第30話 金の鍵

 うぅん、あの人たちに楽しんでもらうにはどうしたらいいだろう?

 あの子が帰って来ないのは、きっとぼくがもっと楽しいことをできてないからだ。

 そうだ、映像記録からしらべてみよう。

 あつめたタカラモノのなかに、人がいっぱい笑ってたモノがあったはず。

 あれと同じことをしたら、あの人たちも、きっと喜んでくれるよね?


 ★★★


 僕らは展望台のある塔を後にして、目星をつけた建物に向かった。

 メリーゴーランド、飛行機をアームの先に付けた乗り物なんかを超えた先にあったのは、木々に隠される様に佇む、飾り気のないコンクリート製の建物だ。

 オレンジ色の「STAFF ONLY職員のみ」と書かれた扉には鍵がかかって固く閉ざされている。しかし嬉しいことに、扉には高電圧注意のステッカーが貼られている。


「これはアタリっぽいですね。扉に鍵がかかってるみたいですけど」


「斧を使ってこじ開けよう。これくらいなら、力づくで何とかなる」


 カイさんが扉のノブ側の隙間にむかって、手斧についている鉤爪状の金具を叩いて隙間に押しこんだ。そこからぐっと力をかけ、一発でこじ開けに成功した。こういう頑丈な工具みたいな使い方ができる武器、便利でいいなあ。僕も買おうかな?


 中に入ると、まず目に入ったのは、コンクリート打ちっぱなしの無味乾燥の室内。中には工具を入れるのに使う赤いツールワゴン、それと緑色のカッターシートが敷かれた作業机があった。さらにこれらと金網で隔てられている空間には、ちょっとした乗用車が二個重なったくらいの大きさの、非常用発電機が鎮座していた。

 本体は白と青のツートンカラーの清潔感のあるケースに収められていて、スイッチやバルブなんかの機械的な操作部分とは別に、管理用のコンピューターが付属している。


 管理用コンピューターは通電してない。本体が起動したら動くのかな?


 ――そして気付く、僕はこれの使い方がわからない。


「カイさん、これの使い方、わかります?」


「いやあ、私にはちょっとわからないなぁ……適当に操作したら壊しそうだ」


「これならウララにおまかせでっすよ!ふふん!」


「お、ウララちゃんこれの使い方わかるんだ?」


「もちろんですよ~、このタイプより高級で複雑なのを使ってたです!」


 そういえば、ウララは農場にいたから、こういう発電機みたいな機械や、トラクターなんかを扱った事があるはず、というかばっちり専門分野だったわ。


 彼女は発電機のパネルを開くと、僕には全く意味のわからない用語で指差し確認を行い、操作した後、力強くスターターの紐を引いて、発電機をかけた。


 なんかウララが働いてる横でぼーっとしてると、僕がこの子のヒモっぽいよなー。

 最近は戦闘面でも、活躍を食われつつある気がするし。

 そんなことを考えつつ、チベスナみたいな目をしていると、なぜかカイさんにぽんぽんと励まされるように、肩をたたかれた。余計なお世話じゃい。

 男だから機械に強いとか、だれが決めたんだ!


「これで後は施設に配電すれば……あれ?」


 操作してみるが、発電機の配電先を変更できない。ログイン済みの管理者権限で、ロックがかかっている。送電先は……アトラクションエリア?乗り物があった所か?


「駄目ですね、ロックがかかってます。このままだと展望台のエレベーターに電気が送れないみたいです」


「ウララちゃん、何かいい方法思いつかない?」


 カイさんの言葉に応え、僕に代わって制御用コンピューターを操作するが、彼女はその前で首をかしげている。


「非常用なのに誰もが使えないって、おかしいでっすね~?でもコンピューターでロックをかけていても、物理的に操作しちゃえばいいですよ!」


「えっとつまり、アトラクションエリアのブレーカーを、片っ端から全部落とせばいいんだね?そのあと展望塔に電気を送ると」


「その通りでっす!」我が意を得たりと、彼女は僕に、ぴしっと指を立てた。


「よし、それなら話は早い。電源を遮断して、展望塔を動かせるだけの電力を確保して、あの塔で電源の操作をしよう。」


 そのとき、唐突にピロンと電子音がした。

 カイさんの端末に、通話が掛かってきてたみたいだ。会話を繫げると、ものすごい剣幕のネリーさんの声が、狭い室内に響いた。


『ダボが?!自分ら何してん!?』

「ネリー、こちらは発電機を見つけて、点けただけですよ?どうしたんです?」

『<タタン!>外出りゃわかるわ!<パン!ドカッ>』


 通話の向こうからは、ネリーの声に混じって断続的な銃声と、刃物で肉を裂く音がする。何で戦闘がはじまってるんだ?!


「ネリー!?ネリー!?何が起きてるんです!?」

「カイさん、とにかく外に出て状況を確認しましょう!」


 僕らは外に出る、アトラクションエリアに行った僕たちの目にした状況は、完全に僕らの理解の範疇を超えていた。


 アンデッドたちが、いや正確にはなれ果てたちがが、それらがお互いを殺し合っている。いや、それだけだと説明としては不正確だ。僕らの様に殺すために、殺し合っているわけじゃない。


 まずその恰好が普通じゃない。ヌイグルミがキルトやレースなんかを両手いっぱいに持ったまま、ミキサーにかけられて合体したみたいな恰好。色や布、ところどころの部分はファンシーだが、全体のデザインはメチャメチャだ。

 ……こいつら、どこから湧いて出た?


 「なれ果て」たちのその行動も普通じゃない。

 プールの縁に立ち並んで、ラインダンスをする彼らはフィニッシュのポーズなのか、腕をのばし、体全体でLの字を作った。そしてその時、脇から現れたシルクハットとツーピースジャケットを身にまとったアンデッドが、手に持ったピストルでポーズをとって微動だにしない連中の頭を順番に撃つ。

 鼻から上を無くした死体は、口だけが三日月の様な形を作って笑ったまま、ドミノかなにかのように、プールの中へと落ちて言って赤い波紋を作った。


 反対側をみると、レトロなロケットを象った乗り物が、いくつもの金属製のアームで持ち上げられ、回るアトラクションがある。その乗り物には、なれ果てが首吊り死体のような恰好になって、まるでスキップをして空中を歩くようなポーズをとりながら、ぐるんぐるんとロケットと一緒になって回っている。


 何のためにこんなことを?まるで意味が解らない。

 そして奴らは、口々にこんなことを口走っている。


「嬉シ・イ・ネ、楽シイ、ネ!タノ……シィネ!!」


「サァ!パレードガ始マルヨ!タノ・シィネ!」


「サァ……君モ、遊ボゥ!」


 どたり、と音を立てて、ロケットにぶら下がっていたピエロが地面に落ちる。

そいつは人の銅体も真っ二つにできそうな斧をステッキみたいにして、タップを踏んで踊りながらこちらに迫ってくる。

 さらにその背後からも、どん、どん、とまるで熟れた果物か何かの様に、アトラクションからピエロたちが落ちてきた。

 奴らはその手に、両手剣、槍、斧をもっている。しかしそのどれもがカートゥンに出てきそうな、誇張された実用性のないシルエットをしていた。しかし錆や汚れは、それに似合わず、とても現実的だ。その不釣り合いさが、さらに得物の不気味さを際立たせる。 


 この遠征は普通には終わらない、僕はそう予感していたが……、流石にこれは想像の範疇を超えすぎている。何が起きている?

 モノリス刀を抜くと、逆手に構え、その腕にRPKを乗せるように保持する。


「楽シイネ!人間ハ、殺スノ、スキ!スキ!スキ!」


「楽シィネ!皆仲良シ!イッパイ楽!」


 ――考えるのは後だ、まずはこいつらを始末する。


 ★★★


 ぼくの首には金の鍵レクレドールがかけられている。

 これはあの人がぼくにかけてくれたものだ。


 この「鍵」はこのちいさな世界を動かせる。

 でも外にいってしまった君だけはどうにもできないし、したくない。


 ぼくは君の「全て」だと、君は言った

 しかし、今のぼくには何もない

 まだこんな気持ちが残っている、「もとにもどれるかも」


 やり直せるかも?僕はそれを信じている

 チクタク、ぼくはそんな君へのアイでいまも動き続けている


 僕をまぜまぜしよう

 パイ生地の中のバターみたいに折り重なって

 元の形も見つからないようにコネコネして


 そうやってぼくが君と一緒に戻れるなら

 今のぼくよりも、もっといい子になるよ

 またきみのことをあいせるといいな

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