第2話 都合のいい依頼って?

 僕が拠点にしている街はイルマという。

 この街を端的に表現すると「愛と正義以外は手に入る街」と言った所だろう。


 戦争中だったときは空軍の基地で、古くからの住民は軍の施設に住んでいる。


 そうでない新参者は「イルマ城塞」と呼ばれる場所に住む。

 名前の通り、バラックが寄せ合って、まるで中世の城壁のようになった場所だ。


 イルマ城塞、単に城塞とだけ言うが、ここは街の外からやってきた新参者や、得体のしれない流れ者が集まる場所なので、相応に治安がよろしくない。


 路地裏を覗けば、ジャンキーがサイケデリックな色彩の違法スシを排油から作られた合成醤油で流し込んでいる。


 しかし治安が悪いという事は、それだけ地価が低いということだ。

 テナントを借りたとしても、家賃は城塞の外に比べて安く済む。


 だから城塞の中は、街に卸される商品を作る工場や、クズ拾いの集めたガラクタ、それをあつかう商家でひしめいているのだ。


「ラグ・アンド・ボーンズ」の親父に、”僕たちに都合のいい依頼”とやらを出したのは、そうした城塞の新規業者の一つだ。


 銃やアーマーを扱う装備工房、名前は「シュヴァルツ」という。


 この工房が、店をはやらせるテコ入れのために、頼みたいことがあるらしい。

 親父に教えてもらった番地を頼りに、ウララさんを連れて工房に訪れる。


「あ~、ここじゃないでっすか?」


「番地は……うん、あってるみたいだ。たぶんここだね」


 店の名前は……、装飾性のきついローマ字?で、僕には読めない。

 何語で書いてあるんだ、これは?


 工房はどでかい鷲のエンブレムでもって、僕たちを出迎えた。


 中に入ると、メガネをした中肉中背のアンデッドが待っていた。

 髪は短く刈り上げていて、軍服仕立ての黒いスーツジャケットを着ている。


 僕が受けた彼の印象は、いかにもな小役人的。それに常にしかめっ面で、まるでこの世界にレモンしか食べるものが無いといった風だった。


「カクタの紹介出来ました、フユです。」


「お待ちしておりましたフユさん、お会いできてうれしいです。私は装備工房シュヴァルツのオーナー、ハインリヒと申します。」


 握手して挨拶もそこそこに、僕はさっそく彼に依頼についての詳細を聞いてみた。ハインリヒは、おほんと咳払いすると、どういった依頼なのか説明を始めた。


「うちは名前からもわかる通り、ドイツ的な伝統設計を売りにした工房です」


 シュヴァルツってドイツ語だったのか。じゃあ表の文字は、ドイツ語なのか?

 そりゃわからないはずだよ。

 ――店に人が来ないのって、あの看板が読めないのもあるんじゃないか……?


「ですが装備を買いに来るクズ拾いたちは、やれオプティクスだの、人間工学だの、あれこれといった改造注文が多くてですね…」


 あの美しいドイツ的設計の傑作サブマシンガン、MP40のレシーバーに、プラスチックのフォアグリップを付けるなんて!


 そう嘆くハインリヒの視線の先には、第二次大戦期の古風な短機関銃がある。


 缶詰のような巨大な弾倉がぶっ刺さってるのはまだいいとしよう。


 しかしそれに加えて、金属製の直線的な本体に、人間工学に則った、有機的シルエットの樹脂パーツが、これでもかってくらいに付けられている。


 ……使いやすそうではあるが、デザインがとっ散らかっていて、確かにとても美しいとは言えない。


「私たちの技術なら、姿はそのままに、火力と美しさを両立する、高度な改造を施すこともできるのですが……」


 ハインリヒは、技術は既にある、あとは必要なものさえあれば、美しいフォルム、銃声すらそのままに、2KM先の超遠距離狙撃をこなす万能銃になると豪語する。


 うーん、ガンマニアのいう事はよくわからん。


「ですが、必要なツールが不足していまして、お花やリボンをつけるならともかく、技術的に高度な作業は、我々の今の設備だとできないのですよ。」


「お花やリボンを付けたらかわいいと思うでっす!」


  ウララの合いの手に僕は苦笑する。

 確かに、キャラの付いたストラップを付けるクズ拾いは、たまに見るけどさ。


「なるほど、話が見えてきました。つまりオーナーさんの哲学にあった改造をする為のツールを調達してきてほしい、ということですね。」


「ええ、その通りです。必要としているのは産業用の高精度な検査器具です。まあ、工具の形をしているなら子供用でも何でも使い道はありますが」


 ハインリヒは必要としている品の、具体的な名称、特徴の書かれた目録をくれた。


 目録には報酬の価格もかかれている。おお、相場の1.2倍掛けとは奮発してるね。


 目録に無いツールを見つけた場合の事を聞くと、とにかく市価以下で買い叩いたりはしないから、何でも持ってきてほしいときたもんだ。


「受けてくださるなら、必要な装備と弾薬は提供いたします。我々の工房の宣伝にもなりますからね。専属契約を結ぶのも、やぶさかではありませんよ。」


 どうだ、この好条件は、という感じでハインリヒは胸を張る。


 ラグ・アンド・ボーンズの親父がその胸板でやるならともかく、小役人的容姿の彼がやっても、悲しいことにただの虚勢にしか見えない。


 ハインリヒの言うことは、つまり僕らに装備縛りをして戦えというわけだが……。

 しかし、弾代が出るのはとても嬉しい。


 ……ちょっと悩ましい所ではある。しかし、装備の内容を聞いてみないと流石にウララの命まで預かっているので、決断できない。


 ここで渡される装備が、素材にこだわり抜いた単発ライフルとか、複雑怪奇な機構のため、引き金を引くたびに神様に「弾が出ますように」と祈る必要があるマシンガンなんかだと困る。


 コレクターならば、当時の機構を再現したロマンしかない銃でも喜ぶだろうが、仕事に使うこっちはロマンより堅実さとか実用性が欲しいのだ。


「装備の内容はどんなかんじですか?流石にパワーアーマーとミニガンを要求するつもりはありませんが。」


 パワーアーマーとは動力付きの装甲服の事だ。

 クズ拾いにとってはかなりの高級品で、滅多に出回らない。


「パワーアーマーは流石にありませんが、実用性重視の物はあります。ライフルはもちろん、突撃銃に、携帯ロケット砲や軽迫撃砲、機関銃まで用意できますよ。」


「……失礼ですけど、思った以上に良いものを持ってますね」


「ええ、うちはこれで意外と、太いファンがいるんですよ。一般受けはちょっとしませんが。」


 ハインリヒに「どうですか?」と言われた僕は、二つ返事で依頼を受けた。


 まずはウララさんが使う、装備と銃を見繕おう。

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