第33話 休暇
※ちょっとSFのギアが入り過ぎたので、ほんわか日常会をはさみます。
トコロザワでの二日目の夜が明けて、ホテル・プロペラのベッドの上で目覚めた僕は、頭は起きていても、体は寝ている、そんな状態だった。
身じろいで体を起こして、この現実という面倒くささしかない世界をまた歩き回るという責務の履行。
何度か布団と枕を突っつき、こね回し、ようやくそれを決意する。
――ああしんどい。
起き上がって横を見ると、ウララのつるっとした肩と白い背中が見える。肩を上下させ、まだ眠っているようだ。起こすのも悪いし、このままにしておこう。
ふと、ぱっつりと切られたズボンから、自分の太腿が見えるのに気が付いた。
ああ、そういえば道化師のプロペラで切られたんだっけか。
治療を忘れてたけど、いつのまにか傷は塞がってるな。ならいいか。
バッグから裁縫キットを取り出して、切れた部分を縫い合わせる。多少不格好だけど、ま、いいでしょ。これくらいでいちいち工房に出してはいられないからね。
朝のお茶でもいれよう、昨日の遠征の報酬は衛兵隊から一応出るようだし、しばらくお金に関しては大丈夫だ。
衛兵隊から和尚さんの情報が入るまで、どうしようか?
遠征に行って、行き違うと困るし、トコロザワの中でやれる仕事でも探そうかな?
そうなる僕は名実ともにヒモになるな……どう考えても僕よりフィジカル面の強いウララさんの方が稼ぐ。自分で言ってて悲しくなるが。
コップを置くために机の上を片付けていると、手に何かが当たった。
あの犬が首から下げていた、金の鍵だ。なんとなく、それを手に取ってみる。質感はつるっとした金属なのに、持ってみると、少し熱を持っているのを感じた。これは鍵の為りをしているが、その実は何か別の、きっとコンピューターみたいなものだ。
裏返してみる。電池を入れるような蓋はない、その代わりに何かをはめる様なくぼみがある。きっと遊園地にある、何かにはめ込むものだったんだろうな。
お洒落なアクセサリーとして首に提げるのは、金色で
煮だしたお茶の、香ばしい匂いが部屋に満ちたころ、ウララさんも起きあがって、上着を羽織っていた。
「おはようでっす~んぅーっ!」
「おはようウララさん。お茶がはいってるよ、別れ際にネリーさんからもらった差し入れのお茶、淹れて見たんだ。」
「いただきますでっす!おぉ~これ、お花の香りがして、おいしいですね~っ!」
二人してお茶をすする。なんとも穏やかな朝だなあ。
小難しいことを考えるのなんかやめて、こうして二人で、廃墟に作った拠点で過ごせたらそれでいいんじゃないだろうか?
そんな気さえする。それは、もちろん彼女が良ければだけど。
「きょうはどうします~?」
「うーん、どうしよっか?『和尚さん』の情報を待つほかは、とくにないかなぁ?」
「待つっていうことは、何もしないってことでっす?」
「そうだね、だから今日は……『お休み』にしちゃおう!」
「えーっ、あ、じゃあ、私、映画見に行きたいでっす!」
「そうだね、せっかくだし、イルマにはない映画を見に行こうか」
「はいでっす!」
僕らは身支度をして出かける準備をすることにした。と言っても大して持って行くものなんてないけど。ホテル・プロペラのあるここは治安がいいし、荷物は置いて行っても大丈夫だ。むしろ、盛り場にでっかいバッグを持って行ったら、そっちの方がスリに狙われるまである。
連結バッグを身に着けようとしていた彼女に、僕は声をかけた。
「ウララさん、今日はバッグはつけなくていいよ」
「……はいでっす!」
★★★
僕らはホテル・プロペラで朝食を取った後、繁華街の方に向かった。
繁華街の映画館はイルマのそれを比べて上映している映画の数が3倍くらいある。ありすぎて、目移りしちゃうな。
「へぇ……復古芸術だ、新作っぽいね」
「昔の劇やなんかをリメイクしてやってるやつですか~?新しいやつなら見て見たいですねー!」
せっかくだし、チケットを買って見てみることにした。
ここの看板にあるような、映画のゾンビのイメージが染みついた当時の人間は、おそらくアンデッドが映画や劇を見るなんて、想像すらしないだろうな。
僕らアンデッドが「食事」の次に求めるのは「娯楽」だ。自我も体と同様に変化や刺激に飢えるのだ。多くは刺激的な恋愛やアクション、犯罪劇が人気かな。
まあ、主流がそっちなだけで、チーズが発酵する過程を延々映した記録映像を好んでみるやつもいる。まあ、かなり例外中の例外だけど。
なので映像媒体には「詩学」というというカテゴリが特別に作られていて、常に買取の需要があるのだ。名作とかカルト的人気のあるものだと高値がつく。
詩学とは文芸要素と演芸要素を併せ持つ作品という意味で、古くはギリシャのアリストテレスの著作に由来する、らしい。
「おぉ~!カッコいい
「演目は……なるほど『真・ロミオとジュリエット』か」
確か、原典は恋愛ものはずだが、この映画のジャンルはアクションになっている。
うん?そういう話だったっけ?スチル、ようは看板だが、なんか男女二人が血まみれで機械のパーツを握りしめてこちらに突き出している。うん?ラブロマンスじゃなかったっけ?
「すみませーん2枚ください。席はある奴で、並びで」
「あの、お連れ様は立ち見になりますが……よろしいですか?」
――あっそうか、ウララは映画館の狭い座席にすわれないじゃないか。
「はーい、2枚お願いしますでっす~!」
……
⇒僕も立ち見にしよう
そのまま黙っている
「僕も立ち見にするよ、すいませんさっきの席指定は無しで」
「はい、ではこちらがチケットになりますね」
僕たちはドリンクとキャラメルポップコーンを買って、薄暗い劇場の中に入った。席は8割ぐらいが埋まっている。結構人気だなぁ。
立ち見で映画を見るのは初めてだけど、みんなの後姿を見て、リアクションを見ながら楽しむというのも、これはこれで結構楽しいものだ。
さて、映画の舞台は14世紀、北イタリアの移動要塞都市ヴェローナ。そこではモンゴメリー家とパットン家が、血みどろの仁義なき抗争を繰り返していた。
モンゴメリー家の「脊髄抜きのロミオ」は友人に誘われ、パットン家の仮面武闘会に忍び込んだ。 そこでパットン家の一人娘、「モツ抜きのジュリエット」に出会い、たちまちのうちに二人は恋におちる。しかしここで、イタリア軍の秘密計画の被験者に二人は選ばれてしまう。
ラストシーンの会話は凄惨さの中に、ちょっとした哲学の隠喩めいたものまで感じられる。うーむ、深い、のか?
『ああ、ロミオ、あなたは何故ロミオなの?』
『ああ、ジュリエット、君は何故ジュリエットなの?』
クライマックスでロミオとジュリエット、その二人のサイボーグ化されたクローンが現れる。
『ロミオ、私もジュリエットよ!』
『僕が本当のロミオだ!』
『本物を決めるしかないな!』
『死にやがれこのアバズレが!』
『心臓をえぐり出してやるロミオの野郎!』
ラストの展開に向かって二人が、自身のクローンと戦うのだが、それは素晴らしい格闘シーンだった。特にモツ抜きだ。なにかしらの天啓の様なものを得た気がする。
ちらっとみたウララさんの顔は輝いて、目から光を出しそうな感じだ。気に入ってもらえたようでなによりだな。
映画の本編が終わり、エンディングのスタッフロールが始まって、お客さんの入れ替えが始まると、立ち見の僕たちは一番最初に外に出される。早めに出れるなら、立ち見も悪くないな。
「これはロミオとジュリエットではないだろ、常識的に考えて……」
そんな声がどこから聞こえた気がしたが、何か聞き覚えがある気がする。おっと、他のお客さんの邪魔になる。早く移動しないと。
「すごいアクションだったねー」
「あのモツ抜きすごかったです~!」
「うーん、ご飯にはちょっと早いし、また別のとこにいこうか?」
今の時間は11時、ご飯にはちょっと早い、微妙な時間だ。ちょっとだけ遊んで時間を潰して、その後にどこかで食べるとしよう。
「じゃあ私、ゲームセンター行きたいでっす!」
「お、いいねえ!ここ、どんなのがあるんだろうね」
映画館を後にした僕らは、ゲームセンターに行くことにした。しかしそこで僕たちを待っていたのは、これまでにない最も激しい、とんでもない死闘だったのだ――。
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