第16話 奇現象

 改造列車を後にした僕らは、マップにマークされた地点に向かって移動を始めた。

 オズマによってマークされた箇所には、『防衛医科大学ぼうえいいかだいがく』と書かれていた。

 ご丁寧にメモ機能まで使って、どういった場所だったのかの注釈まである。


「ぼうえいイカ大学って、イカから何を守るんですかー?」 


「イカはインクを吐いて、シャケとかイクラっていうのと戦ってたらしいぜ!!」

 ぴんっと指を立てて、目を伏せたティムールはふふんと自信満々に続ける。


「だから……イカからスシを守ってたんだな!」


「わぁ~ウララはお寿司大好きですー!」


「もう……適当言うなよ。 防衛医科大学は日防軍で働くお医者さんをつくってたところだよ。オズマさんの注釈によると、戦争当時は、ここで働くネクロマンサーがいっぱい居たみたいだね」


「じゃあ、ネクロマンサーさん居ませんかね~?いなかったら……電話番号とか?」


 さすがにもうネクロマンサーはいないだろう。

 でも確かに施設の特性を鑑みると、ネクロマンサーの情報はあるかもしれない。

 が、野盗が日防軍の代わりに占拠していて、元日防軍の衛兵隊がそれを放置しているというのは……

 既にアンデッドやネクロマンサーに関わる重要な資料は処分している?

 十分ありうるな。

 

「ネクロマンサーやその情報については、あまり期待しないほうがいいよ。 野盗が占拠してるくらいだからなあ……」


「住所がわかれば、会いにいけるんですけどね~」


「おう!したらいっぱい肉作ってもらおうぜ!肉!」


 ティムールはネクロマンサーをなんだと思っているのか?

 まあ僕らも大して知っているわけでもないんだけど。

 こんな適当な性格の彼女だが、行動を共にして分かったことがある。


 どうやら廃墟に選ばれた者、というものが存在する。

 彼女のふるまいはそうとしか思えなかった。


 注意散漫なように見えて、僕らより先に敵を発見する。

 ティムールは僕らの何倍も、なれ果てを見つけるのがうまい。

 彼女に言わせれば、あんな『ごちゃごちゃとうるさい連中』を、どうしてみつけられないの?と、不思議がってさえいるのだが。


「なれ果てがうるさいって?アーとかウーしか言ってないじゃないか……」


「えー?なんか騒いでるじゃん! こう、音の声じゃなくて、光みたいな声で?」


「なるほど……わからん?」


 ティムールは僕らには聞こえない、なれ果ての声が聞こえるらしい。それはどうやら光みたいな声で、近づくと大きくなるらしい。

 スキンクが持つピット器官のように、僕らにはない感覚器みたいなのがあるのか?


 ティムールは本来注意深く監視と警戒をして進むべきところを、まるで猫のように飄々ひょうひょうと歩んでいく。

 勿論なれ果ては出ている、廃墟にありがちな危険な罠にも出会う。

 だが……何一つ問題らしい問題が起きない。

 これが僕が彼女が、廃墟に受け入れられていると思った理由だ。

「いざ諸共よ、生きて拝せよ」と、どこかに向かわせてる、そんな気さえした。


 突如、ティムールの時が止まったようにびたりと動かなくなる。


「みんな動くな、しーっとしてろ……」


 彼女は廃墟の地面にぴったり伏せると、前方に目をじっと凝らす。

普段は表情豊かなティムールの尻尾も地面に垂れて静かになる。


「フユ、見えるか?あれ!」


 ティムールの肉球のついた丸っこい手が指さす先には、奇妙なものが見える。


 鮮やかな虹の塊がくるくると回っては、登っていった先でぱちりとはじけ、青、緑と赤とそれらが混合した色の星を作っている。

 まるで白熱した気流がそこにあり、星々がそれに乗って、螺旋を描いて空に還っているようだ。


 その現象はそれなりの大きさの範囲で発生している。

 近くの廃車の大きさから察するに、5Mくらいの円周だろうか。星は3階建ての建物かそれ以上を飛び越して弾けている。


「すげーでっけー!『流れ星』だ!あんなでけーの始めて見た!!」


「きれいですね~、動画撮ったらクセノフォンさんが喜びそうですー」


 実際とんでもなく美しい、とおもう。……しかしこれは自然の驚異などではない。


 酔っぱらったクズ拾いの話でちょっと聞いただけで、実物は始めて見るのだけど、これは廃墟に時折現れる奇現象アノーマリーと呼ばれる現象だ。

 大型アンデッドの自我が崩壊した後、稀にこういった現象が残されるらしい。


 ただ美しいだけなら何の問題もないのだが、大体の奇現象はそうではなく、致死的な罠になっている。


 この『流れ星』もそうだ。夜ならまだしも、昼で、なおかつ移動している時の視認はかなり難しい。さて、これにうっかり踏み込んだアンデッドがどうなるか?


 僕は瓦礫の中から手ごろな大きさのコンクリート塊を取り出し、流れ星の陽炎の中に軽く投げ入れて見る。それは虹色の星に包まれると、ボロボロとその形を崩して光の粒になって上空へと昇って行った。


「なるほど。 死体も残らないという訳か」


 周囲を観察してみると、なるほど、この流れ星の直下にはゴミが少ない。きっとこの奇現象の発生で巻き上げられて、光の粒になったのだろう。


「フユ、お前ぼーっとしてるからな、うっかりしてひっかけられるなよ? 別の道を探そうぜ!」


 僕はため息をつくような声で相槌を打って、首肯しゅこうした。


 迂回を強いられたが、僕らは程なくして防衛医科大学の周辺についた。大学の周辺には野盗が警戒に立っているだろう。

 近くに10階建て以上のアパートメントがある。上階に上って野盗の様子を観察することにしよう。


「いちいち中を通るのは面倒だろ?見てきてやるよ!」


「あ、端末を預けるから、写真とってきて」


「よっしゃ、まかせな!!」


 ティムールは言うが早いか、端末を咥えると、外壁に爪を立てて屋上へと登って行ってしまった。アンデッドとはいえ、いくらなんでも人外すぎるな。


「野盗さんって、こんなに色々なことができるんですね~」


「いやあ、野盗でもあの人たちだけだと思うよ?」


「そういえば、もし万が一にでもネクロマンサーさんがいたらどうしましょう?退治する野盗さんのお仲間だと、お話聞けないかもですね~」


――万が一か、ネクロマンサーがいないと確認したわけじゃないし……。


「それは……どうしようね?ひとまず倒すのは待ってみようか」


「そうですね~、きっとネクロマンサーさんも話せばわかってくれますー!」


「それはどうなんだろう? いや野盗があれだし、ありうる……のか?」


 そんなことをウララと喋っていると、ティムールは写真と共に戻ってきた。

 なんとまあ仕事の速いこと。


「おーおー、いるいる、見張りは、2,3と、出入りが激しいのは……」


「向かって左手のいくつか並んでる建物だな、ここが野盗のねぐらっぽいな……げ、歩行戦車が何台もいるじゃん、こんなの聞いてないよ」


「お、イイじゃん、歩行戦車使おうぜ?」


「わあ、名案ですね~」


「あのね、野盗が使ってる奴をそうホイホイコントロールとれるわけ……」


「あるんだぜ? じゃーん!!」

 ティムールが僕の目の前に出したのはだ。

 あらやだキレイ。


「こんなこともあろうかとって、オズマが分けてくれたんだ、フユには、『OZ』がここらの野盗の中では最高の連中だって、おしえてやんよ!!」


「まさかそれを戦車に当てろっていうんじゃないだろうな?」


「んっと、オズマはそれが確実だけど、結晶をアンテナとか電柱につけるだけでも、ちゅーけー地点になるっていってたぜ!!」


 多分だけど、元軍隊の衛兵隊ともいい勝負してると思いますよ。あなた達。


 オズマたちの能力を、見せつけられるだけ見せつけられてるような気もするんだけど……その真意がちょっと読めないな?まさかスカウト……とかじゃないよな?


「あ、そうだ、俺がぶっ殺したやつは食っていいか?ふだんはさ、オズマが嫌がるんで、あんま食えねーんだよな」


「いいけど、食事は闘いが終わってからにしなよ?」


「わーってるって!」


 僕たちは突入の為の諸々の準備を始める。


――さて、これから忙しくなるぞ。

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