第19話 オズマの天秤

「ウララさん……が、……僕のことを憎んで……?」

 僕は朦朧もうろうとした意識で、優しい声のライカンに言われたことを繰り返していた。


「はいでっす!ちょーにくんでまっす!」

 目の前にはウララさんの背中があった。

 なんで……


「打ち上げの時!!フユさん一人だけパクパクお刺身たべたですー!」

 ……ん?


「ウララさん!?」

「はい?」


「ごめん……なさい」

「わかればいいですよ~っ」

ちょーニクって聞こえたぜ!?どこどこ!?」


 会話自体も恥ずかしかったが、僕の状態も恥ずかしいことになっていた。

 銃を背負うためのスリングをおんぶ紐みたいにして、子供をおんぶするみたいに、ウララの背に乗せられていたからだ。

 気絶されてそのままにはしておけなかったんだろうけど、全員にこれを見られてるって、これは気恥ずかしいな……ああ、つんつんしないでウララさん。


「もう大丈夫だと思うから、降ろしてもらって良いかな?」


「手がないんだからあんまりむりすんなよー?一本取れただけでもけっこーふらつくぜ?」


「あんまり世話になってばかりもいられないか、ら、ねっ」


 ティムールの言う通り、降りるて地面に自分の足で立つと、ちょっと体がふらつく。早く代わりを探さないとな。でも一体何が起きたんだ?


 部屋の中を見回すと、その一角に奇現象アノーマリーが発生していた。そのたもとにはパワーアーマーの下半身がある。

 そうか、大型アンデッドの自我が崩壊したから、それでか。


 奇現象は重力異常のようだった。瓦礫や白いライカンと野盗の死体、それに周囲の細々としたゴミが、時が止まったように静止して浮いている。

 あまり近づかない方が良いな、あんな風に体が浮いてしまったら、足も地面につけられないし、一度つかまったら逃れられなくなりそうだ。


「そうだ、オズマさんは?」


「なれ果てさんの使ってたコンピューターを調べにいきましたです~」


「ここら辺のものだったら、じゆーにしていいって言ってたぜ!でも、肉は食うなって言われた!!でもへーき……ごめん、やっぱ、つれぇわ!!」


「そりゃ、つれぇでしょうよ……でもあの肉は絶対食わない方が良いと思うよ」


「かー!!つれえわー!!」


 濡れた子猫のような悲しみの顔から、でも我慢する私えらいみたいな、ちょっと自慢気な感じの顔になったりと、ティムールのテンションの高低がなんがかやたらに激しい。戦いのすぐ後だから、たかぶってるのかな。


「自由にしてはいいとは言っても、ね。」


 僕はあたりを見る、半分くらいは僕らの所為せいだが、爆発と銃撃でえらいことになっていた。死体と壊れた装備にひしゃげた家具、天井はぶち抜かれてケーブルやら配管やらがジャングルのツタみたいに垂れさがっている。

 使えそうなものが無いか見て回るが、野盗の武器はグシャグシャに潰されているか白い血で汚れるかしているので、とても持って帰る気になれない。


「この部屋でもって帰るだけの価値があるものはなさそうだね。穴の開いた靴下の方がまだ役に立ちそうだ」


「こっちの部屋はどうですか~?なんかお薬と機械がいっぱいありましたー!」

 広間を隔てた所からウララの声が聞こえた。


「爆音でなれ果てが寄ってきてるかもしれないんだから、一人でいっちゃだめだよ」


 コンピューターの方はオズマに任せよう。色々細工されるかもしれないが、どちらにせよ僕にはどうにもできない。

 ……必要な情報が手に入ったので騙して悪いが始末する。

 そんなのが頭をよぎらないでもなかったが、それならウララが一人になった時点で実行しているだろう。まだ信頼していいはずだ。たぶん。


 彼女を注意した僕は、突撃銃の薬室を軽く開いて、弾丸の装填を確認した後、ティムールを伴ってそちらへ行く。セントールの大きな尻を見せて、中で何やらごそごそしている部屋の廊下には、かすれた文字で品質管理棟とあった。

 謎肉の串焼きを出している胡散臭いイルマ城塞の屋台を見るように、いぶかしげに中に入る僕。

 そんな僕に対して、ぴょんと銀色の髪を跳ねさせて振り返ったウララは、手に持った戦利品を見せつけた。


「見てください~これ、結構良い奴じゃないですかー?」


 ウララがパカパカと開いて僕に見せびらかしたのは、青色のケースに入ったアンデッド用の医療キットだった。箱の大きさは文庫本くらい。内容は止血帯を始めに疑似血漿にヒドラ材、縫合用の道具や固定具なんかもある。とりわけこの中で貴重なのはスティム刺激剤だ。僕でさえ廃墟の中で一回しか見たことが無い。


「お手柄だねウララ! 野盗のわりにこれは貴重なものを貯めこんでるなあー。」

「わぁ、そんなにいいやつですか~?」

「特にこれがね」


僕は目薬くらいの大きさのスティムを手に取って、それをウララに示す。


「このスティムは再生を刺激する注射で、顔が抉られたり、胸を裂かれて肋骨が何本かいかれたってときに使うものだよ。ようは取り換えの効かない部分の治療薬だね」


「エリクサーですね~使わないで、のこしちゃうやつー!」


「どこで覚えたのそんな単語。いや、確かにそうか、野盗がそのまま残してるのも、案外そんな理由かもね」


 薬をウララのバッグにしまった僕は、あらためて部屋を観察する。

 部屋はちょっとした広さで、壁一面の薬品棚が要塞のように部屋を取り囲んでいる。部屋中央には薬品を調合するための近代的な作業台が3基もあり、台の上にはコンピュータとロボットアームに何に使うのかよくわからない金属製のシリンダーが据え付けられて並んでいた。貴重な物すぎて手を付けられないな。壊すのが怖い。

 奥には冷蔵室へと続く金属製の扉があった。片手で開けるのはつらいのでウララに扉を開けるのを手伝ってもらう。


 開けた先を見た僕は、これはティムールに見せられないな、と思った。

 冷蔵庫の中には、手、手、足、足、たまに胴、頭は数個しかない。

 錆一つないぴかぴかのミートフックには、ビニールでパッケージされた体の一部やそのものが大量にぶら下がっていた。

 

 そう言えばオズマの依頼書にあったなと。

 あの赤耳のライカンの戦利品の一つ、という訳だ。

 これは肘から先を失った僕には都合がいいな。返せと言ってくる相手がいるとも思えないし、一つ頂いていこう。


 僕は肘の止血帯を留めている結束バンドを外す。そうすると手の中に落ちるものがあった。


「……宝石?」


 僕の手の中に落ちたものは、四角錐しかくすいを2つくっつけた8面体の赤い宝石だ。血のように赤いスピネル、実際、僕の血からできてるのかもしれない。   

 部屋の蛍光灯にかざして見てみる。宝石の中では何かがモヤのように動いている。 気にかかるが、今は調べている場合ではない。後で詳しく調べることにきめて、包帯に包んでポケットに入れておく。


「サイズ合うのがあればいいんだけど」僕はまるで服を選ぶときみたいに手を選ぶ。


 うん、これでよさそうだ。僕はミートフックにかけられている手の一つを取るとヒドラ材を軽くつけて、ホチキスでバンバンと針を打って固定する。あとは包帯で巻いて固定しておけば、数日でこの手の元の持ち主の神経と筋肉を上書きして同化する。


 その他の大量のパーツはどうしようか?

 これだけあるのなら、一個くらいティムールにあげてしまうか?

 僕は適当な脚を包みからはがすとそれをティムールに見せる。


「お!肉じゃん!!いえーぃ!!」

「はらぺこタイガーにプレゼントだよ」


 前肢で地面に押さえつけて、ハフッハフッっと肉をちぎって食らう様はまさに虎だなあ。気持ちのいい食いっぷりだ。

 僕らはこの手足を見ても一切食欲がわかないけど、ライカン種はそうはいかないみたいだ。……そういえば、防衛医科大学に居る野盗は、人間に動物が足された姿をした者が多かったな。

 こういった僕らヒト型のアンデッドとは共存しづらい部分があるから、彼女らのようなライカン同士で、野盗としてつどってしまうのだろうか。


 「おかわり!!」

 ティムールはすっかり肉が無くなった、すねの骨を持ち上げて元気よく言う。


 うーん、お腹いっぱいで動けなくなったら困るなあ……あと一個だけね。


 僕らは部屋にあった使えそうな薬品や基剤、専門書をいくつか持って行くことにした。コンピュータやロボットアームのパーツと基盤を抜いていけばもっと儲かるだろうが、貴重な機材を破壊してまでやることではない。

 情報だけ売ればいい。情報は商品の中で一番軽いし、複数人に売れる。


 僕らは取るものを取ってオズマと合流することにした。折よく彼女も廊下に出てきたところだった。


「僕が話してくるよ」

「はいでっす~!」


 僕はウララたちに聞こえないようにして、オズマと話したいことがあった。

 彼女に近寄ると、オズマは歩行戦車の体なのにもかかわらず、器用にハァとため息をつくようなそぶりをした。


『目が覚めたのね。あの子たちをなだめるの、大変だったんだから。』


「……その節はお世話になりました、探索のほうですけど、こちらはこれくらいにしておこうと思います。そちらはどうでした?」


『悪くない収穫でしたわ。暗号化されてる部分は多いけど、解くのにそう時間はかからないですわね。……ひとつ聞きます、興味はございますかしら?』


「興味はある、と言ったら、その次には、仲間になれというのでは?」


『あらあら、そうした方が都合がいいと思いますけれど』


 僕は次にいうべき言葉を考える、でも下手に言葉をたぐったとしても彼女は真意をすぐにでも見透かしそうだった。なら率直に伝えるべきだろう。


「赤耳さんと同じく、オズマさんも、ネクロマンサーだったんですか?」


『いいえ、私はそうは望みませんでした。彼は違ったようですが』


「――ネクロマンサーって、アンデッドでもなれるものなんですか?」


『一部正解で全体では不正解ですわね。肉体操作技術ネクロマンシーは技術にしかすぎませんもの。教科書を読めば理解できる工学と同じ類のものですわ』


『……ですが、ネクロマンサーはヒトの業そのものですわ。両者を隔てている谷は、私が覗いてみても、闇しか見えないほどに底が深いものですのよ』


「では、その谷が『アガルタ』だと?」


『その先は、フユが先ほどの私の質問に答えてからですわ。……如何いかがかしら?』


 ……そうだなぁ。


    聞く

  ⇒ 聞かない


「……いや、やっぱり聞かないことにする。僕は野盗には入らないよ。衛兵隊の人達とも知り合いだし、オズマさんと、衛兵隊の人たちを天秤にかける事自体ができない。」


『あら、振られてしまいましたわね……心配なさらないでフユ。 貴方のお気持ちは石ころの私にもわかりますから』


 断られたというのに喜色を得るオズマの声、本当にこの人、よくわからないな。


『 私も、天国と地獄、どちらにも肩入れしたくありませんの。 そのどちらにも私の友人がございますので』


 なるほど、なら、死人が歩くこの地上は、さしずめ※煉獄れんごくだろうか。僕はそんなことを考えながら、みんなのところへ戻った。


※煉獄 天国には行けなかったが、地獄にも墜ちなかった人が行く中間的な所。

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