第36話 地下道
深夜。
トコロザワの歓楽街で輝くネオンサインを背に、僕らは今、町外れの廃ブティックの前に居る。
5階建てのビルの入り口は、上階から崩れ落ちてきた瓦礫で完全に埋まっている。なので、地上階のガラスが割れたショーウィンドウから侵入することにした。
尖ったガラスがまだ残っているので、体を引っかけないように気を付けてくぐる。
かつて商品が置かれていたであろう飾り棚、それを押してどけると、オフィスの中には、ボロから戦闘服に着替えたスキンクが待っていた。
彼の足元には、パンパンに膨れ上がったバッグ。かなり重そうだ。
「よっ、もしかして来ないんじゃないかと思ってたところだ」
「すみません、厄介になります。」
「お世話になりまっす!」
クズ拾いに略奪されたのだろう。服を剥がされたマネキン、空になった商品棚の間を抜けていく。
スキンクはオレンジ色の防火ドアを開けると、地下階へ降りる階段に案内した。
階段を降りると、そこはポンプ室だった。しかし、部屋のコンクリート製の壁は何かにぶち抜かれ、茶色く錆びたパイプや、黒いプラスチックの管がいくつも剥き出しになっている。
「ここを抜けていくんですか?」
「そうだ。ここから下水道を利用した、地下道に繋がってんだ」
「下水道ですかー?くさそうでっす!」
ウララは、両手で鼻を抑えるアクションをする。それを見たスキンクは、シシシと笑った。
「利用したっていったろ?下水道だったのは昔の話よ。」
「え、今は違うんですか?」
「そそ、技術革新ってやつだな。自動運転の車両を地上で走らすのは問題あるってんで、使わなくなった下水道なんかを改造して専用道路にしてたのよ」
スキンクはライトを振って、僕らを真っ暗なトンネルの中に案内する。
僕らはフラッシュライトを点けて、内部を確認してみた。なるほど、僕が想像する地下道や下水道とは、だいぶ雰囲気が違う。
白いパネルの張られた清潔感のあるトンネルは、確かに水が下の方に張ってはいるが、生活のゴミが浮いていたり、謎の汚物が浮いていたりはしない。
奥の方に潰れた車両が見えるが、そいつがまき散らした物があるくらいだ。
「――とはいえ、下水道を改造する整備が、完全に終わってたわけじゃない。」
「脇道には、まだ普通に下水道として使われてたやつがゴマンとある。案内人なしにフラフラしてたら、ここはマジで迷うぜ。」
ぶるっとウララが身震いする。トンネルの寒さのせいだけじゃない。ここで道に迷ったら、二度と地上の日を見ることができなくなるかもしれない。そういう怖さに気が付いたからだ。
「マッピングをちゃんとしないと不味そうですね」
「だな。あとはあれだ、どっから入って来てるのか知らんが、なれ果てもいる。」
「あー、やっぱりですか」
この奇麗な感じからして、もしかしたら楽ができるかと思ったが……
そう甘くはないようだ。
「地下鉄駅や、地下街なんかに比べりゃマシだが、銃には弾を込めとけよ?」
僕らは地下室に空いた穴からトンネルに侵入する。
結構な深さの地下道にもかかわらず、空気の流れを感じる。ここの換気装置はまだ動いているのだろうか?
こういった地下には往々にして、二酸化炭素の溜まっている所がある。
足を踏み入ったら最期、瞬時に窒息する、目に見えない罠だ。
僕らアンデッドでも、酸素が無い場所だとだんだんと動けなくなって死ぬ。
だが換気がなされていると、その危険はガクっと下がる。
でも、照明は全部落ちているのに、換気だけが動いているというのは妙だな。
この地下道で明かりは僕たちの持つフラッシュライトくらいしかない。トンネルに残された車両がライトの光を
すっとライトを上に向けると、照らし出されるチリが弱い風に乗って、どこかに流れていくのが見える。
「空気の流れを感じますが、まだ誰かが換気装置を管理してるんですか?」
「わからん。もし、誰かがしているとしたら、そいつは幽霊だな」
「オバケさんは、お仕事熱心なんですね~?」
「死んでも働くとは、感心な奴らだよ。ま、人のことは言えんか?」
まあ、スキンクの言う通り、確かに僕らアンデッドは、人間に残したものに棲みつく、幽霊みたいなものだけど……。
創作のなかの幽霊やゾンビとは、大分具合が違うよな。
ご飯も食べるし、映画も見る。友達も作る。人間だけどそうじゃない。
かなり人間っぽいモノだ。
「幽霊が僕らを見て、仲間だと思って友達になれればいいんですけどね?」
「そうだな、そしたら弾代が節約できる。」
端末に移動開始地点をマークし、開始地点にコンパスを向くように設定した。これで迷ったとしても、移動方向に多少の目星はつく。僕らはスキンクの案内で地下道を進む。
東へ1時間ほど、トンネルの中を徒歩で移動する。たったの一時間、だがその間に、一体いくつの三叉路と十字路を通っただろうか?
なるほど、スキンクの言うとおりだ。これは案内が無ければ、目的地まで行ける自信がない。
このトンネルには、地上の道とは明確に違う点がある。
何もないのだ。標識も、案内板も。
それはそうだ、自動運転車にそんなものは必要ない。
延々と変化なく続く、白いトンネル。廃車くらいしか目印にできそうもないが、厄介なことに、同じようなデザインの車が並んでいる。
移動記録があるので帰ることはできるが、別のところへ行ける気はしないね。
トンネルの中は暗くて精神がすり減る。僕らは管理室を見つけて、その狭い室内に寄り集まって小休止をとる。氷砂糖の欠片をこちらによこして、スキンクは申し訳なさそうにしている。
「しかし、悪かった。あんたらが懲罰部隊に突っ込まれるとはな。大方、ゴトウのタレコミだろう?」
「いえ、トドメは僕らが持ち帰った品です。生物化学兵器が混ざってたとかで」
「……そいつは予想の上をいかれたな。お前ら面白いな」
「でも、ネリーさんやカイさんとお知り合いになれたでっす!」
「ね、逆にそれは良かったかなって思うよ」
ゴトウは僕の仕事が気に食わない。僕を信用しなかった。
だからといって、ゴトウを嫌な人間だと考えるのは間違ってる。と、おもう。
実際、あのときの僕らは、客観的に見ると大概なことをしていた。
「しかし参ったね、あんたらを衛兵隊に取られたら、姫さんが街に大砲のひとつでも撃ちこみそうだ。」
「僕らはただのクズ拾いですよ。どっちかにつくとか、多分そんなんじゃないです」
「そうかい?なら、街の平和のために、しばらくはそうしといてくれや」
僕らは小休止を終えて、再度移動を開始する。トンネルは暗く、静かで、闇に飲み込まれそうだ。時間は深夜2時、買い物の後に、一応仮眠を取ったが、少し集中がきれている感じがするな。
「待て、前方に何か居る。ライトを消せ」
スキンクが光を消せと警告する。警告に従って消したが、こうなると何も見えない。熱を感じれるスキンクは大丈夫だろうが、僕らにこの暗闇はちょっときついぞ。
「多分、バーンシーだ、絶対に音を立てるなよ?」
「バーンシーってなんでっす……?」
「あー、なれ果ての中でも、割と面倒な奴だ。あいつに見つかると、すげえ叫び声で仲間を集める」
「狙撃で仕留めては?」
「それがな、死ぬ間際にも、どうやってんだか、さらに叫ぶんだわ。」
「うわあ、面倒」
だが隠密行動はクズ拾いや野盗の得意分野だ。ウララだって缶を踏んだり、瓦礫を転がしたりしない技術は既に身に着けている。悪条件だが何とかなる。
連れだって、こっそりと車の影を利用して移動する。念のため、銃の安全装置の位置を確認する。いざ、バーンシーの傍を通るとき、それは起きた。
放置車両のライトがパッとつき、僕らの姿が照らし出される。
これは知ってる。防犯用のモーションセンサーだ。ねえ、何で生きてるの君?
ギギギと音がしそうな動きで、3人で後ろを振り返る。
すっくとトンネルの地面に立ちあがった、地面に付きそうな長い黒髪のアンデッド、白い拘束服を身に着けたそいつは、息を吸い込むそぶりもなしに、髪を振り乱して叫んだ。
僕の
しかしもう手遅れだ。トンネルの前と後ろから、裸足で何かが走ってくる音が聞こえる。
「……友達には、なれそうにありませんね」
「本っ当に、お前らといると退屈しねえわ」
スキンクは薙刀を取り出し、鞘代わりの布を取り払って下段に構える。
僕はRPKの安全装置を解除し、予備マガジンをいつでも取り出せるようにする。
――このトンネルに逃げる場所はない。腹を決めよう。
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