第2話《ガソレタ王国クコハ地方》兄妹の家
「なんで。」
「父さんと母さん、今、喧嘩してるんだ。父さんが他の女の人と遊んでたんだって。父さんは「職場の女の人の買い物の相談に乗ってただけだ」って言ってて。」
「ほお、夫婦喧嘩か。でも喧嘩はしてても、お前らを心配はするだろ。帰れ。」
「あんな家、心配されても嬉しくない!!」
「!」
カルハの怒号に、道行く人々が驚いたように振り返りながら通り過ぎていく。おっさんも、この子どもがあんなに大きな声で怒るとは思っておらず、言葉を失う。
「お、お兄ちゃん、みんな見てるよ。おじさんもびっくりしてるし・・・」
今まで何も喋らなかったクルハが、カルハの背後から出てきてカルハをなだめる。カルハは肩で息をしていた。
「分かってるよ、うるさいな。」
カルハは、ぶっきらぼうにそう言うと、そっぽを向いてしまった。
「おいクソガキ」
「カルハだ。」
「カルハ。お前、妹と喧嘩したことあるか。」
「あるよ。いっつもオレが勝つけど。」
「最後の情報は心底いらねぇ。じゃあ、周りの友達が誰かと喧嘩してるの、見たことあるか。」
「ある。レーシーとルルトが喧嘩してたの昨日見た。」
「いいこと教えてやろうか。喧嘩ってのはガキだけがするものじゃねぇんだよ。大人もするんだよ。」
「当たり前じゃん、知ってるよ。」
カルハは「だから?」というように、得意げに言った。
「そうだ、当たり前だ。じゃあ、お前の親もするんじゃないのか、喧嘩。」
「それは・・・・ん・・・。」
カルハは言葉に詰まってしまった。まだまだ言葉を多く知らない彼が、自分の感情や考えを言葉として表に出すことは難しい。そのもどかしさが、カルハの目から雫として流れて落ちた。クルハは、おろおろしながらカルハの目から流れ続ける雫をハンカチで拭っていた。
「そうだけど・・・ッ」
おっさんは、しまった、と思った。道行く人から見たら自分は何故か子どもを泣かせている男であると気がついた。自分が言った言葉で泣いたのだから間違いではないのだが、これ以上泣かれ続けると、周りの大人に憲兵を呼ばれてしまう未来が見える。
「まぁ、その、なんだ。お前らの親の喧嘩内容が、その、子ども向けではないよな。オモチャ取られたとか、菓子を勝手に食われたとかじゃないんだから・・・ん?子ども向けの喧嘩ってなんだ??要するに、あれだ。難しいよな、うん。だからもう泣くな。」
なんで俺はこんなに慌ててるんだろう。おっさんは考えつくままに言葉を並べながら思った。
「家まで送ってってやるから。もう今日は帰れ。今日は喧嘩終わってるかもしれねぇだろ。」
「わかった。」
カルハは袖で目を擦った。泣き止んだ兄を見て、クルハは安心した顔をしていた。
「よし、じゃあちょっと待ってろ。すぐ店を片すから。」
◆◆◆
「こんなに暗くなってしまって、心配していたところだったんです。わざわざすみませんでした。」
「や、別に。」
カルハとクルハに案内されながら2人の家に着いたところで、家の前で去ろうとしたが、おっさんが踵を返す前にカルハが家の扉を開けた。その瞬間、2人の母親に怪訝な視線を向けられることになったが、クルハが事情を説明したことにより不審者扱いは避けられた。
「じゃあ、俺はこれで・・・」
「ねぇ母さん、せっかくだし晩ご飯食べて帰ってもらおうよ。」
「や、別に俺は・・・・」
「そうねぇ、お世話になったものね。昨日の残りのシチューしかありませんが、どうぞ食べて行ってくださいな。」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて。」
◆◆◆
「本当、あの子達がすみません。ご迷惑をおかけしました。粗茶ですが、どうぞ飲んでくださいな。」
「あぁ、どうも。」
食事後、おっさんは兄妹の世話をすることになった。一緒に遊び、そして寝かしつける所まで。カルハとクルハの母親がそれを望んだわけではないが、2人がやたらおっさんを帰したがらず、出て行くタイミングを掴み損ね、今に至る。
「2人から聞いたぜ。夫婦喧嘩してんだって?」
おっさんにお茶を出した後、洗った皿を拭いている母親に尋ねた。母親は「あの子達、そんな事を・・・」と、呟いた後、拭きかけの皿をテーブルへ置いた。
「えぇ、そうなんです。もしかして、喧嘩の内容まで話しました?あの子達。」
「ン、まぁ。」
「お恥ずかしい限りです。朝、仕事に行ってくると家を出た私の夫に、昼間、買い物に出た先で見かけまして。夫の隣には女性が居たんです。2人は、とても仲睦まじい様子でした。」
「ふーん。今日、旦那がいねぇのは?」
「一応、今日も『仕事』です。荷物を運ぶ仕事をしていまして、遅くなる時はとことん遅くなるのですが・・・」
「その女の人とヨロシクやってんじゃねぇかなーってか?」
母親は力無くうなずいた。
「その、浮気の証拠は?そーいうの調査してくれる人とか居たりすんだろ?魔法とかで。」
「ウチにそのようなお金は無いものですから。」
「そんな高ぇのか。」
「はい。なので、自分でも証拠を掴もうと努力したんです。でも、全く無くて。あの人の仕事柄、尾行することも困難です。」
「カルハ曰く、その旦那は「職場の女の人の買い物の相談に乗ってただけ」つったんだろ?本当にそうだったんじゃねぇのか?」
おっさんがそう言うと、先程まで元気の無かった母親は、急に顔を上げた。
「い、いえ!あの人は間違いなく浮気をしていると思います!だって、今まで洗濯物を私に任せていたのに、急に「自分の物は自分で洗うから」って言ってきたんですよ?!」
「・・・・。」
「あっ、す、すみません。貴方にこんなこと言ったって、どうしようも無いのに。」
母親はまくし立てるように言い切ると、恥ずかしそうにうつむいた。
「や、別に・・・。」
おっさんは、考えるように顎に手を当てる。別にこの家族の問題は、おっさんには無関係だ。
しかし。
おっさんは商品の詰め込まれた木箱を漁ると、海色の楕円型をした物を1つ取り出し、母親に見せた。
「なあ、あんた、この石鹸、買わねぇか。」
「石鹸?」
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