異世界雑貨屋のおっさん

ツカサ

第1話 《ガソレタ王国クコハ地方》兄妹の家


「待ってぇカルハお兄ちゃん!」


「クルハは遅いなぁ〜、ほら、早く捕まえないとずーっと走るはめになるぞぉ!」


 幼い兄妹だろうか。高い笑い声を上げながら草原の中で追いかけっこをしている。カルハ、と呼ばれた少年は、山積みにされた草の上に登って妹のクルハを見下ろした。


「ちょっと手加減してよお!」


「そんなんつまんないだろー!!」


 そう言いながら、カルハは草山の上でピョンピョン飛び跳ねた。

 カルハが飛び跳ねた衝撃で草山の一部がバサバサと崩れ落ち、そこから出てきたものに、カルハは驚かざるをえなかった。


「う、うわあぁああ!草の山からおっさんの頭出てきた!!」


 カルハは急いで草の山から飛び退いた。草の山がむくりと盛り上がり、頭の下からおっさん本体が草を落としながら現れた。カルハは妹のクルハを抱きしめるように守りながら後ずさる。


「人の上に乗って暴れておいて、ひでぇ言い草だなクソガキ。ちゃんと謝れよ。親の躾がなってねぇな・・・慰謝料でも請求してやろうかな。」


「う、ウチに金なんかねーよ!こんなとこで寝んなよ!」


「ンだよ、ここはお前の家の私有地なんか?」


「しゆーちってなんだよ・・・」


「お前ン家の草っ原なのかってこと。」


「違うけど・・・でも、おっさんの所でもないだろ!」


「あぁそうだけど。俺のでもないけど。俺のでもないし、お前のでもない。よってお前に文句を言われる筋合いは無い。寝る。」


 子ども相手に大人気のない言葉をべらべらと並べたおっさんは、再び草の山の中に潜って寝てしまった。


「きもいおっさんだな・・・クルハ、あっちで遊ぼ。」


「う、うん、お兄ちゃん・・・。」

 

 おっさんが再び潜って、どれくらい時間が経っただろうか。透明な光を降り注いでいた太陽は青々とした草原に、街に橙色の光を落としていた。一匹の小さな羽虫が、おっさんが埋まっている草山にとまり、すぐに飛び立ったと同時に草山がもぞもぞと動き出し、おっさんは気怠げに身体を起こした。


「ふあ・・・やべぇ寝過ぎた・・・飯にもありつけてないのに。」


 おっさんは草山をかき分け、背中程の木箱を背負い、布に包まれた荷物を取り出して草山をそのままに街を目指した。


◆◆◆・・・


「この時間なら、霧角鶏きりつのけいの肉が安いよっ!雲の実を食わせてるから肉が柔らかくて美味い!今晩のメインにいかぁっすかー!!」


糖胡桃とうくるみのパンが焼きたて!糖胡桃の甘みと小麦の香りが絶品でーす!買って買って!」


 商売人達の客寄せ声が、これから夜を迎える夕暮れの商店街に行き交う。お惣菜やパンの香りが辺りを包み、誰もが今日の夕飯を考えながら品定めをする。仕事帰りだろうか、パンを買い食いする若者も見られる。そんな活気のある商店街の端で、風呂敷に様々な雑貨を広げているおっさんが居た。おっさんの予定では昼間に商店街まで行き、商売をするはずだったが、寝過ごしたためこの時間帯に店を開く他無かったのだ。


「生活雑貨、石鹸にぃ・・・薬草。あの娘をオトすアクセサリーもあるよぉ。見て損は無いよぉ〜・・・はぁ。」


 おっさんは気怠げに客を寄せようとはする。おっさんの客寄せ態度はいつもこんなもんである。

 しかし、今日は朝から何も食べていないせいか、気怠げ感は増し増しである。腹に力が入らねぇ、と考えながら行き交う人々に声をかけてはみるものの、向けられる視線は商品に対してでなく、怪しげなおっさんを見る冷たいものだった。


(今日はダメか・・・)


そう考えて、店仕舞いの支度を仕掛けた時だった。


「草山のおっさん!!」


 頭上から聞き覚えのある声がして、おっさんが見上げると、昼間に会ったあの少年だった。少年の背後には一緒に居た少女もいるようだった。不安そうな顔でおっさんを見ていた。


「あ?あー・・・あぁ、俺を踏んづけてたクソガキか。なんだ、なんか買ってくれんのか。」


「クソガキ言うな。オレの名前はカルハ。んで、こっちは妹のクルハ。」


「ふーん。あそ。買う気がねぇなら帰れよ。」


おっさんは視線を商品に戻し、店仕舞い作業を再開する。


「何売ってんの?」


「石鹸とか。」


「そんだけ?」


「お前、昼間に金ねぇつってたろ。」


「見るだけいいじゃんか。ウインドウショッピング?ってやつ。見せて。」


「・・・・盗んだら妹共々憲兵に突き出すからな。」


おっさんはしぶしぶ風呂敷を広げ、商品を並べ直した。カルハとクルハは風呂敷の前にしゃがみ、目を輝かせている。


「ね、これ何?このすげー綺麗なの。」


カルハが指差したのは、海色をした楕円型のツヤツヤした物だった。大きさはちょうどカルハの手の大きさと同じだろうか。


「石鹸。魔女の姉ちゃんが趣味で作ったやつ。」


「めっちゃ綺麗になる?」


「50%の確率で3日前の汚れが洗ってる物に浮き出てくる。」


「ふーん」


こいつ多分わかってないな、と、おっさんは思ったが、カルハが強がって「分かるし!」と、ギャンギャン吠えられると面倒なのであえて何も言わない。


「もう暗くなる。お子ちゃまは帰って飯食って、おねんねの時間だ。」


「家の中の感じ、悪いから帰りたくないんだ。」


カルハは視線を落とし、悲しげに言った。


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