第29話 酉武遊園地

※展望台の仕組みがエアプだったので修正。

 缶詰みたいな部分が上下するんですねアレ。


 残弾確認、負傷者の手当てをして、僕らは行軍を再開する。

 戦闘の後、灰の森は静まり返っていた。昆虫型アンデッドは手ひどい反撃を受けたのに懲り、こちらに手を出すのをやめたようだ。もしかしたらだが、あいつらを操る、意志を持った何者かがいるのかもしれない。

 一抹の不安は感じる、だとしても、僕らには前進を選んだ大尉の判断を信じることしかできない。


 行軍の最中、僕の後ろについていたウララさんが、遠慮がちな声で、僕に問いかけてくる。それは僕にとっては常識すぎて、疑問にすら思っていない事だった。


「フユさん~なれ果てと軍用アンデッドってなにがちがうんですー?」


「それは……何だろうね?『なれ果て』って、大雑把にアンデッドの中で僕らを襲うものっていう感じだから、あ、それで言ったらあいつらもなれ果てになるのか。」


 僕らの会話を耳にしたライナさんが口を開いて、それにケイジさんが続いた。


「そうね、言われてみると『なれ果て』って曖昧な概念よね。襲ってくるのがなれ果てなら、野盗もなれ果てってことになるし。自我の濃淡かしら?」


「それは言えてるかもな。カマキリも特に複雑な自我があるって、そんな感じでもなかった。戦法っぽいものはあっても、理解して工夫している感じはしなかったな。」


「自分ら、作戦に集中しな。死ぬで?」


「へいへい」


 ケイジさんたちの発言で僕はふと気が付いた。なれ果てとは何か?ということだ。これも「問い」だな。


 「カブト」は死んでも自我崩壊を起こさなかったし、奇現象も発生させなかった。となると、あれはそういった大型のなれ果てとは何かが違う、という事だ。

 (ん-、何かを忘れてる気がするが……)


 なれ果ては自我を求めてアンデッドを襲う。という事は奇現象アノーマリーを発生させる大型のなれ果ては、大型の軍用アンデッドと違って、大きな自我を、アンデッドを食ったことによって得ている……とか?


 クソ、また一個、疑問が増えたな。「大きな自我」ってなんだよ。


 よく考えると、「なれ果てとは何か」この問題はかなり大きそうだ。

 自我の濃淡といっても、頭を割ってその中身を見るというわけにもいかないのだ。つまり、確かめようが無い。

 はぁ……このままだと僕はクズ拾い兼、廃墟の生態学者になりそうだな。


 この世界は混沌とし過ぎている。すべてに名前を付けるには、あまりにも複雑だ。世界と言葉を妙なところで区切ってしまえば、ありのままとは全く違う意味になってしまう。これが真実の追求を難しくしている所以だな。


 行軍を続けて灰の森を抜けた僕らは、眼前に広がる遊園地の廃墟を見た。手前には乗用車やライトバン、バスなどが留められている駐車場がある。

 その右手にはスタジアムだろうか?屋根が取れ、階段状になった観客席が見える建物がある。スタジアムの中央、茶色い地面が露わになっているグラウンドには、アンテナの様なものが立っていて、その近くには回転翼が折れて地面に接してしまっている、軍用の大型輸送ヘリコプターが見える。

 恐らくヘリの発着場として使われたのだろう。金属製のコンテナが近くに見える。あれは軍隊なんかが使ってる資材運搬用のやつだ。日防軍が使用した形跡がのこるなら、近くに軍用アンデッドが居てもおかしくないな。


 スタジアムの駐車場で大尉は前進をやめ、分隊長同士が打ち合わせを始めた。


「酉武遊園地で問題が発生した場合に備えて、駐車場、ここを撤退線にしよう」

「了解、C分隊は残った人員と装備で阻止線を張りますか?」

「それがいいだろう。囚人たちに、遊園地内でさっきみたいなにぎやかなドンパチを始められたら流石にどうしようもない」

「突入はクズ拾いの多いウチのB分隊でええんやな?」

「うん、先の動きから見ても問題ないだろう。不味そうならAから割くことも考えたが、あれなら問題ない。」


 打ち合わせの終わった衛兵隊と僕たちは、さっそく作業に取り掛かった。

 人数に任せて駐車場にあった廃車を動かして、並べてバリケードにする。これならなれ果てが寄ってきたとしても、直接殴り合いになる前に、多少の猶予が作れるだろうな。


撤退線てったいせんとか、阻止線そしせんってなんですか~?」

「簡単に言うと、想定以上に強いアンデッドが出てきたら、ここに逃げ込んで皆で戦うって事かな?」

「せやな、ここを撤退時の集合場所にするってことや」


「それで?バケモノがいるかもしれない所に「ハロー?」って、のこのこ行くウサギさんが俺たちって事か?」ケイジはおどけた様子で手を振る。


「そんなら魔女のばあさんにアンタを差し出して、そのままパイにしてもらうわ」

「ハハ!そりゃいいや、ケイジがオーブンに入れられてる間に逃げましょ」

「いい仲間をもてて、俺は涙が出るよ」


 一通り軽口をたたき合った後、僕たちB分隊は、装備をチェックして酉武遊園地に向かう。マガジンに弾も込めなおして、迫撃砲の弾も2発、融通してもらった。


 僕は遊園地の外にある看板に書かれた地図を撮影する。

 もっと高精細な地図を衛兵隊からもらったけど、用途までは書いてないからだ。

 酉武遊園地は観覧車やメリーゴーランド何かの乗り物の他に、プールも併設された家族向けの遊園地らしい。展望塔やレストランなんかもあるようだ。

 もし、僕らが世界を取り戻したなら、ここもかつての様に賑わったりするのかな?

 ウララと僕が遊園地で遊ぶ光景を想像する……うーん。


「フユさん何か笑ってます~なんか面白いの見つけたですかー?」


 ウララのくりっとした目でこちらを覗き込まれると、もう笑いをこらえられない。


「いや、ごめん、なんでもないんだ。いや、ほんと」

「え~?」


 入り口の看板の文字は、赤い錆が浮き出てもうボロボロだ。鉄の部分は朽ち果てかけていて、文字が歯抜けになっている。

 かつては多くの家族がくぐったであろう、楽し気に笑うライオンのキャラクターに飾られた遊園地のゲートを僕らはくぐる。チケットを切る者もいないからそのまま入らせてもらうとしよう。


「ビーコンの発信源はどこです?」

「いま調べとるんやけど……たぶんあれやとおもう」


 ネリーが指さしたのは、遊園地中央にある塔だ。すっくと立った白い棒に、窓の付いた缶詰が上の方に刺さっている、そういった風体の塔だった。あの缶詰は、恐らく展望台だな。


「あの中に?なれ果てに追われて、避難したという感じでしょうか?」

「わからん、せやから調べるんや」


 僕たちはその展望台へ向かうことにした。経路としては、遊園地内の中央、屋台やギフトショップの並んだ通りを突っ切る格好になる。

 遊園地内部には、まばらに「なれ果て」となったアンデッドがいる。服装から推測するに、軍人も混じっているようだ。軍服なんかを着ている奴は、もげた手の代わりか、軍刀やスコップなんかを挿していて、こちらに気が付くとそれを得物としてこちらに襲い掛かってくる。


 僕らはあまり音を立てたくないので、そいつらは狙撃で始末する。

 しかし、屋台の影、カーテンの中から唐突にぬっと現れてくるやつもいる。そういうのを始末するのは、僕やネリーさんの仕事だ。ちなみに、カイさんの格闘はネリーに言わせると「騒々しい」ので止められている。


 僕の格闘のしかたは、モノリス刀で脇の下やひじの内側を狙って武装を切り落とし、その後に膝裏ひざうらに腕や足を引っ掛けて引き倒して、首後ろや背中の中心を破壊して殺す、3段階の動きだ。


 一方のネリーさんは、流れるような動きで始末していく。

 僕から引き倒すを抜いた、攻撃を払う、そして打つ、そういう動きなのだが、全くその継ぎ目が無いように感じられる。すっと攻撃をさばいて、掌打や踏みつけで潰していく。コツを聞いてみたのだが、「勇気をWhoもってDares飛び込めWin」だそうだ。

 うん、全く参考にならない。


 たいした敵もおらず、さほど苦労せずに展望台の地上階までたどり着いた。

 入り口は締まったままだが、ガラスは割れているのでくぐってそのまま入る。中に入ると、赤い縄でつながれた真鍮製のポールの列があった。これはかつて、展望台まで登ろうとしていた人たちを整理するため、ここに置かれたものだろう。

 僕らは行列待ちをする必要もないので、蛇のように並んだポールの列を真っ直ぐに進んで乗り越えていく。


 この塔は缶詰の様な展望台が、地上で客を乗せて、上に上がっていく仕組みのようだ。管理室に侵入し、展望台を下げてみようと試みるが、全く機械が反応しない。


「駄目だ、完全に電源が死んでるな。電気を復活させないと、どうしようもないぜ」

「手分けしましょう。時間が惜しいわ」


「よし、二手に分かれて電源室を探すで。こういった遊園地みたいな場所やと、電源やメンテナンスベイは、客から目立たない所にあるはずや。」


「カイはウララとフユにつけ。ワイはケイジとライナにつくわ」

「了解。うちのネリーをよろしく頼みます」

「アンタのモノになったつもりはないわ。うぬぼれんなボケ」

「これは手厳しい」


 担当するエリアをネリーと確認する。園内の中央に通る道を境界として、彼女らは西を、僕らは東をそれぞれ探索することにした。

 カイさん、ウララ、そして僕は地図を見て電源室がどこにあるか目星を付ける。こういうとき僕は、イルマのゴプニクで煙草をくゆらせているミナミになったつもりで分析する。


「電源室か、何か心当たりはあるかい?私はこういうのさっぱりでね。クズ拾いさんたちの、お手並み拝見と行かせてもらうよ」


「任せてください、こういうのは得意ですから」


「さすがだね」


酉武とりたけ遊園地には、必ず自家発電装置と電源室が用意されているはずです」


 それはなぜか?地震や突発的な災害で、外部からの電源が遮断されて、遊園地で動く遊具が全て止まってしまえば、機械の中に人間が閉じ込められてしまう。だから非常用電源と切り替えの為の配電装置は必ずある。僕はそういったことを説明する。


「なるほど、そもそも無かったらどうしようと思ってたけど、それなら確実に存在するわけだ」

「ネリーは私とバディになる前イルマの人とクズ拾いの真似をしてたって言ってたから、やっぱりそういうのには詳しいんだね」


「そうですね、ネリーさんは客から隠された場所にあると言っていましたし、結構注意深く、あたりを見てますよね」


 ネリーさんにクズ拾いとしての経験や観察力があるなら安心してよさそうだ。きっと、彼女なりに心当たりがあるのだろう。それなら、こっちもこっちなりの心当たりを探ろう。


 非常用電源は、遊園地全体のすべてをまかなう電源でなくても良い。順番で稼働させ、係員によって避難誘導すればいいからだ。だからそこまで巨大ではない。

 そういった発電装置は通常、ディーゼル燃料で動く。物を燃やすなら換気が必要だ。ならば、おそらく地下にはない。地上にある可能性が高い。


「地上、だとすると遊具施設の近くはどうです?様々な手間を考えれば、遊具機械アトラクションの近くにあった方が良い」


「なるほど、あり得そうですね。なら……ここらあたりかな、と」


 僕は衛兵隊の情報ハブで事前に共有されていた、航空撮影地図を表示する。

 園内の通路を歩く客に見えない、地上にあり、発電機と燃料タンクが入る大きさ、そういった条件を満たす場所。そうするといくつかの候補が出てくる。


 プールの端っこにあるコンクリート製の建物はどうだ?しかしこれは近くにいくつもの白いタンクが見える。この建物は、浄水施設の可能性が高い。もう一つは……

 観覧車と、メリーゴーランド等の大型の遊具に囲まれた三角形の土地。木々に囲まれているその中に小さな建物がある。この建物がかなり疑わしいな。


「ここが発電施設じゃないかと思います。先ほどの条件をすべて満たしますし」


 僕は顔を見上げて、周りを見る、するといつもいるはずの顔が居ない。


 あれ?ウララさんがいない?


 彼女は、いつの間にか僕たちの傍を離れ、塔の入り口、自動ドアの端から外を覗いていた。勝手にどこかに行くなんて、いつもの彼女らしくない、何をしているんだ?

 僕の視線に気が付くと、ウララは、ばつが悪そうにする。


「ワンちゃんがいました~」


「ブラックドッグが居たってことかい?」


「違うと思いまっす、茶色くて、ふわっとして、優しそうな感じだったです!」


 僕とカイさんは顔を見合わせる。


「誰かの飼い犬……?救難信号の主の飼い犬ですかね?」


「そうかもしれない。アンデッド化した犬なら、そこらの愚鈍な「なれ果て」には、そう後れを取らないし、相棒に犬を選ぶ人はたまに見るね」


 カイさんによると、戦争前、犬や猫なんかの寿命が短い愛玩用動物は、アンデッド化するのが流行っていたらしい。「愛犬を失う悲しみとはもうおさらば!」という、企業のキャッチコピーのもと、人々は死んだ生き物を飼った。


 カイさんは「まあ、それが良い事だったのか、本当のところは解らないけどね」と笑った。失う事と手にする喜びを天秤にかけることすら拒否する。

 まあ、そういう時代だったのだと苦笑していた。


 犬……気にはなるが、いまやるべきことは電源の復旧だ。

 まずはそちらから取り掛かるとしよう。

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