第20話 今度こそトコロザワへ
野盗派閥、「OZ」のリーダーのオズマは、その心の機微の理解が難しいアンデッドだったが、どうやら僕の答えは彼女に認められたらしい。
防衛医科大学を出た僕たちはオズマに乗って、戦闘騒音を聞きつけて周囲に集まってきたなれ果てたちをかわしながら彼女の拠点へと向かった。
列車を改造した野盗の拠点に戻ると、レールカーはとうに車止めを外され、出発の準備を終えていた。
スキンクの告げ口によると、職人のゴトウは、ササキと違って僕らの事を疑っていたようだ。恐らく野盗とつながりのあるクズ拾いに騙されたとでも思ったのだろう。
一方、ササキのほうは事も無げに僕らの帰りを受け入れていた。
ゴトウの「よい銃が手に入ったようですね」という言葉に、レーザー銃を失っていた僕は若干腹が立ったが、彼にはそれが皮肉かどうかもわからないのだ。僕は「そうですね」とだけ言ってレールカーのレバーを手にして漕ぎだした。
――レバーを漕いで前を見て居れば、彼の顔を見ずに済む。
我ながら理不尽な怒りだとはおもうが……。
タタンタタン――タタンタタン――とレールの継ぎ目を乗り越える音が鳴る。
道草のために完全に日は落ちてしまっている。
レールカーは懐中電灯を束ねたものをヘッドライト代わりにしており、それは車載ライトとしては不十分で、ひどく見通しが悪い。あと10分もせずにトコロザワにつけるはずだが、先の見えない線路はその道のりをやたらに遠くに感じさせる。
レバーを漕ぐのはササキだ。ウララに右を任せ、僕は背後を警戒している。
ふと、レールカーが軋む音に何か別の音が交じっているのに気づいた。
闇の中からカチカチという金属同士が触れ合う音が聞こえる。――なんだ?銃を音のするそちらに向けて、安全装置を下げる。
音はするがその正体が見えない。僕は左胸にぶら下げているL字型のフラッシュライトのつまみを回して光量を上げた。
ライトが照らす先にはこちらに走り寄る巨大な犬。体毛は薄く真っ黒で、闇に溶け込むようだが、その目だけがライトの光を受け赤く光っている。
先ほどからするカチカチという音は、その犬の爪が線路の下の敷石に触れている音だった。
「――6字方向、背後にブラック・ドッグだ!!」
僕は叫んでレールカーの上の全員に状況を伝える。
ブラックドッグはその名が表す通り黒い犬だ。普通の犬とちがうのは、その体高が1M程はあり、人間よりも大きいということだ。
敗兵の掃討に使われる軍用アンデッドが野生化したもので、動物並の知性しか持たないが、その危険性は見た目通りに高い。
夜間に現れてはその素早い足で近寄ってきて、不運な犠牲者を
突撃銃の、ひとつ30発が入ったマガジンを空になるまで射撃する。
―タタタタタッっと連続的な音が反響しながら暗闇に包まれた線路上に響く。
――駄目だ、浅い!
つやつやとした黒い体躯に10数発の5.56㎜弾が当たりはするが、小口径弾では、黒犬の厚い皮膚と強靭な筋繊維に対しては浅い傷しかつかない。がっしりとした手足をもぎ取ることが出来ず、出血で殺すこともできない。
「再装填する!!援護を!」
「援護しますでっす!」
ウララが僕のリロードの援護に入って、間髪入れずドリリングのライフルを放つ。装甲車を貫通可能な大口径弾で頭から尻にかけて射貫かれた黒い犬は、赤い飛沫を放射状に線路に散らばらせて、ごろごろと転がって視界から消える。
こいつらには小口径の突撃銃より、大口径のライフルや、ショットガンの方が有効みたいだ。僕の使っている銃ではちょっと分が悪い。
――最初の1体は斥候のようだった。レールカーの背後に新たに3体のブラックドッグが照らし出される。まだその奥にも何か動くものがある、やはり群れで来たか。
「あんたらがグズグズするから!」
ゴトウは闇の中に水道管から作られたリボルバー銃を撃つが、犬は闇と光の境界を行ったり来たりして、その体躯に狙いを定めさせない。
「当たらない銃を撃つくらいなら
ササキの絶叫がレールカーの上にひびき、漕ぎ手が二人になる。
二人でレバーを
「こりゃ着剣した方がよさそうだ」
そういってホルダーに刺さっているはずのナイフを探すが、ない。
しまったと思った。僕のナイフは白いライカンに突き刺した後、核爆発で蒸発したのだった。
モノリス刀を抜いて左手に逆手にもって、奴らの乗りつけに備える。
リロードした突撃銃でもう一体のブラックドックに射撃を加えるが、突撃銃の反動がきつくて、連射だとまともにコントロールできない。なので単発に切り替えて、胸郭の付け根あたりを狙って射撃を加える。
普段、ウララの動きに見慣れているのが役に立った。馬と犬の動きというのは同じ4足でも違うが、その中でも共通する背骨の動きに気付けた。
犬というのは、前肢で方向を定めて、後ろ足の蹴り足で一気に加速する走り方だ。この動きは左右対称だ。それに比してウララは左右非対称の側対歩で走る。
しかし両者共通の部分がある。胴体の動きだ。背骨に付属するあばらに動きを制限されて、背中のバネを使っていても、胸郭の縦の動きが小さいのだ。意外と胸のみぞおち辺りというのは動くようで動かない。狙いどころはここだな。
何も考えずにぼんやりと胴体を全体を撃つのと、集中すべきところが解って撃つのでは明確に差が出る。
僕の放った突撃銃の弾のうち、20数発が胸に命中する。それだけ当てればこの豆鉄砲でも流石にくたばってくれる。
「よし、2体目!!装填する!!」
「はいでっす!!」
「「――アァォオォォーゴボポポッ」」
ブラックドックたちは遠吠えを上げると、最後の方にうがいの様なゴボゴボとした音を上げる。そして次に頭が割れた。
割れた頭からは2枚の金属製のブレードが伸びてブンブンと振り回される。乱舞する刃は線路のレールと当たるとチンっという音と一緒に火花を散らしているのだが、その火花はライトの届かない所でも起きて、いくつもの頭の割れたブラックドッグの姿を闇夜の中に浮き上がらせる。
……えぇぇ……さすがに引くわ。
ウララの放つ散弾もたまに刃にあたって弾かれる。これは厄介どころじゃない。
でもあのブレードは逆に使えるな。
「ウララ!ボーラを!」
「ひとつしかないでっす!」
「使っちゃおう!」
ウララはボーラを投げる。一本の鋼線の両端に
投げつけられたボーラは一体のブラックドッグの頭の刃に絡みつくと、鋼線が絡まってハチャメチャに頭が振り回されてしまい、周りの犬を巻き込んで転倒する羽目になった。
2、3体は足止めできたか?
――ふう、そう息をつきそうになったその時、隣で叫び声が上がる。
僕が叫び声のした方を見ると、ゴトウがブラックドッグに噛みつかれ、レールカーの上で滅茶滅茶に血肉をまき散らしている。
「ああぁぁぁー助けて!」
もう顔もわからないぐらいに真っ赤になっている。クソ!!
下手に銃を撃つと貫通してしまう。モノリス刀で黒い犬の首元を刺して、レールカーのくぼみに足を引っかけて踏ん張り、肘をいっぱいに伸ばして斜め上に引き裂く。
首の筋肉を引き裂かれた犬は、顎を閉じれなくなった。そのまま肩で押してやると、思ったより簡単にレールカーから落ちていった。
足元の床といわず、もうそこいら中が両者の血だらけで地獄絵図だ。
「リロードしまっす!」
どうしてこうなった?!ああそうだ、僕たちの所為だな!!
「――フユさん!後ろ!」ササキが叫ぶ――
あ、これ終わったわ。
僕の瞳には、3体のブラックドッグがその刃を振り乱して、レールカーに乗り上げる瞬間が映っていた。ゆっくりと時が流れる。
ウララは装填中――僕の銃は、3体は相手できない、止め――
奴らがレールカーに足をかけ8の字で互い違いに振り回されるブレードを僕に届かせようとした、まさにその瞬間だった。
一瞬音が消えた。まるで透明な壁に当たったように目の前で三体の黒い犬が静止して、1秒か2秒そのまま浮いた後、刹那、何かの花が咲くようにぱぁっと弾けた。
錆色のレールカーと僕らを、バケツをひっくり返したような血しぶきで染めた後は、キィキィというレバーの音だけが暗闇の世界に残っていた。
僕も含めてみな唖然として目を丸くしている。
ライトに付いた犬の血を拭いながら、心の中では頭を抱える他なかった。
――もう疑問が増えるのはたくさんなんだけど?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます