第18話 ライカン・ブリーチャー
野盗の出入りが激しかった場所、そこは病棟だった。激しい抵抗が予想されたにもかかわらず、一切の反撃はなかった。
野盗が後退したからではない。
土嚢と鉄板が組み合わされた陣地が放棄されている。その中に食い破られた野盗が転がっている。それもなぜか内側に向かって攻撃して倒れている。
「仲間割れ?なんでこんなときに?」
「フユ!なんかスッゲェうるさい奴がいる!」
「うるさいって、なれ果ての声の事?」
「おう!やべーくらい目がチカチカする!!」
この先になれ果てが……?
ティムールの反応を見るに、普通のなれ果てじゃない。
なんで連中がなれ果て、それもたぶん大型アンデッドに襲われてるんだ?
戦闘を始めた僕たちの方じゃなくて、何でこっちなんだ?
さらに病棟の廊下を進むと、僕は信じられない光景を目にすることになる。
高い天井、大きな広間の床に、いくつもの野盗の遺骸が転がっている。しかし、その中央にはまだ立っている者たちがいる。
パワーアーマーを着た野盗2人と白いなれ果てが戦っているのだ。
野盗の着ていたパワーアーマーは共食い整備と応急修理を繰り返したのか、衛兵隊のものより粗末な見た目だ。
だがそんなものでも、普通のなれ果てなら圧倒できる力があるはず。
しかし、銃は既に撃ちきったのか、空き缶くらいの薬莢と共に地面にうち捨てられている。野盗は銃の代わりに、
『アァアアァ!?』
だが戦っていた野盗は白いなれ果てに文字道理引きちぎられた。
ぶちぶちと音を立てて人工筋肉のフレームと装甲板がはじけ飛び、中からドロッとした内容物がこぼれ出てくる。
なれ果てに野盗の血が降り注ぐ、しかしその血は瞬く間に白に染まっていく。
牛乳のようになった血を浴びた白い体躯。しかし耳だけが赤くのこっている。それが何故かやたらに印象に残った。
『ヒィ!』
怯んで背を向けた野盗は、なれ果ての丸太のような腕に上半身を弾かれた。千切れた上体はきりもみになって明後日の方向に飛んでいき、壁にぶつかって金属と血肉の花を咲かせた。
――なんだあの規格外の怪力は!?
「「――ガァァァァア!!」」
身の丈は3Mはあるだろうか。その白いなれ果ての姿はすこし奇妙だった。
恐らくティムールや、クセノフォンさんと同じライカン種。哺乳類とヒトを組み合わせたアンデッドだ。
見た感じはゴシックホラーの人狼そのものだ。しかし異なる点もある。
その毛皮は鳥のような羽根と羽毛に覆われているのだ。その際立った白さと羽毛に覆われた体は、どことなく書物にある天使を想起させる。
それにしても全身を包む白い羽毛はともかく、血を白く染め上げるアンデッドなど聞いたことも、見たことも無い。あの特性、何か非常に嫌な予感がする。
――ここにいたって僕はやっと思いだした。
「ウララ、農場を襲ったのってあいつみたいな?」
「はいです、でもあんなに大きくなかったですー」
『くるわよ、おまけ付きでね』
「「――ウア……ア」」
床に広がった白い血が野盗の遺骸に届くと、大きく裂けた体のまま、遺骸が立ち上がった。切り裂かれたパワーアーマーの野盗も、どう見たって死んでるだろうっていう姿のまま起き上がる。
起き上がった連中はまだらに白い。なれ果て化してるとみて良いな。
アンデッドは体液を大きく失うと死ぬ。人間よりは頑丈のはずだが、それでも死ぬときは死ぬのだ。そんなアンデッドをなれ果てとはいえ、蘇らせる存在。
そんなものはネクロマンサーぐらいしか知らない。
『
「あの様子じゃ連絡先は交換できそうにないな、やっつけよう」
近寄ってくる野盗のなれ果てをオズマはシールドの一撃を加え弾き飛ばすと、その勢いを利用して、もう一方の腕で鋭い突きを放つ。
すでにボロボロだった野盗の体は、鋼鉄の拳の一撃でバラバラになる。
オズマは自身を盾とするように立ちはだかりながら、巧みな足捌きで雑魚の包囲を避ける位置にポジションを取る。
この分だと彼女に指示は必要ないな。
「近寄ってくる雑魚はティムールが排除、僕とウララが大きい奴をやる!」
「おっし任せな!」
「はいでっす~」
僕は白いライカンを狙ってレーザーを照射する、だが奴は避けた。
「うっそだろ!?」
凄まじい速さで地面を駆け、近寄ってくるのをみて、バックステップしてかわそうとするのだが、奴の踏み込みと、僕が曲げた膝をのばすタイミングがちょっとズレた。――あぁ、これはダメだと悟った。
次の瞬間、奴の爪が僕の右手を切り裂いた。とっさにレーザー銃の銃身を前に出したのだが、チタニウムの銃身ごと切り裂かれた。
「……ッ!?」
『さがって!』
オズマが白いライカンとの間に割り込んで、盾で払いのける。奴はその一撃も避けて距離を取った。続いて彼女が牽制で大型ショットガンを放つが、当たらない。
――声にならない声を上げて、手をみる。
瓦礫の中の釘やガラス片なんかでは、滅多に穴の開かない頑丈な手袋がぱっかりと裂け、手の平は中指の間から深く縦に割れていた。
そして赤い血が白く染まる瞬間をみた。
僕の中で別の声が聞こえる。音もなく、光を受けた時のように
「「ハイレタ……ハイレタ……!」」
「「デモ、チガウヨ……?チガウヨ……?」」
「「イイヨ……チガッテモ!」」
ウララは僕がバックパックに差していたモノリス刀をひったくる様に抜くと、何の迷いもなく、僕の右腕の肘から先を切り落とした。
生きたアンデッドにこの白い血が入ると何が起きるのか?
それを彼女は知っているのだろう。
「ヒドラ材を打ちます!代わりの腕を早く!」
「ほいよっ!!」
ティムールが地面に転がっている野盗の死体から、腕をちぎってこちらに寄越す。
僕はそれを受け取って、切断された箇所に継ぎ直す。ちょっとサイズが大きいが、まあいいだろう。ようやくアンデッド同士の戦いらしくなってきたじゃないか。
レーザー銃は壊れたので、野盗の持っていた突撃銃を拝借する。
地面に横たわる彼にはもう必要のないものだ。
ボロ銃に弾をこめると、クズ拾いになりたてのころを思い出すね。
さて、周りのなれ果てを潰すことはできるが、本体がきついな。
攻撃を受けたらそこでお終いというのがとくにきつい。
「体液がなれ果てにさせてくるだけならまだしも、本体も強いとか反則だよ……」
『クズ拾いさんもお手上げかしら?』
オズマは近寄ってきた野盗のなれ果てをぐしゃりと潰す。
あなたはいいですよねー。機械の体ならボルト止めでくっつくし。
僕の手なんかもう、ぐーらぐらですよ、ぐーらぐら~。
――いや、これ使えるかも……?
ウララのはなった散弾で多少肉がえぐれた程度の損傷は受けているが、奴はまだまだ健在といって良い。なので僕はちょっとした仕掛けを弄することにした。
これはもういらないから仕掛けに加えるとしよう。
仕掛けを作ると僕はウララに目配せして、できるだけ無様に声を上げた。
「わぁ~~!!もうむりだぁーぼくはにげるぞぉ~!」
そうして皆から離れた場所に逃げるように走っていく。
両手をふらふらと振って逃げますアピールも忘れずにっと。
「きゃ~フユさんが逃げちゃいます~敵前逃亡は死刑ですー!」
そんな声が聞こえて、むむ、けしからんとお仕置きに来たのか、ライカンは跳ねるようにしてこちらに迫る。よしよし。
いくら素早いとはいえ、攻撃のタイミングがわかっていて、心構えもあるとなれば、僕でも何とかかわせる。気持ち早めに前転して避ける。転がる瞬間、ライカンの爪が鼻先数センチを通っていく、あぶねっ!?
だが、僕はただ転がったわけじゃない。
ナイフを突き立てて白いライカンの股の間をくぐったのだ。
くっつけたばかりの腕は、そんな無理な力に耐えられずぷっつりと千切れる。
その腕は、ワイヤーで巻きつけられた
カチカチという時限信管の音を聞きながら、次に僕は。例のものを探す。
上半身を白いライカンに
爆炎を避ける遮蔽物にするために、その陰に滑り込んで備える。
ふらふらと逃げるようで、実は前もって逃げる先に、目星をつけていたのだ。
いやはや命がいくらあっても足りませんねこれ、とても作戦何ていうもんじゃありませんよ。ナパームの炎に包まれた後、ちっちゃなキノコ雲で腹から吹き飛んだライカンを見て、僕はそう思った。
……ふう、大型のなれ果てを短期間で2体も仕留めるとかありえないだろ。千切れた腕の部分を縛って、体液が漏れ出ないようにしたら、皆の方に戻ろう。
?なぜかウララとティムールがブンブンと手を振ってこっちに来いと身振り手振りをしている。言われなくても行きますよ――
……なにか背中側にものすごい違和感を感じる。振り返らずに走ろう。
『自我崩壊よ!! 集まって――!』
僕の意識は、オズマがエメラルド色の光のドームを展開するところで途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます