第4話 情報をあつめよう
装備を整えた僕とウララは「シュヴァルツ」を後にした。
そして収集依頼の目的である工具や検査器具といった物品の情報を求めて、酒場に向かうことにした。
古今東西を問わず、情報源と言ったら酒場だ。人の集まる場所には情報が集まる。口が軽くなる場所なら特にだ。
「ラグ・アンド・ボーンズ」でカクタのおやっさんに聞いてもいいのだが、廃墟の情報源はひとつに拘らず、複数あった方が良い。
そういうわけで僕は、脳みそが壊死しそうな、デデデン♪デケデン♪という頭の悪い音楽が流れる酒場『ゴプニク』に来ている。
店内は東欧をテーマとした内装だ。
細かい刺繍の入ったレースのカーテンや、オレンジ色のタバコ缶や、木彫りの小物が所狭しとおかれ、カウンターの奥の壁には、店のトレードマークのAKという名前の銃が飾られている。
「シュヴァルツ」の装備が珍しいのか、ちらちらと視線を感じる。
若干の居心地の悪さを感じながら、僕は目的の人物を探した。
目的の人物は4人座席を一人で占領し、イワシの缶詰を灰皿に紫煙をくゆらせ、
チラチラと画面が切り替わるPDA(携帯情報端末)を弄んでいた。
アンデッドなのにタバコを吸うのか?という疑問はもっともだが、自我の方が求めるので、当人にはどうしようもない事なのだという。
機能的には吸わなくても問題はないはずだが、説明不能な不安感が生じるそうだ。
僕は挨拶をすると、その人物の前に座った。
「やあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「ん、フユやないか、おまん今日は何を持ってきたんよ?」
「それに、後ろのかわええ子はどこで引っ掛けた?」
「ウララでっす! フユさんのバディで、荷物運び担当ですよー」
彼女は軽く
「今回は鑑定じゃなくて、物探しなんだ、ミナミなら何か知ってると思ってさ。」
「そうけ? なんやら聞こうやないの」
ミナミは『ゴプニク』によく居座っている鑑定屋だ。
廃墟で価値のありそうな物を拾ったとしても、それが何だかわからないというのはよくあることだ。
何かの機械の一部とか、使い道のよくわからない道具、ミナミはそんなものでも、一目見たら看破してしまう。
加えて彼は推論の能力も高い。
例えば、地図を見るだけでいろんな情報を引き出す。
『この倉庫、周囲に大きな駐車場があり、電源施設が併設されているという事は
冷蔵倉庫、恐らく周囲の商業施設に商品を供給していた倉庫だろう』
そういった具合で、中身まで言い当ててしまう。
それにミナミはただ情報を集めるだけの情報屋とは違う。
情報というのは無価値のもの、信頼できないものが山ほどある。
その中から真実の情報を選び出し、組み合わせて価値ある情報にする。彼はそういったことが得意なのだ。
僕はミナミにまず
「工具に検査器具ねえ。まあ心当たりが無いことも無いんよ」
「普通にホームセンターとか工場に行けばいいんじゃないですかー?」
ウララがあまりにも当然すぎる提案をする。
「いけんいけん、ここらで大抵のとこはもうすっかり荒らされてるんよ」
ミナミがPDAから立体映像を発生させて説明する。
「イルマ城塞を作るときに、街の近くの店や工場は掘り尽くされたね」
そう言って指で地図上のマークに次々とバツを付けていく。
「多分、残っとうとするならこっち側ね、川またいだ先の昔のゴルフ場を超えた先、ヒダカの方ね、こっちは相当の物好きしか行かないね。」
ミナミはイルマ城塞に居る僕たちから見て北の方角、4キロ離れた地点に大きく丸を描いてマーキングした。
「もっと遠くかと思いましたが、北側の近辺ですね、何か問題があるんですか?」
「イルマ川の先には、ほんにだだっ広いゴルフ場があったもんで、核攻撃の後、放射性物質で汚染された瓦礫を全部ここに送ったんよ」
ミナミは先ほど書いた丸の中にドクロを書き入れた。
「放射能汚染地帯ですか。アンデッドならさほど問題にならないのでは?」
「それが、時間が無かったもんで、瓦礫に埋まった人間ごと埋め立てたから、
なれ果てだらけよ」
……なるほど、誰も行こうとしないわけだ。
「東西に迂回するなら、野良アンデッドだらけの市街地を通ることになるとよ」
ミナミは地図の東西にも大きく丸を描いてバツを付けた。
「なら、素直にイルマ川を渡河するしかないですね」
僕の言葉に頷いて、ミナミは北のゴルフ場の先に丸を付ける。
「ここらあたりだったかな?クズ拾いがたくさんの車両を見つけたって場所は。まあ
遠くから見るだけで、近寄りはしなかったみたいだから、よくはわからんとね」
「瓦礫処理にトラックを使ったなら、当然汚染されたでしょうから、きっと、瓦礫の処理、埋め立て作業に使ったトラックを集めた場所でしょうか?」
「フユ、おまんもいい勘してきたねぇ。間違うなく、整備用の道具を置いちょるわ。汚染されたなら他所にもっていくわけもいけんしな。」
「なるほど、参考になりました、ありがとうございます。」
僕は気持ち多めの謝礼を渡して『ゴプニク』を後にすることにした。ウララは何がそんなに楽しいのかというほど、ブンブンとミナミに手を振っていた。
店を出ると、いきなり僕たちを囲むものがいた。
そういえば、このチクチクとした感覚。
『ゴプニク』の中で感じた視線の持ち主たちか。
「おう、『ゴプニク』でそんな服着て来るなんていい度胸じゃねえの」
ハンチング帽に、お揃いの白い2本線の入った「アディオス」のジャージを着た
アンデットが3人、僕たちの前でウォトカの空瓶を持って立ちふさがる。
「えー、結構カッコいいと思うんですけど、だめですかぁ?」
ウララが呑気にそんなことを言うと、3人のうちの一人が、まるで意味のわからないことをいう。
「その
おい、喧嘩を売る理由が雑すぎんだろ……
「まあ俺たちも毎日血を見てぇわけじゃねえ、なあ兄弟、ちょっと出してくれるモン出してくれたら見逃してやんぜ」
「わかったよ……いくら払えばいいのかな?」
「あぁ?なめてんのか? ポケットの中全部だ、マヌケ!」
僕は軍服のポケットに手を入れたあと、視線をウララの方に向けた。
ウララは僕の目くばせに頷いたので、次の瞬間、心に決めた行動を取った。
僕は美しい30度の角度のお辞儀の姿勢を取った。我ながら会心の出来だ。そして両手を揃え、「どうぞ」とポケットの中身を目の前のチンピラに差し出した。
それをバックにウララは「うりゃー」という掛け声と共に突進して、2人のチンピラを蹴散らした。
チンピラは僕よりガタイがいいといっても、ウララのようなセントールと比べれば大人と幼稚園児位の体格差がある。レトロな3Dゲームの安っぽい物理演算のようにチンピラは大の字のまま回転して吹き飛んだ。
「「えっ?」」
ハモったのは小銭を介して手と手を取り合ったチンピラと僕だ。僕の送った視線の意味は<一緒に小銭を出そうね>だったのだが……
全く逆の意味と勘違いしたらしい。
「ウララさんんんんんッ!?」
「あれ? こういうときって『お前らに明日は無い』ってボコボコにするのでは?」
ウララさんはカフェでお茶をするような涼しい顔をしていたが、ぼろ雑巾のようになったチンピラAの下半身を前脚の蹄で踏みつけて、チンピラBの胸ぐらをつかんで振り回すその姿は、世紀末の帝王か何かのようだ。
僕はてっきりお嬢様なウララに、荒事のあるクズ拾いの世界、たまに暴力もある世界を教えるつもりだった。
彼女の住んでいた農場の世界は暴力しかない世界だったのだろうか?
いくらなんでも暴力万歳すぎる。
わ、わからない……文化が……文化が違い過ぎるっ!?
―― 一方そのころ ――
『シュヴァルツ』のオーナーのハインリヒは、店のシンボルである銀色の鷲の前で
いくつもの図案を並べて
ハインリヒは、丸い枠の中に白で縁取りされた十字が入った模様、戦争前の人間が「鉄十字」と呼ぶマークがある。
それが描かれた紙を、店のシンボルである鷲の足元にかざしてみる。
……これも違う。いや、かなりいい線を言っていると思うのだが、私の中の何かがこれではないと言っている。
何かが欠けている、そんな気がする、しかし……一体何が欠けているのだ?そんなことを考え、鷲を見つめるハインリヒの顔は、いつも以上に酸っぱい顔になっていた。
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