第一章 愛と正義以外はそろう街
第1話 ラグ・アンド・ボーンズ (前)
「お、これまだ使えそう!」
子供部屋らしき場所にあった、かわいらしい白い猫のぬいぐるみだ。
腹のあたりを触ってみると、なにか硬いものがある。
これは発声機能があって、モーターで動くタイプの玩具だな。
「さっそく解体してみるか」
僕はナイフを取り出し、ぬいぐるみのお腹にナイフを突きたてる。
そのまま縦に引くと、状態の良い電子部品が顔をだした。
「外装のおかげで劣化が少ない。こりゃ大当たりだ」
ぬいぐるみの腹から電子部品を引きずり出してバッグにしまう。
他に何かないかと見まわす。
すると、部屋の中の姿見、そこに映った自分と目が合った。
そこには灰色のポンチョを被ったヒトっぽいものが映っている。
年の頃は十代半ば。黒髪を短くして、小柄でしなやかな体。
ヒトの成長区分の基準だと、少年という姿だ。
僕はアンデッドだ。
ヒトのようだが、明らかにヒトではない。
そういう存在だ。
詳しくは知らないが、ヒトは僕らアンデッドを作った後、ブチ滅んだ。
で、理由もわからず生き残った僕らは、こうしてサバイバル生活を営んでいる。
そんな世界で僕はフユと名乗り、「クズ拾い」という職業についている。
この猫のハラワタのような、まだ使えそうな文明の残骸を拾い集めるのが仕事だ。
しかしこの仕事は、戦争時の不発弾、野盗や獣、同業者、そんな危険がごろごろしている廃墟をうろつくので、常に死の危険がある。
自分で言うのもなんだが、なかなかのブラック労働だ。
「――うわ、また帰ってきたな……」
僕は背中に回していたライフルを前に引き寄せ、腰だめに構えてつぶやいた。
半壊した建物の間を通る道路。
そのアスファルトの上を、へんてこな歌を流す一台の車が走っている。
『
スピーカーから決められた文言をまき散らしながら、廃墟を進むキッチンカー。
しかし運転席には誰も乗っていない。自動運転で辺りをさまよっているだけだ。
キッチンカーは、あちこちへこんでボロボロだ。
しかし、まだまだ走れるようで、塗装も残っている。
車の側面には、陽気に手を振るピエロのイラストが書かれている。
だが、上から下に流れる赤錆のせいで、絵はまったく別のものに見える。
ピエロというより、テキサスの猟奇殺人者といった具合だ。
「子供が見たら泣くぞ……ん?」
僕はライフルを構え直し、車の行く先に照準をあわせた。
アイスクリーム売りが走る先に、小さい人影を見たからだ。
子供……10歳くらいだろうか? ボロボロの服を着ている。
肩まで伸ばした髪からして、女の子だろうか?
子供はふらふらしている。まるで酔っ払いみたいなだらしない動きだ。
そのまま、廃墟を爆走するアイスクリーム屋に彼女は近づいていく。
その目に知性の光はない。口もだらしなく開かれたままだ。
「――「なれ果て」……か」
僕のようなアンデッドは、何らかの理由で自我を失う事があるらしい。
そして、アーとかウーしか言わなくなったのが「なれ果て」だ。
女の子はまっすぐアイスクリーム屋に向かっていく。
おそらく、生前の記憶かなにかに従って動いているのかもしれない。
キッチンカーのピエロはそんな彼女を
ドンッと鈍い音がひびき、その後2回ゴリッっという音を立てた。
死してなおアイスクリームを求めた少女は、泥の中に突っ伏して動かなくなった。
「っと……やっぱり来たか」
僕は腰を床の上に落とし、あぐらをかくようにしてライフルを構えた。
覗き込んだスコープの先には、ねじくれた骨格をした、人に似た姿をした四つん這いのケモノが映る。おおかた、泥の中に沈んだ肉を貪ろうとしているのだろう。
「グールか」
グールは「なれ果て」の一種。
その発展型みたいなものだ。
「なれ果て」は、さながら痴呆症のように自我が薄い。
自分が何者かもわかっていない、そういう動物以下の存在だ。
やつらはアンデッドも含め、動くモノだったら、何にでも襲い掛かる。
で、いろいろ食って大きくなった奴。それがグールだ。
「悪いね」
乾いた金属音がして数拍、スコープに映るグールの頭蓋と脊髄が吹き飛んだ。
僕らアンデッドは、腕や頭が飛んだくらいでは死なない。
――いや、死ねない。
だが、なれ果てとなったアンデッドや、動物や昆虫のアンデッドはちがう。
神経が集中する箇所を破裂させれば停止する。
話によると、これにはアンデッドの自我が関係しているらしい。
いくら頑丈でも、体を動かす意志を絶ってしまえば関係ない。
多分そういうことなんだろう。
さて、幸せそうに少女の肉を啜っていたグールだが……。
炸裂弾の効果によって、見事に背中から開きになっている。
グールは泥の中に沈んがまま動かない。
たぶん死んでいるな。
僕が物のついでに受けているタスクには、グールの駆除がある。
これで4体目だったが、これ以上は戦利品を持ち帰れないし……帰るか。
廃墟の瓦礫を注意深く降りた僕は、グールの死体から手を切り落とす。
ビニール袋に詰めたこれが、討伐の証拠の品というわけだ。
手といっても意外に重い。
グールが筋肉質で骨太なためというのもあるが、ひとつ2キロはある。
「もうちょっとダイエットしろよお前。ってもう死んでるから無理か」
アンデッド狩りというのは重量との戦いだ。
武器はもちろん装備に弾、日用品、どれもそう軽くはない。
必要最低限の荷物を持っても20キロは越える。
僕は小柄なので、30キロより多くの荷物は持ちたくない。
となると、たいした狩りはできず、毎回収支がトントンくらいになる。
移動の途中で見つけた貴重品をあきらめるなんて事もしょっちゅうだ。
「やっぱ相方を探すかぁ……。荷物持ちしてくれるだけでもいいから」
僕は探索を切り上げて、いつもの拠点に帰ることにした。
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