第4話《ガソレタ王国クコハ地方》兄妹の家
草まみれになったおっさんのせいで、朝食前に床掃除となった。カルハはぶつくさと文句を言いながら、おっさんに箒を押しつけて床を掃かせていた。
「草の中で寝て、草まみれで家に入ってくるって、何考えてんだよ!」
「うるっせぇなぁ、掃除してんだからいいだろうが。」
「そこちゃんと掃けよ!」
「ねぇお母さん、お兄ちゃん、楽しそうだね。」
「ん?そうね。」
カルハは、おっさんの雑な掃除の仕方に吠えながら指導していた。そんな姿が、妹のクルハにはとても楽しそうに見えたらしい。
ここ最近、家の中は夫婦喧嘩で冷え切っていたのだ。「こんな家の中にいたくない」と思っても、子どもには夫婦喧嘩を解決する術も無いし、帰る家はここただ1つだけだ。ストレスを溜めないように、といっても無理がある。
しかし、おっさんが来たことでいつもと違う環境の下、少しは和らぐのだろう。それはクルハも同じだった。
「お兄ちゃん、お腹すいたよ。もう終わりにしない?草も大分、無くなったし。」
「んー、クルハが言うなら、分かったよ。おっさん、もうおしまい。朝ごはん食べよ。」
「あー、やっと解放された。メシ、メシ。」
朝ごはん中も、やっぱりカルハはおっさんに文句を言いながらくっついていた。昨夜、おっさんが一緒に遊んだというのもあるだろうが、母親の目から見ても、カルハはおっさんに懐いていた。
「こらカルハ、あんまり人に文句を言うものではありません。」
「だってこのおっさん、ミルクこぼしても拭かないんだよ?!」
「ちょっと垂れただけだろーが、細けぇな。」
「おっさんが雑なんだよ!!」
カルハとクルハにとって楽しい朝食の時間は過ぎ、そして、洗濯を始める時間となった。
「この服が、3日前、夫が念入りに洗っていたような気がする服です。」
母親がおっさんに、襟の付いた、白いシャツを見せた。特徴と言えば、袖口に青い線の刺繍があるくらいだろうか。糸のほつれはあるが、シミ1つ無い、綺麗なものだった。
「母さん、父さんのシャツがどうかしたの?」
「なんだ、説明してなかったのか。」
「ごめんなさい。なんて説明して良いか、分からなくて。」
「はぁ。あのな、この石鹸、覚えてるか?」
おっさんは母親から石鹸をひったくって2人に見せた。
「うん、50%の確率で、その、汚れが出てくるやつでしょ?」
「そうだ。この石鹸で、お前らの父親が浮気してるかどうかの証拠を探そうってわけだ。というわけで、洗うのはあんただぞ。」
石鹸は、ぽい、と投げられ、母親の手に戻る。母親は力強く石鹸を握りしめ、あらかじめ用意していた水の入った桶に、服と石鹸を入れ、服を洗い始めた。匂いも、石鹸から生み出された泡にも、違和感はどこにも無い。普通の石鹸そのものだった。
洗濯し始めて2分。
「何も出てこないね。」
クルハが少し安堵したように呟いた。クルハの感情とは裏腹に、母親は不満そうだ。
「・・・まあ、もう少し洗ってみろよ。」
「そのつもりです。」
洗濯し始めて、10分経った頃だろうか。白いシャツの胸ポケット辺りに、口紅を塗った、人の唇らしき形が現れた。それは、最初こそ薄い色だったが、洗えば洗うほどに、濃くなっていった。
「お、お母さん、これ・・・。」
母親より先に、クルハが不安気な声を上げた。
「マジかよ・・・」
カルハの声に怒気がこもる。頭の中では、自身の父親を軽蔑の眼差しで見ていることだろう。
「ほら!やっぱりあの人は浮気してたのよ!!私、こんな濃い色の口紅なんて、1つも持ってないわ。あの人は裏切った!私達を!!」
母親は、シャツを千切る勢いで広げて見せた。興奮が収まらないのか、まるでおっさんに怒りを向けているかのようだ。
「証拠っぽい証拠が出てきて良かったな。じゃ、俺、そろそろ本当に行くから。」
おっさんが家の中から木箱を取りに入ろうとしたその時。母親がおっさんの袖を強く引っ張り、引き止めた。
「貴方に最後のお願いがあります。今夜、夫が帰ってきたら、これを証拠に話をしようと思います。」
「そんで?」
「その間、カルハとクルハを連れて、どこかで待っていて頂けませんか。お願いします・・・お金は、いくらでもお支払いしますので・・・。」
「俺、何でも屋でも託児所でもなくて、雑貨屋なんだけど。」
「じゃあ何だって買います!!だからお願いします!」
母親の顔は、憎悪と悲哀で歪みきっていた。今ならば、何だってできるだろう。自分のために。
「・・・・・・テキトーな宿屋にでも泊まる。1日分の宿泊費をくれ。3人分。」
「分かりました。お願いします。では、夜になったら2人を・・・」
「いや、今から行く。だから金よこせ。」
「分かりました・・・。」
母親は項垂れて、銀貨が入った袋をカルハに手渡した。
「ごめんね。」
そう、呟きながら。
兄妹の家から1番近い宿屋に着くまで、カルハとクルハは、ただただ無言でおっさんについて行くだけだった。側から見れば、怪しい男に連れられて売られに行く子どもである。おっさんは、憲兵に声をかけられないか、内心、恐怖しかなかった。
「大人1人と子ども2人。明日の朝まで。安い部屋でいい。」
「分かりました、と言いたいのですが、その子達とはどういったご関係か、お聞きしても?」
ここにたどり着くまで、憲兵にも誰にも話しかけられる事は無かったが、やはり怪しい関係に見えるようだ。宿屋の主人らしき男は怪訝そうにおっさんと、カルハ、クルハを見比べている。
「あっ、あのね、この人は、私達の伯父さんなの。遠くの方から来てくれてて、私達も一緒に泊まりたいって言ったの。」
クルハは笑顔で店主に向かってそう説明した。しかし、店主的にはクルハがおっさんに無理やりそう言わされているのではないかという疑心しかない。
「お嬢ちゃん、嘘は言ってないんだよね?」
「嘘じゃないよ、本当よ。ね、お兄ちゃん。」
「そ、そうそう。この人は、オレらの伯父さん。オレら、伯父さんのこと大好きだからさ、一緒に話とかしたくて。明日、帰っちゃうから、一緒に泊まるの母さんが許してくれたんだよ!」
「そう、ですか。分かりました・・・では、そこの通路から入って、1番手前に見える部屋へどうぞぉ。」
店主は、何かあったら2人が逃げやすいような部屋の鍵を、疑いの目をおっさんに向けたまま渡した。
「ん。」
おっさんは鍵を受け取ると、さっさと部屋まで歩いて行った。カルハとクルハは、無邪気を装いながら、おっさんの周りをちょろちょろと走ってついて行った。
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