第28話 灰の森の戦い
『こちらラット、各分隊に次ぐ、雑魚は地雷で減らして、残りは近接に任せろ』
『各分隊長は大型を優先しろ。火力の集中は分隊単位で行え』
「
『
この状況でも衛兵隊は混乱してない、これくらいはいつもの事か?
正面からは虫型のなれ果てが見えるが、突っ込んでくるわけでもなく、まるでこちらの様子を伺っているようだ。
なれ果てならすぐにでも突っ込んできそうなものだが、いやな感じがする。
C分隊からの散発的な射撃を、前面に立っている角のある大型のカブトムシが引き受けている。流線形の曲線を描いた分厚い甲殻は、銃弾を受けてもびくともしていない。あれは資料にあった「カブト」だな、わかりやすい名前で何よりだ。
完全に役割分担しているな。カブトが前衛、クモの混ざったカマキリ、あいつらが斬り込み隊といったところだろう。しかし小型のダンゴムシみたいなのは何だ?あいつは資料に無い。何の役割を持っている?
『擲弾手は任意に発砲。分隊は反撃に備えろ』
「カイ、あのちっこいの見たことあるか?」
「いや、あれは初めて見ます。自分は飛行型が居ないのが気になります。」
「せやな、上空も見といた方が良さそうや。なんかやらかそうとしてるでアレは。」
あれが何なのか、ネリーたちも知らないのか。猛烈に嫌な予感がする。何故かというと、ぼくらと同じような役割分担を連中がしているからだ。
あれが軍用アンデッドのなれ果てなら、まさか、戦術を持っているのか?
ポンッポンッっという気の抜けた迫撃砲の発砲音から数秒おいて、昆虫たちの頭上で火球が爆ぜる。散弾と破片がカマキリたちの甲殻を貫いて地に伏せさせる。
それに対する、向こうからの答えはすぐに出た。
カマキリたちが小型の昆虫型アンデッドを咥えて、それをぽいっとC分隊の中に「投げ入れた」のだ。
ぱんっという風船がはじける音の後に悲鳴が上がる。
灰の世界の中に開いたオレンジ色の花。アレの体液だ。しかしそれはただの体液ではなかった。不幸にもそれをまともに浴びたものは、白い煙を上げて体が溶けだし、瞬く間に白い骨が露わになる。えげつない、肉を食うほどの強酸とは。
これで完全に確信が持てた。あいつらは僕たちの「真似」をしている!
「「アアアァァアア!!!」」
「灰をかけて落とせ!酸だ!」
上がった悲鳴に呼応するようにカブトが動き出す。その後ろには、十数体のカマキリがカブトを盾に続いているのが見える。いくらなんでも賢すぎるだろう?!
『総員、確固に射撃しろ。』
「フユ、100メートルから地雷に点火や。ケチってる場合と違うで。」
「了解!」
距離の目印にした樹木を超えるまで、僕はカブトの後ろに続いているカマキリに対して、軽機関銃で射撃を加える。焼夷弾はカマキリに十分に有効だ。神経が集中しているであろう腰の中心部分を狙う。
「タタタン」、「タタタン」と、引き金を引く時間を短く、細かく指切りをして、無駄弾を打たないようにする。
命中した弾丸はバチバチと甲殻を弾け飛ばして、体内に侵入して、その体を舐めまわすような黄色の炎を上げる。焼夷弾は化学的な燃焼なので、血と混ざったくらいでは消えない。熱で神経回りの蛋白質を変性させれば、大抵のアンデッドは死ぬ。
2つのロングマガジンを空にして、4体仕留めた。あまり効率は良くないな。装填している最中、連中の頭の上でウララの放った榴散弾が破裂した。おぉ!ど真ん中!4、5体は灰の中に埋まったぞ。
しかしその一撃を受けて、これ以上はいけないと悟ったのか、2体のカブトが身を沈め、弾けるように一気に駆けだしはじめたかとおもうと、C分隊めがけてぶち当たってきた。
C分隊の囚人は密集していた為逃げることも出来ず、雑多な長物の武器や斧槍を構えて槍衾のようにして前に向けたが、カブトの重量と加速の合わさった突進にはひとたまりもなく、ぐちゃりと潰され、隊列を完全に食い破られた。
しかし突進が行きすぎて、二体のカブトは背面を見せてしまう。
クズ拾いも衛兵も、それを見逃さなかった。
『こっちにケツを向けているぞ、向き直る前に始末しろ!』
一体は後ろを警戒していたケイジとライナさんがグレネードのトリックショットで始末した。信管を遅発に設定して、榴弾を地面に反跳させて、甲殻の薄い腹の下で爆発させたのだ。柔らかい灰の上でどうやったのか……、二人ともいい腕をしている。
更にもう片方のカブトは、A分隊の衛兵隊のスナイパーが放ったプラズマライフルの一撃で、甲殻の隙間を射貫かれて沈黙した。
プラズマライフルは、文字通りプラズマ化した弾体をぶつける銃だ。超高熱のプラズマが体内に入ると、瞬間的に体液が沸騰して爆ぜる。生半可な防御では防げず、誰もが等しくスクランブルエッグみたいな死体になる。
敵に使ってほしくない銃ナンバーワンだ。
ふう、と息をついた僕は、RPKのコッキングレバーを引く。あの2体が向き直ってこちらに突っ込んできたら、大変なことになるところだった。
カブトは死んだが、まだ終わっていない。わあっと横並びにスクラムを組んでカマキリたちが迫ってきている。C分隊はカブトに踏み荒らされてしまっていて、とてもあれには対応できない。少し早いと思ったが、僕は地雷に点火した。
ボンという音とともに灰が木々よりも高く舞い上がって、前方に向かって真っ白い煙の津波が巻き起こる。続いてパシパシと何かを叩くような音。
加害範囲にいたカマキリは、ピストル弾を超える初速で発射された鉄球に、全身を撃ち抜かれて、腕や脚といった体の一部を失って灰の中に転がっている。
凄まじい威力だ。これを戦争中は人間相手に使っていたっていうんだから、まったくもって正気とは思えないな。
『C分隊、白兵戦に入ります!』
地雷で4体は始末したが、すべてのカマキリは始末できていない。撃ち漏らしはC分隊に接触して、白兵戦に突入した。ツンと尖った脚で負傷者を踏みしだいて、振り下ろされた斧槍を弾いて、その鋭い爪で突き返している。囚人の他にはまともな白兵戦装備を持って居るのは、4人の衛兵しかいない。銃を下げて軍刀で応戦しているが、押されている。
支援のために撃とうにも、射線上に誰かが居るので、こちらから撃つことはできない。白兵距離に入ったカマキリはネリーとカイに任せて、僕はまだこちらに接敵していない連中が白兵戦に加わらないようにした方が良い。ウララは迫撃砲弾を撃ち尽くしたのか、既にドリリングで射撃に参加している。
突如、空からブゥーンという音がして3体の大きなトンボと鳥が混ざったようなやつが頭上に現れた。脚にはダンゴムシを抱えている。左右にホバリングしながら移動していて、狙いが定まらない。
これは不味いと思ったその瞬間、ウララによって3体全てがドリリングから放たれた散弾ではたき落とされた。
シャーロックの再現映像の高速移動を見切ったあの時といい、彼女は本当に目がいいな……。
バリバリと騒音を立て、余りを撃っている僕にカマキリが寄って来るが、ネリーの蹴りで地面に倒されるとそのまま長剣で刺し貫かれて絶命する。その背後を襲いに来たもう一体は、カイさんの斧に腕を根元から斬り落とされ、それでも噛みつこうとした口に、盾のふちをぶちこまれ、何度も叩きつけられて、頭ごと砕かれる。
形勢は次第にこちらに傾いてくる。昆虫型アンデッドも確かに強いことは強いが、力の使い方を間違えている。C分隊なんかに構わず、真っ直ぐ左右どちらかに戦力を集中して片翼に包囲をかければよかったのだ。
戦術は見様見真似できているが、総合的な視点が欠けている。
これなら勝てるな。
30分ほどの戦闘の後、C分隊は10人以上が潰され、死屍累々だった。死体が混ざり合って、明確に何人が死んだのかまでは、ちょっとよくわからない。
A、Bの両分隊は無傷。隊全体で、大型2体と、20体以上の中型を仕留めた。
やはり囚人たちは、被害担当といった感じか。衛兵隊もなかなかにエグいな。
彼らが何をしたのか、僕には知る由もないが、虫たちに潰され、酸に焼かれ、切り裂かれないと償えないほどの罪だったとは、とても思えない。
僕らアンデッドに神は居ないが、それでも冥福を祈らずにはいられない。
死ぬためのだけの存在だとしても、必要とされるのならば、求められ、蘇生させられる。それがアンデッドというモノだから。
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