第26話 馬車馬歩槍公司

 衛兵隊のネリーと懲罰部隊の集合時間などの打ち合わせをした後、僕らはビルのエレベーターを使って、工房があるという別の階へ行った。


 ホテル・プロペラのフロントでも聞いた。「馬車馬歩槍公司」だ。

 その工房内は、ちょっとした工場のようだった。


 緑や青の塗装が剥げかかった工作機械が等間隔で並んでいて、その間を縫うように、大量のダンボールやコンテナが置かれている。

 その様子ときたら、まるで隙間という隙間が憎いようだ。


 ほんの少しでも空間があれば、そこに多種多様の箱が押し込まれている。

 弾薬箱の他にも、四角い箱であれば、お菓子の缶まで使っていた。それらは通路の方まではみ出していて、僕らみたいな客が踏み入る足の踏み場もない。


 その収納には奇想天外な創意工夫がなされていて、工房に何か……生命力に近いものすら感じる。僕は、割とこういうのが嫌いじゃない。


 まあ、黄色いビールケースの中に、ロケットランチャーの弾を並べて入れているのは流石にどうかと思うが。

 ……確かに似た形してるけどさ。


 工房の中では工作機械がガンガンまわって、金属を削っている。そのため外にいても、ガーガーギーギーと、やかましい事この上ない。僕はがなり立てる機械音と競い合うように、普段の二回ふたまわり以上大きい声で、工房の中に呼び掛けた。


「すみませーん、装甲服の修理依頼と、銃の調達をしたいんですけど!!!」


「テイ!呼んでるあるよ!」


「ワタチ忙しいね!鉄砲鍛冶はホァンの担当よ!あなたするよ!」


「も~しょうがないね!」


 がさがさとダンボールの密林をかき分けて現れたのは、僕と同じくらいの身長で、黄色い安全作業服と革エプロンを身にまとったアンデッドだった。

 彼がこげ茶色の保護バイザーを上げると、そこには人の良さそうな顔があった。

 なんだかナマズを彷彿とさせる、仙人みたいなヒゲをしている。


 先の会話から察するに、彼の名前はホァンさんというのだろうが、僕の心の中では、勝手に仙人と呼ばせてもらおう。


「お兄さん、なにがほしいね、いってごらんよ」


「えっと、装甲服の袖の修理と、『灰の森』用の保護具、それと焼夷弾を扱える軽機関銃が欲しいんですが、ありますか?」


「シシ、当たり前ね、ウチは本物のタフな仕事に使う、ワルでビッグな銃ばかりね」


「その言葉の訛り、ひょっとして、中国軍の方ですか?」


「元はそうね、店を始める前は中国軍で補給する将校してたあるよ。でも気にするないね。もう戦争は終わったね、敵も味方もないね」


「そうですね。 すみません、ちょっと気になっただけで特に意味はないんです。」


 僕は戦闘服の上着を預けると、ウララを通路に残して工房の中に入る。さすがにこの機械とパーツの密林の中に彼女は入れることはできない。

 ときおりこちらが気になっているのか、詰みあがったダンボールの城壁の向こうから、ちょこんと顔だけ出してこっちをうかがっている。


「灰の森にいくなら、こういうガスマスクでの対策が必要ね。どれくらい居るかによるけどね」


仙人は何も書かれていないダンボールのひとつから、防毒面をとりだす。ゴム製のマスクで、目の部分には透明なアクリル板がはめられている。

 これぞガスマスクといった、実にオーソドックスなタイプだね。


「うーん、6時間以上とみてます。戦闘用のシールド付きマスクってあります?」


「もちろんあるよ。しかし長いね。それだけ長い時間だと、フィルターは背中に背負うタイプのがいいね。」


 ホァンさんはまるでイルマの消防士が使うような、ごっついガスマスクを出して来た。バイザーの前には鋼の棒が格子状についていて、衝突や打撃からは多少保護してくれそうだ。ただ、つなげるフィルターは手提げカバンくらいある。大きすぎない?


「二人分ください。装甲服は今着てる奴の袖を治してほしいんですが」


「いいよ、服の修理する間、機関銃選ぶといいね。ウチにはいろいろあるね」


 仙人は僕から装甲服を預かると、それを助手に預ける。

 そして箱をどけて道を作ると、いくつもの銃器が壁に固定されている場所に僕を誘った。いうだけあって色々と並んでいる。古めかしい両大戦時の者から、冷戦期のもの、またはその後の時代で名銃とされた者たちが、雑然と並べられている。


「こっちからこっちが、焼夷弾使えるね。こっちからは安物だからプロにはおすすめしないあるね。うちはちゃんと設計通り作って、横着してないから頑丈よ」


 仙人は僕が見るべき場所を教えてくれた。雑に並んでいるようで、彼の中では整ってるんだな。さて、いろいろあり過ぎて困るな。条件を考えて絞り込むか。


 うーん、ボックスタイプは100発以上装填できるけど、それだけ重いし、100発も弾をベルトでつなげれば、必ずどこかしら取れるので、面倒が多い。

 ロングマガジンタイプにしようかな?45発マガジンが主流だけど、ドラム型の大型弾倉にすれば70発は撃てるし。


 それと5.56mmから、弾薬のサイズを2ランク上げよう。

 7.62×39mmの焼夷弾を使うなら……うん、ならこの銃がいい。


 僕はアサルトライフルが、そのまま大型化したような銃を手に取る。

 その銃には、長大なバナナ型のマガジンが挿入され、銃身に地上に固定するための2脚が付いている。ストックやグリップは樹脂製で、多少軽量化の努力が見えるが、それでも今まで使ってたものに比べて重い。


 これはRPKアルパカという軽機関銃だ。空撃ちしてみるが、ちょっとトリガーの引きが長いか?フルオート状態でトリガーの引きをコントロールして、単射するのはすこし難しそうだ。弾をばらまくだけなら、大した問題ではないけれど。


「それにするね?」


「あ、はい。これにしようと思います。これ用のドラムマガジンってありますか?」


「それ人気だからね、一人2個までよ。」


「じゃあ試射いいですか?たぶんこれを買うと思うので、ドラムマガジンは2個ください。ロングマガジンは6、いや8本で」


「シシ、毎度ありね。試射場は緑のすりガラスのドアの先よ」


 ……あっそうだ、試射はウララさんも一緒にしないといけないな。

 僕が負傷したり、最悪死んだら、彼女が機関銃手を担当することになる。だから、一回は使わせておかないといけない。


 ダンボール箱の隙間でぴこぴこ動いている銀髪を見つけた僕は、彼女をダンボールの城壁から連れだして、試射場までいった。


 試射場は3レーンあって、20Mほど先にターゲットが置いてあった。僕は45発の弾が入るロングマガジンを挿して装填、20M先のヒト型の紙に銃口を向けてみる。

 なるほど、普通のライフルに慣れた僕には重いな。


 RPKは照準器が備え付けの金属製部品、アイアンサイトで狙いをつけるモノだったので、これも交換してもらうとしよう。

 アイアンサイトは狙う目標の下が銃で隠れて、視界外の反応が悪くなる。

 これはちょっとよろしくない。


 なのでホァンさんに要望して、四角い金属の筒にガラスが嵌められ、中央に赤い光点が投影されている照準器を載せてもらう。これはホログラフィックスという。

 この照準器は視界を邪魔せず、動く目標に対して狙いやすくなるので、きっと役に立つはずだ。

 

 調整してもらった後、再度狙う。うん、視界がクリアでいい感じだ。

 引き金を引いてみるが、遊びの先の引っ掛かりが軽い。すっと引ける。

 タタンッとちょっと引っかかるような銃声は、独特のものがある。重量のおかげでその反動はマイルドで、使い心地に悪い感じはしない。

 撃つたびに破裂した空気が、上着を脱いだ体に直にあたるのだが、これがなんとも心地よい。


 続けて撃つ。さっきより長く引き金を引くと、照準が上にずり上がった。銃口のコントロールにはやや難ありだが、今使っている突撃銃よりは、まだ大人しい。


「どうね?お客さん良い目してるね、それいい銃ある」


「重い以外には普通過ぎて、面白味が無いと感じるくらいには使いやすいですね」


「シシ、それいい事よ。変な癖つかないからね」


「ウララさんも、使って見てくれない?僕の代わりに、機関銃手をお願いするかもしれないからさ」


「はいでっす!」


 僕はウララに操作を説明して、渡した後にワンマガジン射撃させてみる。

 ――なるほど……。


 ウララがRPKを使う姿を見て、彼女は意外と機関銃手に向いてるなと思った。

 僕との体重差のせいだと思うが、連射しても体幹のブレがない。扱いに関しては、たぶん僕よりうまくできるかもしれない。


「そろそろお茶のじかんね。クズ拾いさん、良かったら飲んでくかい?」


「せっかくですから、ご一緒します」

「ご一緒しますでっす!」


 この工房はテイさんとホァンさんの二人の他、何人かの助手で回しているようだった。僕は白い湯気の立つ黄緑色のお茶をすすると、気にかかっていた事を切り出してみた。


「ホァンさんたちは中国軍だったんですよね?ここに落ち着くまで、当時何があったんです?」


 僕たちは戦争が起きた時のことは、詳しくは知らない。

 廃墟の崩壊した商店や民家、そういった瓦礫から見つかるのは、新聞やチラシ、ポスターなんかの断片的な情報だ。当時になにがあったのか知らない。

 だから、立ち入った話になるといっても、その興味を抑えるのが難しかった。それに、僕たちが関与している事に役立つ可能性もある。


「どこから話したものかね……、2085年の夏、イン将軍の大12不死軍団。私たちは、そのA集団にいたよ。」


「そうそう、新潟から上陸して、関越トンネルを抜けて東京の中心部まで進軍する、『東京急行作戦』に参加してたあるよ。あの時は大尉だったある。」


「上陸はうまくいったあるが、その後の行軍でひたすらに空爆を受けたね」


 ホァンはそのナマズの様な白髭を、指でつまんでとかしながら続けた。


「ようやくたどり着いた関越トンネルで、初めて日防軍と本格的な戦闘になったある。突破目前にトンネルが爆破されて、後方にいた私も生き埋め寸前にあったね」


「前衛はみんなトンネルに埋まったか、戦いでやられたか……まあともかくA集団は緒戦で戦闘能力を著しく失ったある」


「トンネルが両軍の墓場になった後、何度か山越えを試みて、ようやくA集団が関東に進出したとき、海の方に大きなキノコ雲が上がってるのが見えたある。」


「そのころのA集団の数は、もう最初の半分の半分以下だったね。補給はとうに無かったから、戦場でスクラップ同然の武器をかき集めて、直せそうなものから直す。私の鉄砲鍛冶としての技術はその時身についたモノね」


「イン将軍はそんな時でも、自分の取り分はとっていたあるね」


「将軍は、どんなものを貯めこんでたんです?」


「貴金属にアルコールやドラッグ、不正や戦争犯罪の証拠、そんな類ね。イン将軍に限らず、肩についた星が多い連中や、肩書が長ったらしい連中に共通した、ある種の動物的な習性ある」


「なるほど、よくある話ですね。ここに落ち着いたのは、戦争が終わってから?」


「終わってた、って言った方が正しいあるね。核爆弾が落ちる前から、戦争はとっくに終わってたある。どちら側も、勝ち方はおろか、負け方もわからなくなってたね」


「本国の補給も無くなると、もう物資を取引できるのは敵だった連中くらいしかいないある。階級を持つやつより、モノを直したり探し出すことのできる、そういうやつらの方が力を持ってくるある」


「なるほど、じゃあ最初のクズ拾いは、あなたや彼らだったんですね」


「そうかもしれないあるね。商標を登録していたら今頃大金持ちだったかもしれないよ。」


「ホァンさんは私たちの大先輩だったんですね~!」


「だから、イン将軍は先見の明があったとも言えるあるね。たんまり物資の詰まったバンカーを、両の手では数えられないくらいに持ってたある」


「ホァンさんの商売の元手は、そのイン将軍のバンカーの一つですね?」


「シシ!!その通りあるね、私がここで商売する元手になったたくさんの中の一つよ。でも一番価値あるのは修理の腕ね。これはいくら売っても、減るどころか増えていくある」


 イン将軍のバンカーか。まるで海賊の宝島みたいな話だ。

 こういうのは、ちょっとロマンのある話でワクワクするね。

 

 僕は修理の済んだ戦闘服を受け取ると、装備と弾薬などの補給品を検品して、軍票を支払った。馬車馬歩槍公司の装備は、質実剛健で僕好みだ。

 これからも、ひいきにさせてもらおうとおもう。

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