死人たちのアガルタ

ねくろん@カクヨム

プロローグ

終ワル世界ノ前日譚

 私は都心にあるクリニックビルの中に入った。

 スマートフォンからは不穏な世界情勢のニュースが絶えず入り込んでくる。

 だが、電源を切ることでいったん忘れよう。

 今日やるべきことに意識を切り替えねぱ。


 白で統一されたビルのロビーにはいくつものサイネージがある。

 そのどれにも美辞麗句で飾られた、プロパガンダめいた文言が流されている。


『誰もが労働から解放された自由な世界、U.N.D.E.A.D.はそれを実現します!』


『たった数時間の施術で、世界のどこかで働くあなたが生まれます。嫌な上司と付き合う必要も、理不尽な顧客の相手をする必要もありません!』


『たとえあなたが死んだ後でも、権利は家族に残ります。貴方はアンデッドとなって家族を支え幸せな家庭を守ることができます!』


 『U.N.D.E.A.D.』……何かの略語だったが、もう忘れた。


 まあ要するに、有史以来、人類は資本家の夢というものを実現したわけだ。


 ――アンデッド。給料の要らない従業員。


 人と変わらず動き、人と変わらず考える、しかし人ではない。


 彼らは、求めず、休まず、そして死んだとしても、また動かされる。

 そのサイクルを肉体操作技術ネクロマンシーと呼び、管理者はネクロマンサーと呼ばれた。


 ことの始まりは量子コンピューターが生まれたことからだ。

 世界ではより「自我」に対する研究開発が進み、量子コンピューターから更に発展した、非常に人間的な構造を持つ、神経コンピューターが生まれた。


 これによって人間の自我を「人間のようなもの」に写すことが可能になった。

 生者はもとより、当の本人がすでに存在しないとしても。


 人の自我をもてあぶ「ネクロマンサー」になった私は、それまでは小説、『赤い星』の火星人の様なものだった。社会のあるべきビジョンを持ってはいるが、そこに至る方法が無い。そういったものだ。


 しかしU.N.D.E.A.D.という技術が、私にそれ・・を与えた。


 ――人間の行いの原動力となる、ヒトの意志力には限界がある。

 なら、ヒトではないが、人間と同じことができる者はどうだ?


 U.N.D.E.A.D.には元となる自我と入れ物となる神経コンピューターがあればいい。

 神経コンピュータの元になる素材はデザインされた人工蛋白質からなる、シンセティックな人造人間で、原理的には人間と同じ・・・・・ものだ。


 しかし。私だけがその方法を与えられたのではない。

 ネクロマンサーの使う肉体操作技術ネクロマンシーはAI技術と同じだ。

 つまり、誰もが扱える「技術」だ。


 ネクロマンシーは、たった一人の独裁者でも、どこかの企業のCEOでも、

 使う意志があれば使えるという事だ。


 人口増加による飢餓に苦しむアフリカでは、その人口の半数が消えた――。


 高齢化による医療、年金といった社会保障の崩壊に悩む先進国。

 その高齢者の殆どが、いまや存在しない――。


 世界の持続可能性は、その先を奪われた死者たちによってまかなわれた。

 誰が最初に気づいてしまったのだろう。


 モノがヒトと同じことができるなら、

 ヒトがモノと同じことができてもおかしくはなかったのだ。


 物と人との境界はひどくあいまいだ。

 そもそも、人とはなんだろうか。


 ふと、私の頭上にあるサイネージの画面が切り替わったに気付いた。

 いつものプロパガンダにかわって、ニュース速報が流れる。


『この歓声をお聞きください! ついに人類は死を克服しました!』


『もはや戦争で、貴方や家族の血が流されることはありません!』


『「U.N.D.E.A.D.」が、人の命を使わない戦争を可能にしたのです!』』


 ――私たちは今、人の価値を問われている。


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