第37話 地下高速トンネル遭遇戦
ひたひたと足音をさせて、僕らに迫ってくるアンデッドたち。
長さがまちまちだが、共通して筋肉質な四肢。汚らしい乱れた歯列。
この暗闇でも、見間違えようがない。グールだ。
バーンシーの悲鳴を聞きつけた連中は、一体どこに潜んでいたというのか?
トンネルは下水道に繋がっているというし、そこから来てるのだろう。
奴らは左右の大きさが違う眼球で僕らを認め、四つん這いのまま、獣のような素早さで迫ってくる。
頭の中で手持ちの手段を並べる。この状況、一体何が使える?!
「焼夷弾は?!」
「駄目でっす!トンネルの中だとこっちも焼けちゃいまっす!」
ああ、確かにウララの言う通りだ。となると……やばい、思いつかない。
「煙幕の後に、パイプ爆弾はどうでっす?」
「!……、それで行こう!」
連中は音、光に反応してる。なら煙幕で視覚遮断して、派手な音を立てるガラクタを付けた爆弾で誘導して、まるごと吹き飛ばしてやればいい。
僕らでショートバースト煙幕を焚いて、その後に爆弾を適切な位置に投げるのは、スキンクに任せればいい。彼はピット器官のおかげで、煙幕の中でも正確に相手の姿が見える。
「煙幕を
「あいよ、まかされた!誘導してやるから、片手を開けとけよ!」
スキンクは、単独で突っ込んできた一体のグール、その攻撃を捌き、その捌いた動きを利用した回転切りでもって、奴の頭と腕を切り離す。
うへっ。あの薙刀、見た目通りのすごい切れ味だ。
僕は爆弾を彼に投げ渡すと、ウララと手分けして双方向に煙幕を投げる。
煙幕は気の抜けた破裂音をさせるが、白い煙をもうもうと上げて、トンネルの中を包み込んでいく。
煙が充満しきる前に銃を背中に回して、ウララの手を握る。僕のもう片方の手を握るのは、爆弾を投げ終わったスキンクの手だ。まるで電車ごっこみたいな恰好だが、格好悪いなどとは言ってられない。
スキンクがタイマーを設定して、遠くにぶん投げた爆弾は、等間隔に大きな電子音とフラッシュを発生させている。ひたひたというグールの足音しか聞こえないが、結構な数を引っ張れているようだ。
「こっちだ……有利なポジションに移動して、凌ぐぞ」
「はいでっす……!」
「お世話になります、ほんとに……」
本当にお世話になっている。
煙の中でも視界の通る彼が居なかったら、僕らはグールのおやつにされていた。
ドンッ!という炸裂音の後、飛び散った破片が、廃車を叩く金属音がする。
これで多少、数が減ってくれると、とってもありがたいんだけど。
僕らはポジションを変え、放置車両のひとつ、大型トラックの荷台に隠れる。
グールたちはひたひたと足音を立てて、バーンシーの近くに寄って行った後、周りをうろつきだし、僕らのトラックのすぐ横も通っていく。全く生きた心地がしない。
「まだ来てますね」
「どこで増えてんのかね?全く……」
くそ、連中が近くに集まってくると、あれがどんどん大きくなってくる。
ティムールの言った、光のような声だ。
酉武遊園地、あれ以来、どんどん鮮明になってきている。
すごい嫌な気分だ。まるで僕が連中の一部になりかけてるみたいだ。
「あの、フユさん、大丈夫でっすか?すごい顔色が悪いです」
「うん、平気だよ。ちょっと煙を吸い過ぎたかも」
光りのような声、それが止まないために、思考力が持っていかれる。
いつもの様に頭が回らないのはこれのためだ。
グールたちの方から聞こえてくるのは、まるで宗教的な祈りのようだ。
<御身を愛し、我が爪を、牙を捧げてきました>
<それが何故、なぜ…、ここには泥の中で腐りゆく、貴方の子がいます>
うわごとしか言わない連中、そう思っていた。それなのに……
僕の中ではある結論の輪郭が浮かび上がって来ていて、それがもう、振り払えなくなってきている。
それはつまり、僕が「なれ果て」になりかけているのでは?という事だ。
心当たりはアレだ。むしろアレしかない。僕の中に入りかけた白い血。
そのうち、僕は「赤耳」みたいになるのか?
――自分が自分で無くなる恐怖、正直喚いて泣き出したい。
<私が
<私が使命を果たすための手をお授けください>
<私が運命を知るための
クソッ、手榴弾でも投げ込んで、あの声を今すぐにでも止めたい。
イライラする。
<御身よ、我らが魂の
<――『アガルタ』よ!!>
「えっ!」
予想していなかった言葉の出現に、声を上げ、「ガタン」と、トラックの荷台にRPKを派手にぶつけて、かなり大きな音を立ててしまった。トンネルにこだまする、盛大な金属音。
こちらに無数のグールが向き直る。
スキンクは両手で顔を覆い、ウララは目をまるくした顔をしている。
いや、本当にすみません。
「ディフェンシブ・グレネード!」
「あ!はいでっす!」
ウララから
手榴弾には攻撃用と防御用がある。
違いは、爆圧で攻撃するのが攻撃用。破片で攻撃するのが防御用だ。
攻撃用は殺傷範囲が数メートルと、かなり狭い。
なので攻撃側が、相手へ投げ込んでも、多少は安全だ。
いま僕がピンを抜いて投げたのは、防御用だ。
破片をまき散らし、数十メートルの範囲を殺傷する。
隠れて使用しないと、自分も破片で撃ち抜かれて、被害を受ける手榴弾だ。
グールと遭遇した最初は、トンネルの中央で隠れるモノも無く孤立していた。だからこいつを使えなかったが、トラックの荷台にいる今なら使える。
ボンッっという音の後に、パシパシっという、金属片が壁を叩く音で、トンネルが包まれる。退避するなら今の内だ。もうこの際だ、ライトもつけてしまおう。
「お前、後で説教な、逃げ道はこっちだ!」
「す、すみません」
「ずらかるでっす~!」
破片を受けて両足がちぎれながらも、グールはこちらを追ってくる。凄まじい執念だな。あいつらに聞きたいことが無いと言ったら嘘になるが、マイクを近づけて、インタビューが出来る連中じゃない。
RPKの掃射で、追いすがってくる連中の頭蓋を弾く。緑とオレンジ色の脳漿が、廃車のボンネットを汚す。
死に物狂いの撤退線を繰り広げる僕たち。
その時だった。猿の様に飛び跳ねる、小柄なアンデッドが、進行方向に現れた。
「ほほ、騒がしいと思ったら、おぬしかい」
「和尚!」
スキンクに和尚、と呼ばれたアンデッド。体つきはまるで子供のような姿だが、顔は好々爺とした老人のそれだった。アンデッドは大体、若い姿を取っているものなのに、珍しい。
身に着けているのは、袈裟ではなく普通の着物、忍者服?みたいなものだ。
彼は僕らを先導するように廃車と壁のパイプを伝って器用に移動していく。まるでジャングルの中をツタで移動していく、ターザンのようだな。
とても僕にマネできる技能ではない。落っこちてヒザを割るのがオチだな。
「ほいほい、入った入った!」
和尚は僕らをトンネルの脇、解放されたドアの前にまで連れてきた。
そのドアは潜水艦の水密扉のような見た目で、金庫の扉の様に分厚く重厚だった。
こちらに向いている扉の内側、その中央には大型のバルブハンドルが付いている。見ればわかる、恐らくこれを回して閉鎖するんだ。
3人で一緒になってドアを押し、ゴン、と重い音をさせて閉める。
赤い塗装の剥げかかったバルブハンドルはかなり固い。スキンクと一緒になって、力の限りぐるぐると回して、なんとか完全に閉鎖した。
グールと言えども、さすがにこの分厚い金属製のドアには歯が立たないのか、口惜しそうに前をうろうろする音が聞こえた。だがそのうちに、ひたひたという足音は遠ざかっていった。
和尚さんはと言うと、耳をそばだてて、息を飲んでいる僕らをよそに、いつの間にかウララの背の上にいて、頬杖をついてちょこんと横になっている。
「さて、何を持ってきたのか、教えてくれるかの?」
……予想道理というか、なんだか煮ても焼いても食えなさそうなアンデッドだ。
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