サンプル分析

「ネリー、分析結果が出ました」


 分署のネリーのデスクに、報告書をもって報告にきたのはカイだ。その服装は、いつものクソ暑そうなガチガチの甲冑ではない。

 タンクトップにミリタリーパンツの軽装だ。しかし、無駄に筋肉が誇示されていて、これはこれで暑苦しい。地球温暖化を防ぐためにも、コイツには一般的なドレスコードというものを守ってほしいと思う。


「そか、内容は?」


 片手でビールのちび缶を開けてストローを挿す。

 体が小さいとこれで済むからありがたい。


「水です。ただの水です。」


 カイの差し出した報告書を見る。なるほど、ただの「水」だ。



「はい。司書はあの奇現象アノーマリーをオアシスと名付けるそうです。」


 比較のために並べられているのは、多摩湖の水だ、水鉄砲に入れて人を撃ったら、数時間後には殺せる程度のひどい汚染具合だが、この世界では平均的な水質だ。


 一方、オアシスの「水」は放射性物質も、塩類も、有機物による汚染も無し。そんなふざけたものが野外に存在できるはずがない。間違いなく遺物レリックだ。

 

「管理ナンバーは振るんか?」


「検討中だそうです。司書ライブラリアンたちは自由に使える純水が手に入ったと、無邪気に喜んでますが」


「上善は水の如し。とはいったものの、なぁ?」


「老子ですか。意外と博識ですね」


「カイはいっつも一言多いわ」


 確かに司書たちが喜ぶのもわかる。


 純水は何かと需要が多い。発電タービンを回す復水器に使ったり、電子部品を洗浄するのに使う。報告によると、こいつの異常性は何かに混ぜても「水」であるという事をかたくなに維持するという点だ。


 つまり空気中に暴露したとしても、汚染されない、電気を通さない、完全無敵の絶縁体だ。


 水に戻ってしまうので、薬品の希釈には使えないが、それでも他の用途がありすぎる。こんなもんがこの世に存在してたまるか。


 便利だが、異常性が解明されないうちに遺物レリックを利用するのは危険だ。「大丈夫」という安易な思い込みによって、触れた肉体をゼリー状にする謎のメロンソーダまみれになって放棄された、国分寺の研究所みたいになってからでは遅いのだ。


「普通の水と混ぜて異常性が伝播する可能性も考えられるし、実験手順が完全に終了するまで下手につかえん。単純な奴ほど、逆に怖いわ」


「ですよね」


「ウチは通常密閉手順での封印指定Safeが適当だと投票するわ。カイもそうしてくれると助かるわ」


「それはまあ、はい」


 ギッと椅子を鳴らして足を組み替える。色気もクソも無い体で何をしているのかという感じだが。まあ、癖みたいなものだ。


「回収したワークステーションの内容はなんやった?」


「まったくわかりません。かなり高度に暗号化されてます。司書8人がかりでも人月2%の復号がやっとです。一部、量子点群地形が見つかりました。それと、気になることが」


「量子点群、シャーロックが扱う監視データの塊……?あとはなんや?」


「暗号化プロトコルのお作法がうち日防軍と同じです。正確には海軍のものですが」


「……そこまで分かって解けんのか?」


「面目ないです。あとはあのクズ拾いの二人ですが……どうします?」


「放免でええやろ。他には?」


「ありません。でも、ネリーは本当に戻っちゃうんですか?」


「何や?寂しくなったか?」


「いえ全然。」


「何やお前!しばくぞ!」


「独り言ですが、最近、横田基地から東へ向けた不死隊の移動が激しいんですよね。これから、なにかあるのかな?と」


 不死隊は元日防軍のアンデッド部隊だ。衛兵隊はそこから分離して、廃墟に住む住民を守る、という目的のために集まった組織だ。

 不死隊は住民をまもったりはしない。拠点としている立川第二議事堂や福生の横田基地に留まり、沈黙を続けている。


 引きこもって一体何をしているのか?不死隊には謎が多い。

 衛兵隊は人員補充のために馬の骨とも知れない者も入れるが、不死隊はそうではない。人の行き来が無いため、情報らしい情報も手に入らない。


 衛兵隊にとって、不死隊は敵ではない、かといって味方でもない。

 ただの置物、それにしてはやたらと存在感がある。そういう連中だ。


「……なるほどなぁ、一応探っとくわ」


「よろしくお願いします」


 今はまだ春だ。大規模な東側、つまり都心部の廃墟の探索を行うなら通常は冬に行う。気温と湿度の高まるこれからの季節は、パワーアーマーの冷却に不利だからだ。

 アラカワ水系の氾濫で、現在のシンジュク以東は大規模な湿地帯になっている。

 なのでほいっと言って帰ってくる、という訳にはいかない。ボートや垂直離着陸機による前哨基地の設営を秋に行い、マッピングをして冬に遠征を実行。それがこれまでに衛兵隊が踏んできた手順だ。


 それを無視するという事は、それなりに緊急性が高い任務、という事だ。

 置物連中が、なぜ今になって動き出した?……嫌な感じだ。


入間イルマのステラに会いに行ってくるわ。戻るかは気分次第やな」


「ラットさんが怒りますよ?」


「蝶よ花よと甘やかして、兵を育てなかったあいつが悪いんや。」


 入間のステラと情報共有すべきだな。私は呉のイギリス連邦遠征軍にいたSASなので、日防軍から分離した衛兵隊ではお客さん扱いだ。少なからず情報制限がかけられている。そのため情報源が必要だった。


 ステラは出自が衛兵隊ではなく、ネクロマンサーの個人的な友人だ。そのため彼女は階級に比して情報クリアランスが異常に高い。

 彼女と親交を持ったのは、最初は情報を引き出すため、という下心があったのは事実だ。しかし何度か任務を共にした今、戦友とすら思っている。

 

「いや、あんま人のこと言えんな、人に頼りすぎる、うちにも覚えがあるわ」


「ようやくお気づきになられましたか?」


「いっぺん、どついてええか?」


 あのクズ拾いたちを手放すべきではない、そう思うが、拠点が入間なら、わざわざ首輪をつけるまでもないだろう。


 しばらくは様子見だ。不死隊の目的がなんにせよ、出方をうかがおう。

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