第二章 拾ったのは、きっと誰かの宝物だから
第21話 航空博物館駅
衛兵隊の女兵士、ネリーは気が立っていた。
その理由は、装備の充実した野盗が、この近辺に拠点を構えたこと。さらに最悪なのが、最上位の賞金首まで目撃されたことだ。
奴らがまとまって攻撃を仕掛けてきたら、こんな駅はひとたまりもない。連中が砂の様にまとまりがない為に、助かっているだけだ。
彼女はこの危険な状況を放置する衛兵隊指導部に、不信感すら覚えていた。
イルマからトコロザワの中心部である「航空博物館駅」に増援にきたはいいものの、することは監視、監視、また監視だ。
彼女はこの鬱屈した気分を変えるために、重ヘルメットを外すことにした。
戦国時代の兜を彷彿とさせる首後ろの装甲板を押し上げて、リリースボタンを押し、閉鎖呼吸サイクルを解除する。外気の入ってくる「フシュ」という音と共に、ヘルメットを頭に固定している部分が外れた。
体の感覚はほとんどない。だからせめて、顔だけでも夜風に触れたかった。
ヘルメットの中から現れたのはショートボブの金髪、しかし後頭部にあるべき髪の毛や頭蓋はなく、切り取れたように大きく空いている。彼女の後頭部には、頭蓋骨の代わりに多面体のワイヤーフレームがあり、拡張脊髄と脳髄を保護している。
それらは首後ろの冷却フィンに熱交換器で繋がっていて、フィンは夜の街の光を受けて、青みがかった冷たい銀色に染まっていた。
彼女は形のいい唇を曲げて笑う。
ああ!なんと心地よい事か!夜風よ今夜もありがとう!
蝋のような白い肌に、形のいい鼻、透明感のあるヒスイ色の瞳。
ネリーは何処から見ても、美人といって良い。ただし、それは顔だけだ。
彼女の体はほぼ義体化されている。アンデッドにパワーアーマーを着せるより、機械の体に直接アンデッドの神経や脳髄をのせて、無駄を省いてはどうか?
そういうコンセプトで作られた、かなりロボットよりのアンデッドなのだ。
その全身は虫の甲殻を思わせる黒鉄のプレートで覆われている。
そのデザインからは、発注者の剥き出しになった敵意と、それを解決しようとした設計者の狂気じみた合理性を感じとれる。
彼女は今、駅舎と廃墟を隔てる隔壁の近くで警戒についていた。
と言っても、地上に突っ立っているわけではない。ビルの窓拭き用の大型ゴンドラを利用した簡易拠点の中で、自動砲と呼ばれるライフルの形状をした大砲を携えて、前方の廃墟を延々と監視しているのだ。
装甲を追加された物々しいゴンドラは、クレーンで吊るされていて、中にはネリーの愛用している自動砲の予備弾薬、軍用無線機、ビールや軽食なんかまである。
後は私物の短波ラジオ。これが無かったらとっくに逃げ出していただろう。
――ふと、ネリーは前方に違和感を感じた。
何か来よったなあ。
彼女はその魔女の爪のように尖った手指を持つ義手で『大阪砲兵工廠』と印字されたクソ重い板状の安全装置を引っ張って解除する。
ガチャリという音がして、トリガーが僅かに前に進んでロックから解放された。
床に二脚を立て、愛用の20㎜自動砲を据え置く。
この銃の射程は2キロ以上ある。それに加えて、弾頭には炸薬がたんまり充填されている。そこらのなれ果ての脳髄を、ハナクソと混ぜ合わせてヨーグルトみたいにするのは、この砲にとって造作も無いことだ。
――さーて、何が来とるんかな?
★★★
トコロザワの鉄道駅舎に到達した僕たち一行は、その血濡れになった格好のせいでちょっとした問題を起こしてしまった。
僕らを見た衛兵隊の女の人が肝をつぶして、警報を出してしまったのだ。すぐ誤解と分かったものの、めちゃめちゃに怒られてしまった。
その後はレールカーから担架で降ろされていくゴトウを、ササキさんと見送った。
彼は片腕と指をいくつか無くしたようだが、命に別状はなかった。しかし、その傷の怒りが僕たちに向くのは間違いない。ここで問題が起きないといいが。
護衛依頼の終了の手続きは、ササキさんの立ち合いのもと、衛兵隊の窓口で滞りなく行われた。少しくもりがちな僕らの様子を気遣ってか、レールカーを倉庫に預けると、ササキさんは僕らをとある場所まで連れて行ってくれた。
「まあ、映えスポットって奴かな?」
駅舎には6本から8本のレールが通っていて、それを横切るように、ライムグリーンで塗装された大きな鋼鉄製の陸橋がある。そしてその陸橋から見えたものに声を上げた。天井からぶら下げられているのは、いくつもの飛行機だ。
その中の一つを娯楽映像で見たことがある、あれは「零式
今から大体200年以上前に、この国で作られた戦闘機だ。
他にもぶら下げられているものがある。エンジンが一つの単発機だけでなく、二つ付いた双発機まである。駅に来たときはてんやわんやで気が付かなかったな。
「わぁー!飛行機です~!きれいな緑色ですねー!」
「本物なんですか、あれって?」
「うん、本物だよ。戦争で博物館の展示から、地下倉庫に避難させられていたのを、発掘してこっちに持ってきたんだ」
「トコロザワはこの国の飛行機発祥の地でね、ゼロ戦とか、こういった飛行機がよく見つかるのさ。」
「へぇ……あれってまだ飛べたりするんですかね?」
「飛べるらしいよ、でもさすがにそれを試すには貴重な品すぎるからね、飛ばしたことはないみたい。そうだ、ここにきた記念に、写真を取ってあげようか」
「お願いしますでっす!フユさんこっちこっち!」
「え~血まみれのまま映るのぉ?いいけどぉ?」
僕とウララの端末を使って、ササキさんがぼくらの写真を撮ってくれた。しかし、服が所々血に染まってるから、まるでハロウィンの仮装みたいだな。
「航空博物館駅にようこそ! トコロザワは、イルマや他の街に比べて、娯楽の多い場所だから、楽しんでいくといいよ」
「えぇー!楽しみでっす!」
「ウララさん、ここに来た目的を忘れちゃだめだよ」
「ははは、それじゃあ僕はもう行くよ、またどこかで会えたら」
「ええ、その時はよろしくお願いします」
「ばいばいですー!」
ササキさんと別れた僕たちは、夜も更けてきたので泊まる場所を探すことにする。
装備はブラックドッグの血でえらい汚れているし、結構長い時間廃墟を移動して体力も消耗しているので、とにかくどこかで休んでおきたい。
ラグ.アンド.ボーンズは親父が適当に部屋を使わせてくれるけど、こっちは知り合いがいないから、普通にホテルを探すしかないだろうな。
あとはここ最近、ほんの数日の事なのに、起きたことが濃密すぎる。
僕の頭の中は(?)でいっぱいだ。
白いなれ果てとは?ネクロマンサーとは?アガルタとは?奇現象とは?他にもいろいろこの世界には謎があり過ぎる。
言葉に書き留めて起きたことを整理しておかないと、なんかそのうち訳が分からなくなりそうだし。今まで分かったことをまとめる時間もとらないといけないな。
その時はウララにも手伝ってもらおう。
僕らは緑の陸橋を渡って、駅舎の隣りにあるビルに向かった。昔の複合商業施設、いわゆる駅ビルというやつを、アンデッドたちが好き放題に改造した建物だ。
スクラップを使って作られた間に合わせの案内看板には、ビルの中にある施設の事が書かれている。ゲームセンターに映画館や劇場、ホテルにレストラン、キャバレーやダンスクラブにカジノまである。
すごいなここ。人間が発明した娯楽の大体が揃ってるんじゃないか?
イルマにも娯楽施設が無いわけではないが、ここまでの充実はしていない。
それに人出もまるでちがう。夜だというのに昼のイルマみたいに、大勢の歩いているアンデッドを見る。これが不夜城ってやつかね?
「すごい栄えてるみたいだね、イルマとはちょっと違う雰囲気だけど」
「工房とかがないですね~?鉄橋の向かい側になるんですかねー?」
確かに、見てみるとクズ拾い用の施設はないな。補給大丈夫かな……?
とはいえ、ゴトウのような職人がいるのだから、全くないということはないはずだ。ホテルに入ったらそこのフロントで聞いてみるか。
「あ、このホテルとかどうでっすか~?お城みたいでかわいいです!」
ウララが案内板に張られているホテルの紹介写真の一つを指さす。ピンクのお城。うん、間違いなく異性同士、たまに同姓がご休憩する用の奴だ。まあ、そういう機能もちのアンデッドもいるからあまり言いたくはないが、なんでこんなのが必要なんだよ!?
「……これは止めておこう、もうちょっとこう、普通の落ち着いた雰囲気ので!」
「えー?かわいいとおもうんですけど~?」
「めっです!駄目なものはダメです!」
僕はウララが選んだのとは別のホテル、まだもうすこし一般向けっぽい方の見た目をした「ホテル・プロペラ」に今日の宿を取ることにした。
航空博物館駅っぽく、古風な木製の2枚プロペラが、ホテルのトレードマークになっているようだ。
場所はここからそう遠くないな。
向かうついでに。周囲に何かあるか、見回ってみるか。
ウララのために、ドリンクが飲める屋台でもあればうれしいけどなぁ。
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