第3話 相棒の装備を選ぼう
ハインリヒは、シュヴァルツの奥にある保管庫に僕たちを案内した。
保管庫の扉には、これまた店のトレードマークの鷲が刻印されていて、ブランドの主張が徹底してるなと感心してしまった。
保管庫の中には大量の在庫が保管されていた。棚には銃器や刃物がずらりと並び、ロッカーにはヘルメット、防弾ベストに弾帯が掛けられている。
そして、比類なき力を秘めた重火器の類は壁に飾られている。
それが僕にはさながら聖遺物のごとき神々しさを放っているように見られた。
嗚呼、武器庫とは何という素晴らしい響きか。
しかも必要なものだけとはいえ、驚きの100%オフだ。
「自由に見て回ってもいいんですか?」
「ええ、此処にいますので説明が必要な時はお声がけください」
僕はハインリヒの言葉に甘え、保管庫の中をうろうろと回り、ウララのような初心者でも使えそうな得物をいくつか見繕うことにした。
ここはやはり……うん、ショットガンがいい。
狙いが甘くても当たるし、構造がシンプルで頑丈だから、鈍器として扱っても良い。
熟練者が扱うぶんにはセミオートのマガジン式がベストだ。何より近距離での火力は圧倒的だし、マガジン式は、ポンプ式より早く弾がこめられる。
しかし初心者にはさきほどのメリットが全部デメリットに代わる。
マガジンは慣れていないと、その扱いでもたつくし、「射程が短い」という事は、こっちを本気でぶっ殺しにかかってくる、全力疾走のアンデッドに対して、正面から向き合う胆力が必要になる。
僕らアンデッドは技能移植と言って、ヒトの自我に由来した技能を、後天的に追加することができる。丁度コンピューターが、ソフトをインストールするみたいに。
ただ、技能移植で技術不足はカバーできるが、自信や胆力まで得るのは難しい。それはもう実戦で得てもらうしかない。
「ハインリヒさん、ウララさんみたいな初心者でも使える、射程の長いショットガンって、ありますか?」
「でしたらこのザウエルの『ドリリング』はいかがでしょう。華麗な銃ですよ」
ハインリヒが灰色の保護ケースから取り出したのは、3本の銃身がある銃だった。
奇妙な銃だ。水平2連ショットガンの銃口の下にもう一本の銃身がある。
「聞いたことのない名前だね、どういう銃?」
「この『ドリリング』は12ゲージのショットガン用の銃身が2本、そして3本目の銃身、こちらは単発のライフルになっております」
「このライフル部分の使用弾薬はシュヴァルツでしか扱っていない特殊弾になっています。装甲車の正面装甲を余裕をもって打ち抜けますよ。」
ハインリヒはいくつかの弾丸を取り出して、テーブルに比較用に並べる。
なるほど、僕がいつも使っているライフルとさほど変わらないサイズの弾丸。
このサイズなら、反動はたいしたことないはずだ。
普通、装甲車の正面貫通には、サインペンくらいの大きさの弾丸が必要だ。
このサイズで、それだけの貫通力を実現するとは……。
こだわりの方向性はともかく、技術力は本当にあるんだな。
「ライフルとショットガンのキメラか、でも悪くなさそうだ」
ショットガンの難点は貫通力だ。銃身が一本増えてるとはいえ、もう一丁ライフルを持ち歩くよりは軽いし、貫通力は申し分ないなら、十分選択肢に入る。
あと……、ウララさんに面と向かって言いたくはないが、単発というのもいい。
廃墟で何発も乱射されると、「なれ果て」が集まってきて、収拾がつかなくなる。
初心者と同行する場合、熟練者がその銃の弾を抜かせることだって、よくある。
「わぁ、いいんですかこれ?」
「使い方、解るの?」
「はいでっす!こういう形の鉄砲なら、つかってました~!」
「農場の害獣駆除で、たまに撃ってたでっす!」
へぇ、害獣駆除か、なら割と荒事にも慣れてるんだな。
「それなら鉄砲はこれにして、アーマーとバッグも選ぼう」
「彼女には弾薬や戦利品の運搬なんかの、サポートを任せたいんです。何かいい装備はありますか?」
「なるほど、ではこちらはいかがでしょう。セントール用のポーター装備一式です」
ハインリヒが取り出したのは黒のカラーリングが基調になった軍服とバッグ、そして装甲パーツの一式だ。胴体につけられるサイドバッグは全部で4つだ。
「ウララ様は中量種ですから、余裕を持ったとしても120キロは運べるかと。」
……僕の4人分じゃないか、いくらなんでもそれは盛り過ぎだ。
さすがに初対面のウララに対して、そこまでの荷物を持たせるのは気が引ける。
それは酷くないかとハインリヒに指摘するのだが……
「そりゃあカタログ上ではそうだろうけど…ちょっとひどくないか?」
「そうでっす! 見くびり過ぎでっす!普段運んでた袋は200キロですよ!」
「え?」
「えっ?」
農場のセントールの持つ常識というのにちょっとついていけそうになかった。
ついでに僕の装備も見繕う。
これまで使っていた装備は、工房に預けることにした。
装甲を胸当てだけに簡略化した、軽歩兵用の戦闘服にしよう。
プリーツ付きのポケットの付いた黒いジャケット、ストーングレーのズボン。
靴はゲートル付きの防水靴だ。これがなかなかに重い。
廃墟の瓦礫には、釘やガラスなんかが飛び出たりしている。
それから足を守るために、この靴底には鉄板が入っているのだ。
弾帯も含めた一式を身に着けた後、店にあった僕の身長より頭一つ高い鏡を見る。
僕の身長が160と低めだから角度をなおさないといけない。くやしい。
しかしまあ鏡に映る顔は酷い。
世の中にスレきった、死んだ魚の目に、くしゃっとした黒髪。
チベスナとか言う動物、それに似てると言われた、その目以外には特徴が無い。
無さ過ぎて、イルマですれ違うクズ拾い、10人中10人が振り返らない顔だ。
とはいえ「鼻がでかい」とか、「唇が厚い」とかの特徴があったのなら、確実にラグ・アンド・ボーンズの親父に「デカハナ」とか「タラコ」とかの名前を付けられていただろう。
「フユ」という無難な名前はこの平均的過ぎる顔から来ている。とするなら、この何の変哲もない顔は、僕を自我崩壊の危機から一度救ってくれたのだろう。
さて、武器はいつも使っているライフル、それの使い心地に近いのを一挺借りた。
そして普段は重くて持ち歩かない、予備の装備も選んだ。
ハインリヒが視界にいれるたび、苦虫を噛み潰したような顔をするあのMP40だ。
装弾数は70発、重さは弾薬含めて4キロとライフル並みにあるが、軽機関銃に匹敵する70発という継続火力は魅力的だ。
あれやこれやと装備を選んだあとに重量をチェックするが、僕の装備は30キロギリギリで、ウララに至っては倍の60キロにもなっていた。
しかし、予備の弾薬に予備の武器、探索には十分すぎる装備を持ち歩いているのに戦利品用に60キロもの余裕があるのは素晴らしい。
相棒のウララのおかげで、依頼はこれまで以上にずっと楽になるだろう。
準備を終えた僕らは、依頼の為の下調べに向かうことにした。
本来なら下調べをした後に準備をするので、普段とは順番があべこべだ。
しかしあれやこれやと、補助装備もたっぷり選んだ。
これだけ装備がいいなら、ゴリ押しできるはずだ。
――なので次は、情報と人が集まる場所、そう、酒場へ行こう。
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