第22話 ホテル・プロペラ
駅ビルの中は夜にもかかわらず結構な人でごったがえしている。夜になると寝静まってしまうイルマとは本当に対照的だ、この街はむしろ夜が本番なのかもな。
ホテルに向かう道すがらに屋台を探すが、多すぎて逆に困るくらいだった。
肉や揚げ物なんかの軽食に、色取り取りのジュースやお茶なんかの飲み物、どれを手に取ったものか、目移りしてしまう。
「あ、アレなんかどうですー?」
ウララが興味をしめしたのは、ピンク色のカラフルなソーダだ。注がれたその上に香草と、切ったレモンが添えられている。なかなかお洒落な代物だ。
外の世界があれだけハチャメチャになっているのに、意外とこういうものがあるのが、本当に意味がわからないよな。
アンデッドの主食が
値段は……4000円。一杯で突撃銃のワンマガジンくらいか、なら普通よりちょっとお買い得だね。たまにはこういうのを買ってもいいでしょ。
屋台はピンク色を基調に、グリーンを差し色にした布の屋根で飾られている。布の端っこは丸く雲状に切られていて、ファンシーで夢見がちな感じだ。
にもかかわらず、屋台でジュースを作っているのは、こんなジュースよりも串焼きを作るのが似合いそうな、いかつい感じの兄ちゃんだ、ちょっと面白いな。
「二つください。あ、イルマの軍票って使えます?」
「ウチは軍票ならアメリカのだって使えるよ、あんたら他所から来た人だね」
「はいでっす!トコロザワはキラキラしてて楽しいですねー!」
「でしょー?嬉しいからお嬢ちゃんにはアイスクリームおまけしちゃう!そっちの目つきの悪い兄ちゃんは彼氏?」
目つきは悪いは余計だろう。第一、僕はウララの彼氏ではない。
「ちがいまっす!フユさんは師匠で相棒でっすよ~!」
「じゃあ、お師匠さんにもアイスクリームをサービスだ!今後ともよろしく!」
期待してたわけではないが、ウララさんにそう断言されると、僕の心のヒットポイントがティリリリリンという音と共に、ぎゅーんと減っていく。いや、彼女は悪くないんだけどね?すべては僕の心の弱さのせいです。
レモンの酸っぱさのせいか、人生の酸っぱさのせいか、僕の目じりに涙が浮かぶ。ええいこんちくしょう。あ、でもソーダはモモの味がしておいしいわ。
その後、僕らは屋台の並んでいる通りを抜けて、メインの道からはちょっと外れた場所にある、「ホテル・プロペラ」の前についた。
しかし、ホテルに入ろうとすると、入り口前に立っていた、飛行服みたいなデザインの装甲服を着た用心棒に止められてしまった。
彼は手に持った短機関銃の銃口がこちらに向かないように気を付けながら前を塞ぐ。
「おい待てよ、銃持ったその恰好で入ろうっていうんじゃないだろうな。うちはカタギなんだぞ」
「あ、やっぱ駄目ですよね?」
「せめてもうちょっと血を落としてくれ。一体何があったんだよそれ?」
「目の前で3体のブラックドックが爆発しまして」
「えぇ……」
「チェックインの用意はやってやるから、とりあえず勝手口の方からランドリーに入って諸々預けてくれ。そのナリで中を歩き回られたらかなわん」
「すいません、ご親切にどうも」
こういう時の為の対応も含めた傭兵稼業なんだろうなぁ。と思いつつ僕らは勝手口の方から回ってホテルに入ることになった。
客商売してるホテルマンが「あっちにまわれ」的な事はなかなか言いずらいだろうし、こういうとこの傭兵さんはいろいろと大変そうだね。
ランドリーで服を脱ぐついでに、ポケットからブラックドッグを破裂させる心当たりのあるモノを取り出す。僕の腕に入っていた、赤いスピネルだ。
スピネルを光にかざしてみてみる。あの時のもやは、今は無い。
こいつのせいって考えるのがやっぱ妥当だよなぁ……。事故で周りの人間を弾けさせたら困るし、捨てるなり砕くなりするか?
――いや、それでもっとひどいことが起きる可能性も考えられるぞ。
すごい嫌だけど、今のところは現状維持として持ち続けるしかないか。
僕はスピネルをバッグに詰めて、服はバスケットに突っ込んで、ランドリーに預けることにした。
飛行服姿の傭兵が、僕らに代わりの服(と言っても浴衣だけど)と宿泊カードを持ってきてくれたので、それに着替えて、カードに僕らの名前をサインする。
ついでに支払いもここでやっておく。この傭兵さんも大変だなあ。
「セントールの泊まれる部屋は一室しかないから、使えるのはそこだけだってよ。鍵はこれな。」
「あ、どうも」
彼が渡してくれた鍵は、驚くぐらい古いものだった。
今となっては珍しいギザギザの付いたシリンダーキーに、銀色の鎖で部屋のナンバーが書かれた透明のアクリル棒が繋がれている。
うーん、旅の宿はかえってこういう方のがいいよね。自分の端末を登録して、一時的に部屋のカギにするのが主流だけど、あれは旅の特別感が無くて味気無い。
「なんかワクワクしますでっすね~、ささ、早くお部屋に行きましょー!」
「ね、ちゃんとしたところに泊まるの久しぶりだよ」
僕らはライムグリーンのカーペットにオレンジのライトがぽつぽつと点いている廊下を通って、ホテルの1階、奥の109号室に入った。
ドアを開けると、ウララが僕より先にすっと中に入って、何かを探しはじめる。ベッドの頭の方にあったソレを見つけた彼女は、つまみを回して電源を付けるとほっとした様子だった。
「ふぅ、ぎりぎり間に合ったです~!」
「へぇ、イルマのラジオってここでも入るんだね」
ラジオからはイルマラジオの夜の番組が流れている。何かそわそわしだしたと思ったら、「月面海兵隊」の放送時間が迫ってたからか。
『2269年、月に降り立ったアーサー大尉が率いる月面海兵隊は、正義のために今日も戦い続ける。 今週のエピソードは、賢者の海に眠る秘密――』
ウララはラジオに
これは僕が先に体を洗った方がよさそうだ。
彼女をそのままにして、お風呂場の中に入った僕は驚かされることになる。
風呂桶がデカイのだ。それも規格外に。どんだけデカいかというと、お湯が満杯の状態で入ると、どうみても水が僕の頭の上に来る。
スロープで湯舟に入るようになってるし、深さだけで言えば、ちょっとしたプールだよ。ひと部屋しかないわけだ。
浴衣を脱いで、血や汚れを落とす。ホチキスで縫合した右手を見ると、もうだいぶ馴染んでいるようだ。左右比べても、だいぶ僕の手の形になってきている。
便利だけどちょっと怖いよね。他人の腕を付けたのに、そのうち自分の腕の形になるとか。
体を修理して入れ替える、そうした自分は自分なのか?そんな「テセウスの船」なんて話もあるけど、ちょっとした傷まで含めて、元の船の形にモニョモニョ再生する木材なんてものは、その話では想定はしてないだろう。
僕は温かいお湯で体を洗うことができて、久しぶりに生きた心地というのを感じた。アンデッドだというのに生きた心地というのは、まったく奇妙な話だけど。
湯舟は……半分くらい入れて浸かってみるか。
『つまり、ドームにその超能力者、ルナが眠っていると? そうだともアーサー、奴は孤独に蝕まれて、全てを憎むようになった。』
「……」
『それは俺の正義ではないぞビョルン。彼女の孤独を癒すためにできることをしよう。まさか、何をするつもりだアーサー!!――』
入浴中、ウララが聞いているラジオの音声が所々耳に入ってくる。彼女があれほどラジオが好きなら、今度、携帯ラジオでも探そうかな。
湯船から上がって、体を流してバスルームを出ると、ちょうど番組が終わって音楽が流れているところだった。ウララはというとベッドの横でちょこんと香箱座りをして、曲に聞き入っている。
『不毛の大地は再び花開くことを望んでいる♪
暗い星は過ぎた輝きを求めて♪
まだあの青い海を思い出そうとしている♪
この死んだ世界で♪~』
曲名は「死んだ世界の詩」。不吉な名前だが、そのじつ世界の再生を祈る歌だ。
戦前の生きた人間たちは想像もできないだろうが、これは戦後のアンデッドが作詞作曲して、歌っているのもアンデッドだ。
この世界に生きる者たちは、記録映像から昔の世界の姿を知っている。だけど取り返す方法を知らない。やるべきことは解る、だけど方法が無い。それを嘆いているといった内容の歌詞だ。
『おいおい辛気臭いなぁ!今日は何かが楽しくない……すべてが悲しい、そんな時は周波数810「ザ・ビースト」に合わせてくれよな!ガォー!』
「あ! この声、セクノフォンさんです~!」
「えぇ! あの人こんな喋り方できるんだ!?」
僕たちに依頼の話をした、あの時の丁寧な話し方の彼からは、まったく想像もできないフランクさと「いい声」だ。
『通常の番組編成を変更して、ニュースの時間だ。トコロザワの防衛医科大学を占拠していた野盗の集団が、何者かに排除されたようだ。目撃者は大学から走り去る歩行戦車を見たとのことだ。誰かは知らないが、お前ら、イイ仕事をしたなッ!』
二人して顔を見合わせた。もう誰かの知るところになっていたのか?
僕はホテル備え付けの冷蔵庫から飲み物を取り出す、もうこの際だ、贅沢したっていいだろう。
『おっと、残り物を漁ろうと考えるクズ拾いは、考えを改めた方がいいぞ? 野盗の死体目当てのなれ果てがウジャウジャいるそうだからな。 警告はしたぜぇ?』
僕とウララは炭酸飲料を開けて、お互いに缶をくっつけて乾杯した。
――誰かに認められるということが、こんなに気分がいいとは!
(周波数810「
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