第17話 防衛医大突入戦

――はあ、まったくツイてねぇぜ。


 見張り、見張り、そんでたまに死体運び。こんなんだったらこのパッチを剥がして、別の派閥に行った方がマシだったかぁ?


 俺はサルベージの後、共食い整備を繰り返して何とか動くようになった歩行戦車を連れていつもの1階の見張り位置についた。


 ここは他の見張りの連中とだいぶ離れてるんで、実に気楽にやれる。サボり放題ってわけだ。どうせ来るのは、はぐれのなれ果てくらいなもんだからな。真面目にやるだけ損だ。


 ため息とともに視線を落とした先、装甲服の袖にはドクロとカラスを合わせた意匠のパッチがある。俺たちの派閥『タロン』はケチな野盗だった。


 クズ拾いや行商人から小銭を巻き上げて、アルコールやヤニ、たまに肉がすすれればそれでよかった。それが変わっちまった。


 リーダーの「赤耳」は、前から碌な奴じゃないとは思っていたが、いつぞや廃墟から戻ってきたあの野郎は変わっちまった。


 目に光はあるが、そこに色が無いっていうのか?

 人が変わったっていうより、何を考えてるかわかんねえ、そんな感じだ。

 実験だか何だか知らねえが、正気とは思えない。

 の方も、前以上に容赦なくやっちまうようになっちまった。それに文句を言うやつは、穴に放り投げられるか、吊るされて肉になった。


「潮時かねえ」


 俺は隣の歩行戦車を見上げて独り言のように言った。こいつを売れば当座の金にはなるだろうし、いっそ脱走しちまうか。


 そんなことを考えた瞬間、歩行戦車が俺に銃口を向ける。

 俺の敵味方識別IFFでは目の前の歩行戦車の表示は敵性に変わってる。

 

「な、ハッキング!?ネットもねえのにどうやって!?」


『キー100式ね、まあ……使えない事もないでしょうから、使ってさしあげますわ』


 俺は即座に判断した。派閥のパッチを引っぺがすと歩行戦車の前にかざす。


「『OZ』のオズマだろ?俺は一抜けだ、もう勝手にやってくれや」


『フゥン……悪貨の中にも良貨ありってところかしら?鋳掛屋ティンカーさん』


「エメラルドの姫さんか、いつかは来るとは思ってたけどな。行っていいか?」


『あなたを殺さないで済む理由が、もう一つくらいほしいのだけれど?』


「わかった。屋内の連中の位置情報を送る、これでどうだ?」


 データの転送の後、ぐしゃりという音と共に俺の視界が一気に低くなった。

 クソ、アバズレめ――


『悪いけど、粗忽者そこつものに用はないわ。少しは客観的になりなさいな』

 少しは断わることを期待してたんですけどね。

 高尚な仲間意識を期待するのは無理がありましたか。

 

「……アバズレめ、くたば、レ……」


 鉄の腕を振り下ろして、ずしゃり、ともう一回念入りに、鋳掛屋をすり潰しておくことにする。頭を残したとはいえ、存外にしぶといですわね。


 歩行戦車を操作するオズマは、鋳掛屋を潰した腕を確認する。体液と肉が糸を引いているが、とくに機能に異常は無し。

 分厚い鋼板の盾が溶接された機械の腕を見る――悪くない。

 少なくとも大学内の敵を掃討する間、盾役をこなすことはできるだろう。

 兵装は……6ゲ23㎜ージショットガンにパイルバンカーか、見事に突撃仕様ね。


 私が文字通りのタンク役、ティムールとフユくんがアタッカー、ウララちゃんがヒーラーってところかしら?

 まるで私の自我の記憶にのこってたRPGゲームみたいね。


 私が操るキー100は重量で床を軋ませながら歩みを進める。

 キー103に比べれば機動性は劣悪だが、室内戦闘では機動性を生かすも何もない。むしろ装甲により厚みのある、旧式のキー100の方が、今回は利がある。


――遠くから銃声と炸裂音が聞こえる、どうやら始まったようだ。


『さて、クズ拾いさんたちのお世話を焼きに行きましょうか』

 合流したときの、彼らの顔が楽しみだ。


★★★


「よし、引っかかってくれたようだ、始めよう!」


 防衛医大はいくつかの建物で構成される複雑な施設だ。しかもどこに敵がいるか、現状ではさっぱりわからない。


 そこで僕らはダミーの煙幕を、施設外周、道路に一番近い玄関の役目を果たす建物に展開して、野盗たちの注意を引くことにした。

 今はウララが偵察を行った建物の裏から、軽迫撃砲で煙幕を数発打ち込んでいる。

 野盗たちは即座に反応。やみくもに煙幕の中に火力を投射している。

 これだけで連中に統制がきいていないのがわかるね。


煙幕を撃ち込んだ玄関は施設全体で見ると南側にあたる。本隊である僕とティムールは野盗が火点を集中しているそちら側ではなく、西側から入り込む。


 事前の偵察で建物の西側の窓が小さいというのが解っていた。おそらく階段か何かがあるのだろう。

 窓が小さいと射撃範囲は狭く、死角が多い。なので突入には適していると判断した。


「ティムール、先行して、援護する!」


「おっけーぃ!」


 僕はティムールを先に行かせて、建物に取り付く場所を確保させた。

 こういった施設、建物を制圧する際のセオリーはいくつかある。

 大抵は上から下に攻める。しかしそれは兵力があってこそできることだ。


 僕らは野盗に比べて圧倒的寡兵かへいだ。オズマを含めても4人しかいない。

 なのでまずは攪乱かくらんしまくることに重きを置いた。

 攻め手の人数が少なければ捕捉が難しい。相手はどこから襲われるかわからない。

 そうなると、あらゆる方向からの攻撃に備えるから、あらゆる方向が弱点となる。


「いっくぜーぃ!!」


 ティムールがせぼねに力を蓄え、全身のバネを使いガントレットで壁を殴り抜ける。コンクリート製の壁もアンデッドの圧倒的膂力りょりょくの前には無力だ。たちまちのうちに崩れ、階段が露わになる。

 壁の内側には一応見張りが居たのだが、反撃も何も無かった。

 僕らの突然の訪問に居合わせた野盗は、唖然とした顔のままティムールに馬乗りにされて、ガントレットの染みになった。


「ウララ、こっちは侵入口を確保した、適当に切り上げて合流して」


『はいでっす~もうちょっとちょっかい掛けてから行きますねー』


「次はどっちに行くんだっけ?」

洗濯するかのようにゴシゴシと念入りに見張りを引きちぎったティムールは、完全に赤と黒のトラになっている。こりゃあひどい。


「玄関の裏取りをするよ、混乱しているうちにやっつけちゃおう」


 僕たちは西側から玄関側へまわる、恐らく防衛医大の外来だったのだろう。パーテーションがそのままで、移動する際に敵の視界を塞いでくれるのはありがたい。


「数は……4、6、いや8か、機関銃手を先にやる、合図したら突っ込め」


「っしゃ!やるぜー!」


 まるで軍用犬と飼い主ハンドラーみたいだな。と思いつつ僕は敵の突入を阻止するための地雷を手前に置いた後、ハインリヒが魔改造したレーザー銃を構える。


 距離30M、近すぎて嫌な感じだ。機関銃を持った犬顔の野盗を照準にとらえて、引き金を引く、

 初めて聞くレーザー銃の音は、小さいのに耳鳴りのする不思議な射撃音だった。


 レーザーを浴びた野盗は最後まで何が起きたのか理解していない風だった。

 当たった個所から赤い光が広がり、波打つ光の環がはしったあと、白い灰となって崩れ落ちる。

 脊椎の一部を残して胴体はすっかり焼け落ち、線香のような炎が残り火となって灰の中に留まっていた。


――何これ怖い。

僕は不可視の光線が空間を焼いて残す、オゾンの香りを嗅ぎながら戦慄した。


 でも野盗に遠慮する義理はないし、反撃を受けるくらいならと、気を取り直して射撃を続ける。続いて2体の機関銃手を焼く。


「後ろに回られてる!散開して隠れろ!」

 よし、野盗達は互いの連携を切る愚行を、こちらが頼んでもないのにしてくれた。ティムールに合図して切りこんでもらおう。ついでにウララの状況確認だ。


「ティムール、行って良いよ、ウララは今どこに?」


『ちょっかいかけすぎて、おっかけられてます~ひゃー!』


「……?」


煙幕の中からこちらに走りこんでくるウララ、その後ろに歩行戦車が見えた。ワァ…


 開けられた玄関を滑り込むようにして入るウララ。

 続いて入ってきた歩行戦車は、その進路上全てのものを跳ね飛ばす。

 窓も、椅子も、バリケードも、ついでに野盗も。

 全てをぶち壊しながら、室内に突っ込んでくる。


「うひょー!すっげー!!」

「喜んどる場合か?!」


 あわやウララが轢かれる、というところで介入するものがあった。

 爆走する歩行戦車に、もう一台の歩行戦車が体当たりして、弾き飛ばしたのだ。

 猛進していた歩行戦車はもんどりうって床板を掘り起こし、壁を崩し、天井から落ちてきたパネルに埋まってようやく止まった。


『ごめんあそばせ、ガラスの靴を探していたら遅れてしまいましたの。』


 体当たりを仕掛けた歩行戦車からしてきた声は、オズマのものだ。

 間に合ってよかった。


「物騒なハガネの馬車だね、オズマさん助かったよ」


 瓦礫に埋まって起き上がろうとする敵の歩行戦車だが、それを僕たちの視線から遮るようにオズマが割り込んで立ちはだかる。鋼鉄の背中はなんとも心強い。


 両者とも全くといってよいほど同じ姿だが、敵の操る歩行戦車の頭部カメラは赤色で発光している。彼女の操るそれは緑色で発光しているので、その部分でかろうじて判別ができた。


『連中の攻撃は引き受けます。あなたたちは火力を集中してくださる?』


「はい~任せてくださいー!」

「邪魔にならない程度に頑張るよ」


 完全に起き上がった野盗の歩兵戦車は、右腕に据えられた機銃を撃ち続けながらこちらに接近を試みる。

オズマはその全ての銃弾を盾と体で引き受けながら肉薄し、盾で機銃を払いのけると、大砲のようなショットガンの一撃を加える。

「ドコン」という地響きを伴う低い射撃音の後、敵戦車の装甲表面の塗装が吹き飛ばされ、地金をあらわにする。

 いくつもの貫通孔からは、めいめい火花が上がり、鉄片がまき散らされた。


 攻撃を受けて上体をよろめかせた戦車の隙を逃さず、彼女はその万力のような握力を持つ機械の腕で、敵戦車の武装がある方の腕をガチリと固める。

 作ってくれた隙を逃してはいけない。

 僕とウララは関節などの比較的装甲の薄い部分を狙って射撃を加える。


 ドリリングの散弾でも、装甲の薄い関節部分は貫徹できるようだった。

 両銃身から容赦なく散弾を浴びたもう片方の腕は、力なく垂れさがる。

 僕はレーザー銃の出力を上げて腰の稼働部分を狙う。

 耳鳴りだけを残す不快な射撃音の後、腰の機構は先の野盗と同じように赤い光の輪が広がっていき、灰になって落ちた。

 支えるものがなくなった歩行戦車の上体はぐらりと崩れ、地面に落ちる。オズマが追撃の散弾を背面パネルに加えると、カメラの光も消えて完全に停止した。


『いい火力してますわね。』


「職人が優秀だったもので」


『へぇそれなら私も、今度仕立ててもらおうかしら?』


 ハインリヒさんの技術で機械の体で使えるサイズのモノとなると、なんか一国を滅ぼすとかそういうとんでもないレベルのが出来上がりそうなんだよなあ……


――僕らはオズマを前衛に加えた後、野盗が集中的に配置されている個所を攻めることにした。おそらくそこにボスがいるか、重要な何かがあるのだろう。

 そこさえ落としてしまえば連中は逃散してしまうだろう。そうすれば派閥としてはもうおしまいだ、再起の目はない。

 生き残りはどこかに所属したりするだろうが、そこまでは僕の与り知らぬ所だ。

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