ蹴りで上げた。刺突の芯は外れて、召集兵が前のめりになり、首を差し出す形になる。


 彼女は蹴り上げの勢いのまま、逆立ちするように前転する。するとそれに追従する機械腕の動きが、無粋な乱入者の差し出した首を、サッっと刈り取った。


 まるで死の舞踏だ。だけど彼女の手を取れる踊り手は、奴らの中には、ただ一人としていなかった。


 1時間にも満たない戦闘で、襲撃者は撃退された。


 僕はその間に、受けたばかりの技能移植の効果、それを存分に味わう事が出来た。

 さながら、勘を取り戻したとでも、いうべきだろうか?


 構え方、呼吸、照準の合わせ方、そして引き金の引き絞り方。頭で考えなくても、手のほうがこんな感じだったなと、そう動いてくれる。

 ライフルの照準に、ブリキを被った奴らの顔を捉えて、8つの頭を弾いた。


 具体的に数えながら倒したわけじゃない。ワンショット・ワンキルを繰り返し、10発入るマガジンの中に、2発の弾が残ったからだ。


★★★


 ――技能移植、確かにものすごい威力だと思う。

 ワクチンのような物で、打ったとしても、本人の見た目や行動を変えるものではない。ホンダさんはそういったが、本当にそうだろうか?


 車が運転できる人間と、運転できない人間。

 とれる選択肢が違えば、そのうち両者は大きく変わっていく気がする。

 思考の先にあるのは行動だ。それが他者から見た、性格や心になる。


 人殺しの技能ともなれば、それはもっと大きい影響が出るはずだ。


 ――あの時を境にした僕。僕は果たして、同じものだろうか?


 それと、いまになって気になったことが、もう一点ある。

 黄色いヒトの家族が、街で大騒動を起こすカートゥンアニメ。

 それに出てくる父親が、隣人の家に車で突っ込んで、こんなセリフを言っていた。


「ワインの作り方を習ったら、車の運転を忘れちまった。」


 はたして「なれ果て」は何を注ぎ込まれて、何を忘れさせられたのか?

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