第23話 今までの事を整理しよう

※少し長くなってしまいましたが、フユによる推理、SF描写パートです。追記、ネクロマンシーとネクロマンサーの説明をちょっと丁寧に※



ウララがお風呂に行った後、僕はこれまでの事を整理することにした。

 いろんなことが短期間でありすぎて、僕の頭では理解が追い付いていない。


 僕は部屋に備え付けの紙とペンが無いか、見回って探す。

 クズ拾いとして廃墟を歩くようになって2年たつが、僕をここまで生き永らえさせたのは、多分「問題を整理する」というこの習慣だとおもう。


 問題が与えられ、その「答え」を探す。僕たちは大体このようにしてひとつの正解に向かうための思考法を自然と身に着ける。


 しかし思考法の核心は答えを得ることではない。

 「問い」自体を探すことだ。


 廃墟で日常的に発生する問題は、明確な「問い」になっているわけではない。

 問い自体が複雑に絡み合っていたり、「ぼくらアンデッドとは何か」のようにすぐには答えられない大きすぎる問いだってある。


 そういった問題を解くには、答えを求める価値のある問いを探して、整理する事が必要だ。大きすぎる問いに対しては、小さな問いに分解してしまう。


 そして、全てを同時に考えることはできない。優先順位を決めて、一つ一つの答えを探していくことが重要になってくる。


 あまりに普通過ぎる主張だが、考えることの始点は、「問いの発見」だ。


 さて、この作業には昔ながらの紙とペンが最適だ。腕を動かさないとなぜかしっくりこない。電話横にあったそれらを使わせてもらって、つらつらと思いついた単語を書いていくことにする。


 では問題を整理していこう。

 まず僕の頭の中で渦巻いている疑問は大きく3つだ。


 ひとつ、「あの白いなれ果てはなんだったのか?」


 ふたつ、「ブラックドックを潰したこの赤いスピネルは何なのか?」


 みっつ、「ネクロマンサーとアガルタとは何なのか?」


 とにかく、雑念はいらない。無心になって問題と向き合う。

 まず、「あの白いなれ果てはなんだったのか?」から行こう。

 つまり、「白い何か」と、「なれ果て」だ。


(クスクス……ソノママジャナイ)


 そうだ、なれ果ては、僕の知っている情報だと、自我の薄まったアンデッドだ。

 飢餓や損傷で機能不全を起こすことによって自我が薄まり、さながら動物のようになって、他のアンデッドを襲うようになる。


 なれ果ての目的はアンデッドの殺害、のちに摂食すること。アンデッドだけではなく、死亡した「なれ果て」も摂食の対象となる。大型化したグール、肥満体のブローターみたいなやつらが、なれ果てが喰う事に執着していることを示している。


 喰う事でまじりあってしまうと、もはや再生槽で肉体を再生しても自我が戻らない。薄く混ざり合って、どれが本当の自我なのか、わからなくなるからだそうだ。


 人口密集地に集まる傾向があったり、過去の習慣に関係する反応をしたり、音や光に反応するのはアンデッドという獲物を得るための習性と見るべきか?


 なれ果ての目的は、大型のなれ果てになることが目的なのか?いや、これは結果に過ぎない。目的ならば、なれ果て同士で同化すればいい。


 喰う、という行為自体が目的なのか?だったら何故、アンデッドを襲う?普通に考えれば植物や農園の作物、廃墟にある食料を漁ったらいいはずだ。それらは抵抗したりしないのだから。


 ではアンデッドの中にあるモノを求めている?なんだ?わからない。魂や血肉を求めている?ゾンビ映画ならあり得そうではあるが……。


 いや待てよ、なれ果ては自我が薄まってなれ果てになっている。となると「自我」を取り戻そうとしてアンデッドを襲っているのか?


 突拍子もないが繋がりそうだ。しかし、交じり合ったなれ果てから自我を取り戻したアンデッドは存在しな……いや、いる、「赤耳」だ。彼は最期に僕と会話できた。


 彼は自身の肉体の崩壊と共に、自我が崩壊する瞬間に僕と会話していた。となると他人の自我を肉体の摂食を介して継ぎ足すことは自身の自我を取り戻すことにはつながらない。


 取り戻せるのは、死の瞬間、自我が揮発するその瞬間ということになる。


 にもかかわらず、なれ果ては不毛な摂食を続けていることになる。これは何故か?

 ――仮説としては、なれ果ては自我を取り戻したいが、自我が薄くなってしまったために、その方法がわからない。といったところか……?


 あとは「光のような声で騒ぐ」か。これに関しては、僕はなれ果ての声をまだ聞いたことが無いから、一体何と関係しているのか、それがよくわからない。

 もし聞くことができたなら、真実に近づけそうだが。


 推測だらけだが、なれ果てに対して解ったことは以上だ。


 〇なれ果ては自我を持つアンデッドを、自身の自我を取り戻すために襲い掛かる。


 ひとまずこう仮定しておこう。


 そして白い何か、ウララの農場を襲った奴ら。こいつらの特性はアンデッドの血液を白く汚染し、仲間を増やせるということだ。増殖、これが奴らの目的か?

 増殖の方法は自我を汚染しての乗っ取りだろうか?僕の手に侵入してきた時に感じたあの感覚。あのまま放っていたら別の何かになる、そんな危機感を感じた。


 目的は増殖。恐らくそうだろう。繁殖は生物の原始的欲求だ。そうなると白い何かは、アンデッドではなくウイルスか何か、新しい生物種、ということになるが。


 アンデッドを駆逐可能な生物種、そんなものを必要とするのは、アンデッド以外の存在、つまり生きた人間だ。だが僕は生きた人間など見たことが無い。

 妥当な線だと、戦前の政府が用意した兵器か何かか?とてもあり得そうだ。だとすると、事態はかなり深刻なものになる。


 どこかにある秘密の研究施設から、対アンデッド用の最終兵器のウイルスが漏洩した。うん、筋としては通る。あとは裏付けが出来れば完璧だな。

 これについては推測でしかないが、白い何かについてわかることは以上だ。


〇白い何かはアンデッドを別の何かにする為に存在する。――これは事実だ。


 ここで先のなれ果ての情報とつながる。

 なれ果ては自我のあるアンデッドを求める。つまり白い何かの運び屋にするのには、なれ果てが最適ということだ。


 わぁ――なんだかすごいことになっちゃったぞ。


 明らかに僕個人の手に負える規模の事件じゃないよ。

 これは衛兵隊のステラさんに相談すべき案件だ。という訳で、この問題に僕たちはこれ以上関与しないことにする。依頼となったら話は別だが。


 ……いや、ウララはそうじゃないかもしれない。僕たちはこれ以上関与しない、という点については保留だな。


 つぎに、ブラックドックを潰したこの赤いスピネルは何なのか?ということだ。


 バッグの中からあのスピネルを取り出してみる。初めて見た時にあったはまだ戻って無いな。もしかして使い切り、か?


 すこし残念だけど、それはそれで助かる。これはもうただの宝石として、売ってしまえるという事だから。


 しかしそうでない場合、例えばもやの充填に一週間はかかったとしても、あんなことができるのであれば、非常ニ役ニ立ツ道具ダ。周りの人間、つまり知リ合イをミンチにスル危険を差し引いたとシテモ……?


 僕は頭を左右に振って、妙な思考を振り払う。


 バカなことを考えるんじゃない。こいつの安全な廃棄方法がわからないから持ち続けるんだ。ウララがこいつのせいで死んだらどうする?


(……)


 さて、こいつに関しては不明な点ばかりで推測しかできないが、恐らくは奇現象に関係している物体だ。


 奇現象は自我崩壊、つまり大型アンデッドが派手に死んだときに、自身が持つ自我が周りの物体に染み出して、よくわからない災害を引き起こす現象だ。

 僕らアンデッドは自我を再現する装置、つまりモノなので、その自我の力が強い大型アンデッドは、散らばった時に周りに滅茶苦茶な自我を伝播させて、破壊や絶望のイメージを実体化させてしまう。奇現象とは大体そんなイメージだ。


 この宝石は、大型のなれ果て、その自我が崩壊した際に発生する奇現象に由来している。それは間違いないだろう。「赤耳」がその体を吹き飛ばされ、自我を維持できなくなって奇現象の発生を伴う自我崩壊をおこした。そしてその影響範囲に居た、僕の体の中に生まれた。ここまでは事実だ。


 本来だったら僕もそれに巻き込まれて死んでる。だけどオズマの使った未知の方法で、ティムールとウララと一緒にギリギリで助かった。


 ここから先は推測だ。赤耳の死体の後に湧いてた奇現象、仮に「浮石」とでもしておこうか。たぶんだけど、あの奇現象に入った時と同じことがブラックドッグに起きたんじゃないか?あの時、何かを放り込む事を試さなかったのが悔やまれるな。


 いや駄目だ、瓦礫みたいな硬いものが、あの時の犬のように破裂したら、手榴弾と同じだ。今度からは迂闊に試さないように気を付けよう。


 大型のなれ果ての自我崩壊の影響範囲に居たら、奇現象を再現する遺物レリックが手に入る。言葉で書くと非常に魅力的かもしれないが、正直言って核爆弾を持ち歩くようなものだ。

 これを手に入れたのも事故みたいなものなんだ。これっきりにしたいな。


奇現象の遺物レリックについて解るのは以上だな。


遺物レリック奇現象アノーマリーを再現できる物質。発動方、使用回数などの条件は不明。


遺物レリックの入手には大型のなれ果ての自我崩壊にアンデッドが巻き込まれる必要がある。多くはその死と引き換えに手に入るだろう。


 こう分析すると、本当にろくでもない。

 

 最期に、ネクロマンサーとアガルタについてだ。これは一番手が付けられない疑問だ。今までに手に入った情報がほとんどないと言ってもいい。

 なので情報は多くが推測だ。会ったこともないし。


 ネクロマンサーを考えてみよう。彼らネクロマンサーは、肉体操作技術ネクロマンシーというアンデッドを制作する技術を使えるものたちの事だ。


 肉体操作技術ネクロマンシーの事をもう一度確認してみよう。それはつまりモノであった僕たちに自我を与え、思考して動くようにする技術だ。


 イルマで一度だけ、アンデッドを作るところを見学させてもらったことがあるが、人の形をした肉が自我を得る段階で少しずつ、のっぺりとしたヒト型からくっきりとした人の形になっていっていた。


 その時の作業員は、彼にとっての世界の解像度が上がっていると言っていた。作業員自体も意味がわかっていなかったらしいが。


 肉体操作技術ネクロマンシーはえらく底知れなく不気味だが、それを疑問なく受け容れている僕たちもどうかしているな。まるで……いや、やめておこう。


 ネクロマンサー自体が居なくても、一度工場を作れば、肉体操作技術ネクロマンシーを知らなくても、アンデッドを作るという作業はできる。


 損傷がひどくなって動かなくなったら再生槽で修理する。これも恐らく肉体操作技術ネクロマンシーが絡んだ技術だ。


 僕たちは銃を作れないけど、銃を使うことはできる。前者の施設と作業員はそういった関係性だ。だからアンデッド工場、再生槽を操業している者はネクロマンサーではない。


 ネクロマンサーはもっと根本的なこと、つまりを肉体操作技術ネクロマンシーを理解していて、工場の中で何が起きているか理解している者たちだ。


そういったネクロマンサーは、現在地上にある街や軍施設を建築、維持している存在でもある。会うことができるアンデッドはごく少数。


 ごく一部のお気に入りか、彼らが手ずからに作り出した者たちくらいか。


 そして、防衛医科大学ではネクロマンサーが養成されていた。


 ならその多くは、戦争中は軍に所属して、何かしらのポジションについていた者のはずだ。だから衛兵隊とのつながりも深い。


 たぶん、政権中枢にいたネクロマンサーも存在しているかもしれない。

 恐らく今の世界では、一番人間に近い存在と言ってもいいんじゃないか?


 元軍隊の衛兵隊を中心として、今の秩序を作り出したのはネクロマンサーだ。僕らは彼らの庇護があるから、なれ果てや暴走を続ける軍用アンデッドに怯えることなく、安全地帯で暮らすことができている。そういっても過言ではない。


 オズマは肉体操作技術ネクロマンシーとネクロマンサーの業の間に横たわる深い谷、それこそが「アガルタ」だとほのめかしていた。


 正直言ってアガルタに関しては何のことかわからない。なので、新しい情報が入るまで、これについては、これ以上言及しないことにする。


 ネクロマンサーとアガルタについて、今わかることはこれだけだ。


〇ネクロマンサーはアンデッドを作りだし、今の世界秩序を維持している。


肉体操作技術ネクロマンシーとネクロマンサーの関係から生じたものがアガルタ。


 こんなところだろうか。わからないことを、「わからない」と断言して、思考から外すことができて、大分頭の中がすっきりした。


 しかし改めて思う。白いなれ果ては現行のアンデッドが暮らす、地上の秩序を滅ぼしかねないものだ。そこまでして、アンデッドを何に変えようとしているのか?

 ここまでする目的は何だ…?


(チガウヨ……)


 そうだ、ちがう、これは手段じゃない、こっちが目的だ。


 見落としがあった。

 つまり、なれ果てを白い何かのキャリアとして選択したのは、今の時代の存在だ。


 今の時代に、高度な生命科学技術と、肉体操作技術ネクロマンシーにアクセスできる存在。そんなものは僕の知る限り、ネクロマンサー以外にはいない。


 ――おい、それは……、ちょっとまてよ……。


 ぞっとした。それは白いなれ果てにアンデッドが滅ぼされるからではない。


 ネクロマンサーだけが作り得るものが、僕らを滅ぼす。

 それが意味する事だ。つまり――


 僕らは、庇護者たるネクロマンサー、その誰かに「見限られた」のでは?

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