第27話 ハチコクヤマへ

 装備を整えたその次の日。今、僕たちは灰の森に居る。


 森は航空博物館駅の南西にあり、以前はハチコクヤマと呼ばれていた場所になる。山、と言うが、実際にはただの丘だ。勾配が緩いのは助かるが、下草と樹木が密で、見通しはかなり悪い。

 この「灰の森」は、文字通り灰色のモノクロームの世界だった。まるで白黒映画の世界が現実になったみたいだ。地面は完全に灰に覆われてしまっていて、僕らの他に、色彩を持つ存在はいない。


 下草や低木は完全に灰をかぶってしまって、石のようになっている。いや、実際にもう石になっているのかもしれない。

 これらの植物なのか、鉱物かも定かでなくなったものたちは、ひどく脆い。

 指でつまんだだけでも粉々に砕けてしまう。

 こんな状況なのに、樹木は立ち枯れていない。「灰のまま」活きて、えているのだ。花すら咲いている。普通だったらどう考えても枯れているというのに。

 何でこうなっているのか、全く解らない。これも奇現象アノーマリーなのだろうか?

 だとすると、僕らは自分達から怪物の腹の中に入っていっているようなものだ。


 地面を踏みしめる度に、足元の灰が白い煙となって立ち上がり、体にまとわりつく。ガスマスクが必要な理由はこれだ。幸いに僕らのマスクは機能しているが、ここに入って1時間、既にフィルターが目詰まりを起こして、むせたり、咳をしている者も出てきた。


 僕らの脚運びは鈍く、遅い。それは背中に背負っている吸毒缶や靴にまとわりつくこの灰のせいだけではない。

 隊全体の移動が遅いのだ。原因は練度。僕は懲罰部隊の練度が、まさかここまで低いとは思っていなかった。


 現在、懲罰部隊は中央と左右の3つの隊に分かれている。

 中央のC分隊がもっとも人数が多く、左のA、右Bの分隊はその半分もない。左右の分隊は、部隊全体の火力支援を担当する火力支援チームだ。

 僕たちは右のB分隊に配属されている。メンバーは僕とウララ、ネリーさんとバディのカイさん。そしてケイジとライナというクズ拾いだ。この分隊に関しては問題はない。


 カイさんは男性のアンデッドで、中世の騎士の様な重装備に身を包み、ショットガンを携えているが、本当の獲物は背中に回された大型のシールドと戦斧だ。白兵戦特化で重装甲、つまりは僕らの守り手役をしてくれている。

 ケイジとライナさんは中装備のライフルマンで、上半身を覆う都市迷彩のボディアーマーに、僕らと同じく装甲の付いたガスマスクといういで立ちだ。獲物は突撃銃だが、僕のより近代化されていて、グレネードランチャーが追加されている。装備からすると、なかなかのベテランだ、何でこの人たちが懲罰部隊にいるんだろうか?……まあ、人のことは言えないが。


 左のA分隊はすべての人員が衛兵隊で構成された分隊で、ラットという大尉さんが5人の衛兵を率いている。彼は懲罰部隊全体の指揮官でもある。

 ネリーさんが「ウチらが死んだらBの指揮はラットに任せろ」と言っているので、恐らく頼りになるのだろう。こちらも統制に問題はない、「OZ」と同レベルかそれ以上だ。


 大問題なのが中央のCだ。20人の囚人に、4人の衛兵が付いているのだが、衛兵はともかく、懲罰を受けている兵の質が低い。

 どれぐらいやる気がないかというと、絶対に締め切りを守れといわれた書類を無くして、締め切りの日にそれを言ってくるようなタイプが集まっている。


 だらだらとまっすぐ歩かないわ、ゴミをポイ捨てするわ、銃口の先を気にせず武器を振り回すわ、目を覆いたくなるレベルのひどさだ。

 支給されている武器も良くはない。スクラップを溶接した斧槍だったり、水道管を使ったパイプ銃だ。経済的理由で揃えられないのかというとそうでもなく、服は小奇麗だったりする。わからない、アンデッドでも死ぬときは死ぬというのに。

 ネリーが言う、懲罰部隊の半分は帰ってこないというのも頷ける。


 しかしこれだけの大所帯を、不明なビーコンから発せられる救難信号の調査に割く理由が僕には不思議だったが、ネリーによると、それは物のついでらしい。

 この「灰の森」をこえた向こうには、「タマ」と「サヤマ」の2つの人工湖があって、かつてはこの地域の水源地になっていた。衛兵隊はそこから水を引きたがっているのだ。しかしハチコクヤマのアンデッドを駆除しないと、パイプラインを敷設する作業ができない。なので定期的に懲罰部隊を中心に戦力を出して、敵対的なアンデッドを間引いているのだそうだ。

 つまり彼らは公共事業の為の、尊い犠牲という訳だ。

 多少は意義のある自殺任務でよかったというべきか?


 少なくとも、ネリーの組んだ分隊から察するに、僕とウララは「あちら側」には組み込まれてない。まったく、クソ不味いゲロ味のキャンディーの中に、1個だけ好物のイチゴ味が入っていた。そんな感じの幸運だね。


 はあ、とため息をついて、空から雪のように降ってくる灰を恨めしく見上げる。

 どこから来ているのかは知らないが、この灰、武器も痛めそうだな。銃の動作する部分にはグリスが塗られている。その油がひかれている部分に、粒も見えない灰が溜まって、白くなっている。僕は銃を拭って、積もった灰を落とす。

 部品同士のかみ合いに余裕のある、東側設計の銃器でよかった。西側の高級時計の様に緻密な構造の銃は、この灰の森ではすぐに駄目になるだろう。


 ――ガサリ、という音がして思考が中断される。

 前方の茂みにいたのは、低木と同じくらいの背丈の昆虫型アンデッドだ。何とも形容しがたい、実に異様な風体をしている。

 絵の下手な人がうろ覚えで描いたクモに、さらに別の誰かが、名前だけ知ってるカマキリを描き足した。例えるならそんな感じのアンデッドだ。


 こいつは資料でみたやつだ、そのまんま「カマキリ」と呼ばれる、昆虫型の軍用アンデッドだ。完全に野生化していて、ハチコクヤマに棲みついてるそうだ。

 武器は両手の尖ったツルハシの様な爪。これで獲物を突き刺し動けなくして、ノコギリみたいなアゴで噛みついて、肉を貪るという塩梅だ。


 さて、こういった時、まずラット大尉が判断を行う。

 隊長とは、まず第一に、配下の分隊員への指示と、他の分隊長とのコミュケーションを行う事が求められる。目標に焦点を当て、隊を結束させる。通常ならば。


 だが、兵の方からコミュニケーションを放棄するのであれば、この限りではない。


「「撃て撃てー!やっちまぇー!」」


 C分隊が勝手に撃ち始めてしまった。

 パンという音から少し遅れて、パパンパパパパンと不揃いな射撃音。

 全く統制の取れてない散発的な射撃に眩暈めまいがしてくる。


「エンゲージ!左右両隊は警戒!機銃手は指示を待て!」


 ラット大尉から指示が出る。僕は、膝立ちの姿勢になって前方を警戒する。姿勢を変えると、慣性で肘にずしりと来るな。


「射撃やめ!射撃やめ!」

 大尉が叫ぶが、C分隊の射撃が止まない。駄目だこりゃ。全員に竹槍でも持たせておいた方がまだマシだったんじゃないか?


「ウララ!こちらに弾をくれ!」


「はいでっす!」


 予備弾薬の入ったキャンバス製のバッグを受け取って、灰色の地面に置く。

 この射撃音に連中がわらわらと集まってくるはずだ。前方からのなれ果ては僕とウララで押しとどめなくてはいけない。

 マガジンに入っている弾は全部で500発だ。予備弾はあるが、戦闘中に空になったマガジンに弾を入れている暇はない。実質的にはこれが全てだ。


「ケイジとライナは側面と背面の警戒や!カイはウチに付け、Cから漏れてきた連中をしばくで!」


「「了解!」」


 ウララは分隊の擲弾手だ。軽迫撃砲を据付すえつけして、焼夷弾と榴散弾でもって小物を一掃してもらわないといけない。だから今回ばかりは、いつものように援護はしてくれない。自分の事は自分でやらねば。

 遠間に見える虫型のなれ果てが、灰に近い紫色の血を流して倒れた。たった一体のアンデッド、それに何十発の弾を使ったのだろう。


「お!あたったぜ!」

「バカ言え!当たったのは俺の弾だよ!」

「まてよ、トドメはオレの弾だぞ?」


 囚人たちはバカ騒ぎをしている。ねえ、本当にこの人たち連れてくる必要あった?泣きそうなんだけど。


B分隊ブラボー、地雷を敷設しろ!でかいのが来てるぞ!』

「了解や、12時、3時、6時に敷設させるで」


 ウララは動けないので、僕が代わりに12時の方向に指向性地雷を配置する。支給されたのは2つ。大事に使わないといけないな。こいつは遠隔操作で爆発させて、前方に2000個の鉄球をばらまく対集団用の凶悪な奴だ。数を頼りに押し寄せてくる連中相手には、最高の兵器だ。


「地雷配置しました、点火具をチェックします。敵発見、正面に昆虫型、大型2、中型8ないし10、まだ増えてる。小型も来てます。」


大型はカブトムシがトラックくらいのサイズになったやつなのだが、そいつが石になった木々を粉々に砕いて、がさがさ音を立ててと迫ってきている。


 僕はそれを見ながら地雷の敷設を行う。積もった灰のために、地面が柔らかく不安定だ。地雷の水平性がなかなか維持できない。半分ヤケクソだが、弾薬を入れていたキャンバスバッグを地面に敷いて、その上に地雷を固定した。


 クソッ……手が震える、焦るな。通電チェック、いいぞ、問題なし。


「点火具チェックよし、B分隊12時、敷設完了しました。何時でも起動できます」


『こちらラット、グッジョブだ、点火のタイミングはそちらに任せる』


「普段よりちと多いわ、ま、守るだけ守るから、観念しいや」


 ネリーはそういうと、持っていたライフルを背に回して、大型のハンドガンを片手に、もう一方に両刃の長剣を持ったスタイルになる。ネリーのバディのカイさんも背中に据えていた体の大半を覆う分厚いシールドを利き腕の右に持って、一体成型の金属製の戦斧を軽く振り、握りを確かめて、戦いに備える。


「ネリーと行くと、いつもこうなりますね」

 戦斧と盾を構えたカイさんは、ネリーと背中合わせになって僕らの中央に立つ。


「頼りにしてるで、カイくん」


 クズ拾いのケイジとライナさんは、突撃銃の銃身下に付けられたアタッチメントのグレネードランチャーに榴弾を装填している。

 衛兵隊の人たちが僕らを守り、僕たちクズ拾いは、近寄って来るやつらを撃ち倒すのが役目だ。さて、終わるまでに何人生き残れるかな?

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