第5話 探索にお出かけしよう

 遠征計画を立てた僕らは、それをカクタの親父に見せる。

 計画というのは、客観的な評価が無いと、往々にして無謀になりがちだからだ。


 親父は、高度な医薬品と、対戦車兵器を持ってないことを指摘した。


 作業車両に限らず、機械が集められている場所には、オペレーターとして作業したアンデッドがいたはずだ。


 そういったアンデッドは、機械を扱ってくる。

 機械の装甲を貫通できるだけの火力、それが必要だろうとのことだった。


 ――もっともなアドバイスだ。


 なので僕は、ライフルの先につけて発射する対戦車榴弾、それと手で投げるタイプの対戦車兵器、それらを装備に加えることにした。


 高度な医薬品に関しては、水分に反応して硬化するヒドラ材を自腹で購入した。

 さすがに「シュヴァルツ」にも衛生用品は無かったからだ。


 ヒドラ材というのはアンデッドが傷ついたとき、患部に充填して固めるボンドみたいなものだ。出血を止めてしばらくすると患部に吸収されて欠損部を埋める。


 アンデッドは、ヒトに比べて、身体の損傷にはかなり強い。

 しかし流石に、胴体粉みじんとか、丸焼きになると、これはどうしようもない。


 だが、頭を割られたとか、腕を切り落とされた程度なら、なんとかなる。

 コレでくっつけてやれば、一応機能するようになる。


 今まで持って行けとか、一度も言われたことないけど?

 そう親父に聞くと、「相方がいなけりゃ、これが必要になる怪我は直せんからな」だそうだ。確かにそりゃそうだ。


 準備よし、いざ出かけようとドアをくぐる僕ら。

 その背中に、親父は「よい狩りを」と短い言葉を贈った。


 イルマを出る前に、目的地に対してコンパスの向きを設定する。

 これを忘れると道に迷って大変なことになるので、まず最初に行う。


 そしてイルマを出るときには門番さんにちゃんと挨拶する。覚えておいてもらえば、僕らがしくじった後、運が良かったら救出隊が来るかもしれないからだ。


 救出されるのは数日、ひょっとしたら10年後かもしれないが、死体さえあれば再生できる。なので親しい知り合いを作ったり、ゴマを擦るのは理にかなってる。


 僕が『ゴプニク』のチンピラにゴマを擦ったのだって理由がある。


 喧嘩をしないでへいへいと従っていた場合、僕が廃墟でのたれ死んだあと、もし彼らが僕の死体を見つけたとしよう、すると、彼らは『おお、あの時の舎弟が見つかった』と言って再生槽を使ってくれるかもしれないのだ。


 なので、ウララさんの行動はクズ拾いとしては0点だ。あの行動は戦前の人間の行動としては100点だろうが、僕たち戦後のアンデッドは、あのような行動はしない。


 街の外で門番さんの次に出会ったのは、歩行戦車とコンビを組んでいるパワーアーマーを着込んだアンデッドだ。この人たちは街の外を巡回する衛兵さんたちだ。


 歩行戦車は、子供がよちよちと歩くように3つの脚を交互に前に出して歩いている。その動きだけ見たら愛嬌すら感じるが、歩行戦車は戦闘において、僕らへの攻撃を引き受けてくれる頼もしい「守り手」だ。


 人間のように胴体、腕、頭があり、それぞれが分厚く丸みを帯びた装甲板で保護されている。その腕には必ずシールドが付いていて、もう一方の腕に多銃身の機関銃、つまりミニガンや、歩兵支援用のグレネードランチャーを装備している。


 腰からは3本の歩行用の脚が生えているのがが、その先端には球形のタイヤがあって、戦闘時にはこいつで爆走してくる。だから行戦というわけだ。


『前方に個体名フユを確認、推奨:挨拶をして交友を深める行為』

『いちいち言われなくてもわかってる。 おはようフユ、今日はどこに行くの?』


「ここから北のヒダカの方へです。えっと、ステラさんですよね?」


 パワーアーマーは全身を覆ってるので顔が見えないし、声もスピーカー越しで微妙にエフェクトがかかる。なので一応、中のアンデッドを確認する。


『ああ、名前を憶えてくれたのね、……後ろの彼女は、護衛の依頼?』


「いえ、相棒です。クズ拾い志望らしくて、今回が初仕事です」


『そ、そうなの、信号弾は持っているわね? 問題があればすぐに逃げなさい?』


「あっはい、ご親切にどうも」


「警告:ステラの深部体温の上昇を検知。原因:不明。 故障の可能性……」


 僕がステラさんのアーマーをじっと見ていると、歩行戦車がなにかを誤検出した。


 すかさず歩行戦車がステラさんにゴンッっと小突かれる。

 叩けば治るってもんでもないだろうになあ。


 しかしさすがは戦車だ。パワーアーマーにどつかれても傷一つついてない。


 ステラさんも含め、イルマを守る人たちは、大抵パワーアーマーを着込んでいる。


 パワーアーマーとは、人工筋肉のベースの上に、数センチの分厚い複合装甲を装備した、動力付きの装甲服だ。


 装甲は軽戦車並み、火力も人工筋肉のサポートによって、大砲みたいなマシンガンといった、専用の重火器を扱えるので、それはもう凄まじい。


 一度でも彼らが戦闘しているのを見たら、尊敬の念を感じない者はいないだろう。


 暴走した大型の軍用アンデッドですら、敵ではない。

 地面を震わせる大口径の炸裂弾を撃ちまくって、薙ぎ払っていく光景。

 僕なら塗装が剥げるまで、足先の装甲板にキスしちゃうね。


 僕もいつかは、ああいうアーマーがほしいなぁ。


 ステラさんたちと別れて、しばらくするとそのうちすれ違う人もいなくなり、周囲の風景は人気のない完全な廃墟の街並みとなった。


 そしてしばらく進んだ僕たちは、第一の関門にさしかかった。イルマ川の渡河だ。


 「なれ果て」となったアンデッドの侵入を防ぐため、イルマ川の主だった橋は、全て爆破して落とされている。イルマ城塞から一番近い渡河地点は、川幅が50M程に狭くなる、”ササカワ水門”だけだ。


 渡河というのは危険なものだ、川の中にはほとんど遮蔽物が無い。それに動きを制限されるので、まともに反撃するのも難しい。


 待ち伏せする側からしたら、これほどに都合のいい状況はない。


 まず僕たちは、川辺を見渡せる高所にのぼって、対岸を観察することにした。野盗に堕ちたアンデッドの狙撃手や、なれ果ての警戒のためだ。


 ウララは「パーって行っちゃだめなんですか?」というが、安全のためには手間を惜しんではいけない、といってこれからやる事を説明する。


 まず、出発地点となる岸と、目的地の岸を観察する。


これにはちゃんと時間を取る。この行為の目的は、なれ果てがいないか、罠が置かれていないかといった確認のためだ。


 人が渡れる川の浅い部分というのは、なれ果ても使う。

しっかり監視しておかないと、待ち伏せされた時、目も当てられない。


 そして罠だ。両岸を確認するのは、こっちから見てあっちは目的地だが、

あっちから見ればこっちが目的地だ。つまりどちらにも地雷なりブービートラップを仕掛ける妥当性がある。


 案の定、遮蔽物の近くの砂の色、芝の中で枯れた草花、地面にいくらか不自然さを感じる。避けた方が賢明だろう。


 そしてまとまって移動せず、交代で移動する。残った者が対岸と周囲を警戒して、一人に先を行かせる。


 そして先に行った者が、次に渡る者のために安全を確保して渡らせる。なんだ、やること自体はシンプルじゃないか、と思うだろうが、手順というものはこれくらいにしておかないとミスる。


 今回は熟練者の僕が先に行くことにした。渡河は少人数の場合、最初に渡る人物が一番”とり残される”というリスクが高いからだ。


 10分ほど対岸や水の中、左右を観察して警戒していたが、特に異常はなさそうだったので、そのまま渡河を始める。


 やっててつくづく思うが、相棒と作業の分担ができるのはありがたい。一人で何でもやっていたら命がいくつあっても足らない。


 助かったのは渡河の最中、対岸で一人になってもウララが緊張の色を全く見せてなかったことだ。彼女がとんでもなく大物なのか、呑気なだけなのかは解らないが。


 緊張して廃墟のつくる影におびえて無暗に発砲する臆病者だったら、その銃から弾を抜いておかないといけないところだった。

 しかしいまのところ、まったくその心配はなさそうだ。


 ウララと言う相棒を得たのはいいが、廃墟でもこの落ち着き様は熟練者にしか思えない。そんな彼女がなぜ農場にいたのか、むしろそっちの方が気になる。


 僕らが無事に帰ることができたなら、打ち上げのついでにウララのそこらの話を聞いてみよう。


 第一の関門であった渡河をすませた僕らは、先を急ぐ。この先には瓦礫処理場となったゴルフ場がある。


 確実になれ果てとの戦闘が予想される場所だ。

 僕とウララのコンビにとっては、初めての戦闘になる。


 それにこれまで一人でやってきた時と違って、もう一人の命ではない、互いの命がかかっている。気を引き締めていかないと。


★★★


ウララは、フユと行動して自身の直感が当たっていたことを確信した。


 フユ、彼と一緒に動いて分かったけど、いい人だなー。

 私が変な事をいっても怒ったりしないし、すごい色々と考えてる。


――私が農場で”害獣”を撃ってた時は、特に何にも考えてなかった。

 ただの的撃ちでしかなかった。

 だから、あの時のあの瞬間まで、まさか連中が獣以下だとは思ってもみなかった。


 彼と同行して、彼の行動で『なぜそうするのか?』ということを聞くと、やっぱり廃墟は一筋縄ではいかないという事が解る。


 こちらが先に発見するとは限らないし、発見していなくても、見えない敵を想像して、敵の思考を読む必要がある。


 考え、行動する。そのたびに体の奥底で何かがリズムをとり、小躍りするような感覚がある。


 ――きっとこれが楽しい、ということだろう。

 

 しかしフユといると、大した運動をしていないのに上半身の第二心臓の活動が若干活発になるのが気になる。


 きっとこれが緊張っていう奴かな?まだ慣れるまで時間がかかりそうだ。

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