第3話《ガソレタ王国クコハ地方》兄妹の家




「石鹸、ですか?」


 母親は困惑したように言った。自分の旦那が浮気している話から、突然、石鹸を買わないかと言われたのだから無理もない。


「ただの石鹸じゃあねぇぞ。何せ、魔女が作った石鹸なんだからな。」


「魔女・・・。」


“魔女”。魔法を使う女性。魔女という存在は各地に居る。しかし、国によっては崇拝される存在であったり、嫌われる存在であったりと、その価値は様々である。

 この、ガソレタ王国では魔女という存在は頻繁に見かけるものではないが、特別に悪い者という認識でもなかった。『魔法のプロ』くらいの認識をしている人の方が多い。この母親にとっても、魔女はそう認識していた。


「あぁ。俺の知り合いでな。この国の奴じゃねぇが、別に悪い奴じゃねぇから安心しな。」


「それで、その魔女さんが作った石鹸を買うと何かあるんですか?」


「そうだな、あんたの旦那が浮気してるかどうかの証拠が、運が良ければ、いや、悪ければ?ん?どっちだ?まあ、証拠が見つかる、かもしれねぇ。どうだ、買うか?」


「んん・・・・・。」


「普通の洗濯には全く使えねぇ、

クソしょーもない石鹸だから、銅貨3枚でいい。」


「!わ、分かりました。買います。」


母親は、戸棚から財布を取り出し、銅貨3枚をおっさんに渡し、石鹸を受け取った。


「綺麗な色ですね。」


母親は、海色をした石鹸を光に当てた。光が石鹸の中で屈折し、本物の海を思わせる。石鹸、というよりは、宝石のようだった。


「見た目だけはいいだろ、それ。見た目だけ。」


「えぇ、まあ。それで、この石鹸を使うと一体、どんな事が起こるんですか?」


「使ってると、50%の確率で3日前の汚れが浮き出てくんだよ。な?普通の洗濯には使えねぇだろ?ミートソースが服に付いたから洗濯してたら、3日前に落としたはずの泥汚れが浮き出てくるんだから。」


「た、確かに。でも、それと夫の浮気の関係がどう結び付けられるのか・・・」


「察しが悪ぃな。つまりだ。旦那の服とか下着を洗濯して、汚れを浮き出させるんだよ。何か出てきたら運が良い・・・いや、やっぱ悪いのか?とにかく、そんな感じだ。」


「なるほど」


 母親は、過去の夫の行動を思い出していた。夫が自分で服を洗うと言い出したのは1週間前だ。1番、証拠が出てくると言ったら、1週間前なのだが、この、買った石鹸では1週間前の汚れは出てこない。ならば、最近、怪しかった行動を思い出すしかない。


「確か、2日前に、すごく念入りに衣服を洗濯していた、ような気がします。私が過剰になっているだけかもしれませんが。」


「じゃ、今日じゃなくて明日にでも洗濯したらどうだ。それで3日前になんだろ。」


「そうですね、そうします。ありがとうございます。」


「じゃあ、俺、もう行くから。健闘を祈る。」


 おっさんは、まだ残っていたお茶を飲み干すと、商売道具である木箱を持ち、玄関への扉に手をかけ、出て行こうとした。


「あの、もう遅い時間ですよ。今夜は泊まって行かれては?」


「なんで。」


「その、あの子達、遊んで頂いて楽しそうでしたし、一緒に朝ごはんも食べたいでしょうし。」


おっさんは、石鹸を握る母親の手が少し震えていることに気がついた。カルハとクルハがおっさんと朝食を食べたいだろうから、というのは言い訳である。誰か、一緒に見届けて欲しいのだ。夫の罪が浮き出てくるかどうかを。


「遅いつっても、旦那、帰ってくんだろ。俺が居たらヘンな感じになんだろ。」


「でも、」


「また、『あの子達』か?自分の子どもを言い訳に使ってんじゃねぇよ。」


痛い所を突かれたのか、母親は口をつぐみ、ばつの悪そうに眉を下げた。


「はぁー・・・わーったよ面倒くせぇな。ただし、俺は外で寝るからな。」


「?宿に泊まる、ということですか。」


「あ?外つったら外だよ。」


おっさんは玄関を開けて外に出た。母親もそれに付いて外へ出る。


「じゃ、ここ借りっから。」


「え?」


おっさんの言う「ここ」とは、玄関を出てすぐの、小さな花壇の前だった。


「こ、ここで寝るんですか?!不審者極まりないですよ!」


 慌てふためく母親には目もくれず、おっさんが「草山出ろ」と呟くと、目の前には人1人が入れそうな程の草山が現れた。その草山の中におっさんは慣れたように入っていく。やがて、おっさんの身体はすっかり草山の中に隠れてしまった。明らかに草むしりをし終えた後のようで、人が入っているとは誰も思わないほどに違和感が無い。


「じゃー朝になって旦那が仕事に行ったら起こしてくれ。」


草山の中から、それだけが聞こえた。


「あ、はい・・・。」


ヤバい男を招き入れてしまったのではないだろうか。母親はそう思わざるを得なかった。

 おっさんが草山の中で寝てから1時間後、夫が帰ってきて、「ただいま。なんだ、草むしりしたのか。」と言いながら家に入ってきた。あの中に人が寝ていることを疑っている様子は無かった。当然だが。


翌朝。

兄妹の母親は、おっさんに言われた通りに、夫が仕事に出かけるのを見届けると、花壇の前に積まれている草山に声をかけた。草山はもそりもそりと動き出し、ゆっくりした動作でおっさんが這い出てきた。


「お、おはようございます。朝食ができていますよ。2人を起こしてきますから、先に食べていてくださいな。」


「んー・・・。」


おっさんは、服が草だらけなのを気にも留めず、家に入っていく。母親がおっさんを止めようとしたところで、家の中から、草まみれのおっさんを見たであろう、起きてきたカルハが怒鳴り声を上げていた。

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